第9話 RedDevilの帰還
召王家の面々は、話を終え、場面を星魔の部屋からダイニングへと変えていた。
星魔が寝ていたのは3時間にも満たないが、昼過ぎにショッピングモールに向かったというのもあってもう時刻は6時を回っていて、キッチンでは理恵が夕飯の支度をしていた、当たりにはスパイスの香りが立ち込めている、どうやら今晩はカレーらしい。
鼻歌交じりに作られている、カレーには愛情という隠しスパイスを使っている可能性を鑑みて、勝手知ったる星魔はこうなったら理恵の料理時間が長くなるのを察知し、サラダやら水の準備を先に始めていた。
「ありがとうねー」
なおも鼻歌交じりの理恵の口から感謝の言葉が紡がれた。
星魔は何も言わず、黙々と作業を進めていた、そんな中で、背中にいたずらに虫でも入れられたのではないだろうか、そんなそぶりを見せる1人の少女ヴィスカが居所を探りながらあたりをうろうろしていた。
手伝おうにも何をすればいいのかわからず、声をかけようにも作業している人たちの邪魔にならないかなど、無数の案を出しては消して出しては消してを繰り返していた。
「ヴィスカ、座っていろ、これから我がそなたに馳走をふるまう、正確には母上だが、あまりうろうろされるのも好ましくない」
それはヴィスカにとって少し強めに捉えられたかもしれない、ヴィスカは肩を落とし「はい」と小さくなりながら、黒臣の椅子に頭を下げ座った。
「そろそろいいかしら」
出来上がったカレーを星魔が皿によそってくれたご飯の上からかけていく理恵、それを食卓に並べる星魔。
だが、そのカレーを見た瞬間ヴィスカが唸った。
「こ、これは! う! うっ・・・」
「それ以上は言ってはいけない! 言ったら最後、鍋をかき回す悪い魔女に食べられてしまう」
キッチンのほうを見ると鍋をかき回していた悪い魔女がヴィスカを凝視していた。
縮こまった肩をさらに縮こませるヴィスカ。
「大丈夫よ、ヴィスカちゃん、さすがに私もいくら星ちゃんのことが嫌いだからってお夕飯にそんなものは出さないわ」
ヴィスカに向かって今度は愛想たっぷりのウィンクを投げかける理恵にヴィスカは頷くばかりだった。
「そ、そんな・・・」
影で傷つく星魔を横目に、夕飯の支度を終え、3人で手を合わせいただきますの呪文を唱え、夕飯にありつく。
ヴィスカは、意を決したかのようにスプーン潜水艦をカレーの海へとどっぷりと沈ませ、海底8㎝程から救い上げ、そのまま仰々しい顔をして口の中に入れた、本当にこれは食べ物なのだろうかという疑念が彼女の頭の中を駆け巡っていた瞬間、あたりに漂っていたスパイスの香りを含んだ濃霧が、口いっぱいに広がると。
「んん!?」
ヴィスカは突然悶絶し、椅子の上でのたうち回ったかと思うと、地面とこんにちはをし・・・
ヴィスカは椅子の上で、禁忌にでも触れたかのような顔を見せ、徐々に顔が緩んでいき。
「お、おいしいです・・・」
「でしょー!」
満面の笑みで胸を張る理恵、私の腕を見たかと言いたそうな顔をしていた。
そこに玄関のほうからドアが開く音がした。
「ただいまー」
「おかえりなさーい」
声の主は紛れもなく茜だった。
理恵は茜を出迎えに行き、あれやこれやと話していた。
「お夕飯で来てるから、一緒に食べましょ」
「お母さん今日の夕飯カレーでしょ」
「正解!」
「やったー私お母さんのカレー大好きなのよね!」
「今準備するわ、疲れているだろうから先に座ってて」
「ありがとうお母さん」
何気ない会話が行われて、茜はいつもの部屋のいつものダイニングへと向かうとそこには・・・・
見慣れない淡い緑髪の少女がいつも父が座っている場所へと鎮座していた。
彼女はこちらを一瞬見ると、また自分のカレーのほうへと向き直り黙々とカレーを食べていた。
「え・・・」
動揺しながらも席に着く茜。
星魔は食べるのに夢中で「お帰り」の一言でカレーへと一目散に意識を集中させた。
キッチンからカレーを持ってきた、理恵が自分の席へと戻り、カレーを食べようとしたその時。
「あらやだ、いけない、忘れてたわ」
理恵が言うと茜はそっと胸をなでおろし、この子の説明をしてくれるものだと思ったのだがその予想は大きく外れ。
「ドレッシングを忘れてたわ」
再度席を立ちキッチンへと向かう理恵。
もはや茜の心はお母さんのカレーよりも見慣れない少女のことで頭がいっぱいになっていた。
誰も触れない存在、もしやお父さんがこの場にいて、本当はお父さんの分の食事を、この幽霊もしくは、私にしか見えない何かが黙々とカレーを食べているのではなかろうか、そう思い、気が気ではなくなっていた。
