第11話 鏡の中のtear

ふと何かに反応するように目が覚めた。




 「あら起こしちゃった?」


 そこには髪をとかす茜がいた。




 「おはようございます」




 「おはよう」




 「よく眠れた?」




 「はい!」


 寝起きだというのに元気のいい返事で答えるヴィスカ。




 「ヴィスカちゃんの髪もとかしてあげるからこっちにおいで」




 椅子の上に座っていた茜が、自分の膝を軽く叩いた。


 ヴィスカは躊躇いながら。


 その膝の上に腰を下ろした。


 その体重だけなら14歳の少女と何ら変わりないだろう。


 昨日のことをふと考えながら茜は髪をとかし始めた。


 ヴィスカも茜も髪の長さはさほど変わらないだろう。


 寝起きのボサボサになったヴィスカの髪を茜は嬉しそうにとかす。




「やっぱり、弟より妹よね、可愛い妹が欲しかったわ」


 ふと切り出した茜の声に疑問を浮かべるヴィスカ。




 「私には妹がいるのですが、弟も欲しいなと思いますよ、まぁ妹がいてくれたおかげで私は成長できたので、ただの贅沢なのでしょうけど」




 「お互い無い物ねだりね」




 「ふふっそうですね」




 化粧台の鏡に映ったヴィスカの笑顔はとても清々しいものだった。




 「でも、そっかー、ヴィスカちゃん妹がいたんだ! ヴィスカちゃんに似て可愛いんだろうなー」




 「私には似ていませんがとても可愛い子ですよ! 私には勿体ないくらい!」




 「まるで彼氏みたいな言い方ね」




 「子供の頃私は男勝りというか粗暴だったので、お姉ちゃんの結婚相手が見つからなかったら私が結婚してあげると言われました」




 「なにそれ」


 茜はあどけるような笑顔で返した。




 「妹はいつも私のことばかり心配してくれて・・・」


 ヴィスカの瞳から突然家族への思いが頬を伝う。




 「え、どうしたの!?」


 茜が鏡に映る思いに驚く。


 ヴィスカはその鏡を手で覆い隠し、しばらく動かなかった、いや動けなかった。




 「ごめんなさい、私、無神経だったわね」


 茜は後ろからヴィスカの瞳からこぼれ落ちた思いをただただ拭った。


 ヴィスカという弱さに触れた、いくら身体が傷付こうとも、心の中までは強くならないことを初めて知る茜だった。




 ひとしきりヴィスカの思いが止んだ後、鏡の中の顔が突然切り替わったかと思うと、茜のほうへと振り返り。


 「王子には言わないでください、理恵様にも」




 「どうして?」


 強がりはただの薄い壁だ、何度も何度も破壊されては築かれ、最終的には築くのも忘れてしまい、ダメになってしまうだろう、ならば今の気持ちを正直に皆に伝えた方がいいだろう、1人で背負い込むことはない、そう言ってあげたかった。




 「昨日言った通り、私がこの世界に呼ばれたのは何か理由があるのです、その理由を確かめることなく帰ったとなれば私の中には悔いが残ると思うのです、ですので私はこの世界に残ると決めたのです、幸い帰り方も分かりませんし」


 幸い、禍の間違えではないのか? 強がっている、彼女のこの笑顔は強がりの作り物だ。


 アイドル顔負けのこのかわいい笑顔は、彼女にとっての重荷だ。


 この世界に来た理由などそもそもないのかもしれない、ただ星魔の気まぐれで呼び出されたそれだけだと言ってあげたかった、だがこの心の中に膜をはる曇天はその言葉を吐き出させてくれはしなかった。


 彼女が来たことにより茜の心の曇天は晴れ、彼女に対する雲は一層増すばかりだった。


 ヴィスカという存在が茜にとっての1つの鍵になっていた。


 だから彼女を守る、決して彼女の本当の意味での力にはなれないかもしれない、それならば彼女のために自分が動かなければ、召王茜は決意を新たにしたのだった。




 2人は、1階から物音が聞こえたので、理恵が起きてきたのだろうと茜が促し、1階へと向かった。


 そこには、朝食とお弁当の準備をしていた理恵が、慌ただしく作業をしていた。




 「おはよう、母さん」




 「おはようございます、理恵様」




 「あら、2人ともおはよう、うーん・・・」


 顎に手を当て何やら難色を示す理恵。




 「ヴィスカちゃん、これから一緒に住むのだから、様は辞めましょう、私がいたたまれないわ」




 「それは、出来ません、王族の方には礼儀を示さねばなりません」




 「昨日言ってたじゃない、その家にはその家の作法があるって」


 確かに、昨日ヴィスカがスプーンを拒み、箸に固着していた時に作法だなんだと言っていた。




 「この世界では、様なんてよっぽどのことがない限り使わないわ、せめて【さん】付けがいいわね、目上の人には誰しも敬意を払ってさんを付けるわ、愛称なんてものもあるけれど、さんが好ましいわね」




 「な、なるほど・・・わかりました、理恵さん」




 「うんうん、それかお母さんでもいいわよ、ふふ」




 「いえ、そのような呼び方は・・・」


 ヴィスカはそのまま黙り込んでしまった、お母さんと呼ぶには抵抗が強すぎた。




 「あ、もう朝ごはんで来ているから食べちゃって」




 「はーい」


 茜がキッチンにおいてある朝ごはんをヴィスカの分もダイニングの机の上へと運び、ヴィスカの手を引き椅子へと座らせた。




 「いただきます」


 茜が手を合わせ礼儀正しく朝ごはんにありつく、それをまねしてヴィスカも。




 「いただきます」




 「召し上がれ」


 理恵が茜の真似をするヴィスカを嬉しそうに見て返すのだった。


 それはまるでライオンが草食動物に食らいつくようにパンを平らげたヴィスカ。


 茜はヴィスカの口の周りについている食べかすをティッシュで拭いた。


 しばらくして、茜も朝食を食べ終わり、2人で一緒に歯を磨きに行く、白い歯磨き粉に睨みを利かせ、口に入れた瞬間、苦虫でも噛みつぶしたかのような顔をしたが、茜が平然としているのでとにかく我慢して歯を磨いた。