そして先ほどから、またちらちらとこちらの様子を窺う少女なのだが、決して言葉を発することはなく、カレーと茜を交互に見ていた。
私の顔にカレーでもたかっているのだろうかすごく不安だ。
「はい」
理恵がドレッシングを持ってくると。
「ありがとう」
星魔はそういいながらドレッシングを受け取ると、自分のサラダにドレッシングをかけ、謎の少女にドレッシングを手渡した。
その少女は傍から見ても見様見真似とわかるようなぎこちない方法でドレッシングをサラダにかけ始めた。
「え、この子誰・・・」
星魔がドレッシングを手渡したことで初めてその存在を確信した茜は、直球に聞き始めた。
「あらやだ、いけない、忘れてたわ」
またこの流れだ、茜はドレッシングのことを思い出し、まさか理恵がまた席を立って消えてしまうのではないだろうかと不安に思ったのだが。
「ヴィスカちゃんのことそういえば知らないわよね茜は」
「ヴィスカ!?」
おもむろに発せられたそのカタカナに反応する茜。
「はい」
唐突に叫ばれた自分の名前に即座に反応する。
「外国人ってこと?」
髪色も相まって、日本人ではないのは確かなのかもしれないが、それにしては日本語が流暢すぎる少女に対して戸惑いを隠せない。
「姉上よ、そんなちゃちなものではない、ヴィスカは異世界人なのです!」
両腕を組みながら自信満々に言う星魔に対して。
「ちょっと星魔うるさいから黙ってて!」
「それが本当なのよね・・・」
「え・・・」
この場における唯一の常識人で、絶対である理恵が、困り顔で星魔の発言を肯定してしまった。
「お母さんもついに・・・」
「茜、現実から目を背けないで・・・昨日魔法陣とか言って星ちゃんが出してきた模様から確かにヴィスカちゃんは出てきたのよ・・・」
「昨日破いた筈のあのふざけた模様から!?」
「そうよ、茜、現実を受け止めなさい!」
「そ、そんなぁ・・・」
なぜかダイニングで行われる茶番劇、否定し続けてきたものが突然現実のものとなったとき、人は絶望を味わうのだ。
そんなに重い話ではないのだが、現実をただ素直に受け止められないのだ、誰しも痛い男の子が異世界から少女を読んだなどと言われても素直にはいそうですかなどと言えるものではないだろう。
彼女は今戸惑いの万華鏡の中に閉じ込められ、右回転左回転へと交互に回されているのだ。
「姉上よ思い知ったか! 我が本気を出せば異世界人を呼び出すなど朝飯前なのだ! 今は夕飯時だがな! ふっはっはっはっは!!!!」
何が面白いのかわからないギャクを挟み星魔はいつもの高笑いを始めたのであった。
「これは、王子のお姉さまでございましたか! 挨拶が遅れてすみません! 私、サモンズ近衛兵副団長アリーシャ・ヴィスカと申します! よろしくお願いします!」
「星ちゃんが呼び出したから、元の世界への返し方が分かるまで、仲良くしてあげてね茜」
理恵はこの状況を完璧に受け入れていた。
あの場面を見ていない茜だけ、星魔のアイタタワールドに追い付いていない、尊敬する母親でさえ、変なことを言っている。
私が出かけている間に何があったのだこの家に・・・ここは本当に自分の家なのだろうか?
何もかもが疑問に思えてくるこの状況下でもはや放心状態でカレーを食べ続けることにした。
緑髪の美少女が自分の隣で、異世界人だとか言って、カレーを食べている。
星魔に毒されたのか? いやこんな幼なじみなどいた記憶がない、子供のころからの星魔の知り合いなら異世界などと言いだしても何ら不思議ではないだろう、だが星魔の知り合いなら私が知らないはずはない、つまり彼女は、本当に異世界人なのかもしれない。
「はぁ・・・」
絶対に認めたくない茜と、自信満々の星魔、それを肯定する理恵に、現に異世界から来たという聞いたこともない国の名前をだす、見覚えのない少女。
星魔という病原菌がこの部屋中を侵食し、私だけがその病にまだかかっていないのではないだろうか?
わけのわからない思考で訳のわからない現状を嫌でも受け止めたくはない茜。
夕飯を食べ終わり、茜以外のものが後片付けについた。
「どうなさったのですか姫は・・・」
茜のいつもを知っているわけではないヴィスカだが、あれは異常と誰が見てもわかる態度で茜は滅入っていた。
「そっとしておけばそのうち慣れるわよ、ヴィスカちゃんも仲良くしてあげてね」
「はい」
茜を案ずるヴィスカだが、時の経過を待つしか解決策はないのだろう。
早くこの現状に慣れてほしいものだが、そう簡単にはいかないようで、ソファに座りながら放心状態の茜だった。
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