 歯磨きが終わると茜は自室へと戻り着替えや学校の準備があるといい2階へと戻っていった。


 そしてヴィスカは手持無沙汰となってしまった・・・


 窓の外を見るとしばらく芝生が続き、その奥には魔物の森なのだろうか、広く大きな森が続いていた。


 ヴィスカは、家の中より外が気になってしょうがなかった。


 昨日出くわした鉄鎧の魔物のようなものがこの世界にはいるのではないのか、この世界の未知に触れたくて仕方がなかったのだ。




 「お散歩でもしてくる?」


 様子を見ていた理恵が声をかけた。


 ビクッと身を震わせ、ヴィスカは理恵に。




 「よろしいのですか?」




 「門の外に出なければ大丈夫よ」


 ヴィスカの顔が満開の桜のようにきれいな花を咲かせ。




 「はい!」


 大きな返事で意気揚々と大剣を持ちヴィスカは初めての庭へと繰り出した。




 先述した通りこの家の敷地は、森と芝生で大体を支配されている、森の中に入れば、方向感覚を見失うような乱立的に植えられた木々、その森が2つ、その森を裂くように一本のコンクリートの道。


 だが言ってしまえばただそれだけなのだ、森以外はただの平地、だがヴィスカにはその森にでさえ好奇心を搔き立てられた。  




 「異常確認をしなければ」


 それは、自分に言い聞かせるためだけの呪文のようなものだった。


 その後ヴィスカはまず、この家の敷地を囲う塀を右手に1周し、そして最後のお楽しみ、森へと入っていった。


 森の中は薄暗く、どこから魔物が出てきてもおかしくはないそんな禍々しさを醸し出していた、一瞬先は闇、暗がりから天気のいい朝だというのに、風の動きなのかなにやらがさがさと聞こえてきたり、どこからか魔物の遠吠えのようなものが聞こえてくるということは全くなく、ヴィスカは少し拍子抜けと言わんばかりの顔をしながら森から抜けた。




 「異常なし」


 ヴィスカはまた1人で確認し家へと戻っていった。


 家の中には入らずヴィスカは素振りを始めた、ただ何を考えるわけでもなく振り続けた、だがその剣の重量からだろうか、放たれる近くにヘリでも着ているのではないかと思わせるほどの風切り音、それとヴィスカの足元に生えている芝が、剣の長さの分だけ萎れていた。


 たがそんなことは気にせずただ愚直に剣を振り続けていると、家の扉が開いた。


 それは私服の茜だった。




 「あら、ヴィスカちゃんこんなところにいたんだ、家にいないからどこに行ったのか心配していたんだけど」




 「はい、巡回を終え今鍛錬に励んでいたところです」




 「ヴィスカちゃんが巡回してくれたのなら今日の召王家は安泰ね」




 「はい! 茜様、どこかに行かれるのですか?」




 「あれ、私には様付けたままなんだ、私は茜かお姉ちゃんでいいのに」


 まるで盗賊のような悪い顔をする茜に、ヴィスカは。




 「茜さん」




 「まぁゆっくりでいいわ、でも家の中まで様だと気疲れしちゃうから、リラックスリラックス」


 肩をポンポンと叩き。




 「学校に行くのよ平日はね」




「お供します!」


 手持無沙汰にさも来たかと言いたそうな、自分の出番を、壁とタンスの隙間から見つけ出したような、決意の目で茜に訴えかけたのだが。




 「あ、いや、それはちょっと無理かな・・・」


 突然学校に緑髪の少女を連れて行ったらクラスはどうなるだろうか・・・自分が赤髪だということを棚に上げても、明らかに異端分子だ、茜は少し悩み、この場を切り抜ける最善策を編み出した。




 「星魔も後で来るだろうから、星魔に付いて行ってあげてほしいの、あの子色々気が抜けないところがあるから」


 茜は足早にヴィスカの元から離れ、正門へと逃げていった。




 「あら、もう行っちゃったのね茜ったら、お弁当忘れていっちゃったわ、星ちゃんに持たせればいいわね」


 理恵はそう言いながら部屋の中に戻っていこうとしたのだが。




 「ヴィスカちゃん顔が少し泥で汚れてるわね、そこの水道で洗ってあげるわ、来て」


 茜のお弁当を玄関に置き、庭にある水道まで誘導する理恵。




 「ここの蛇口をひねると水が出るの」


 蛇口の説明を端的に終え。




 「使い終わったらしっかり蛇口を閉めるのよ」


 物珍しそうに蛇口を見るヴィスカにやってるみる?と促し蛇口を閉める理恵。


 だがヴィスカは水が出る先が気になる用で、水の排出口に顔を近づけ、蛇口を捻り。




 「おぼぼぼぼぼ、ぷはっ!? し、死ぬとこでした」


  まるでどこかに隠しカメラがあるのではないかと思わせるほどの見事なドジっぷりに理恵はたじろぎながらも。




 「だ、大丈夫? ヴィスカちゃん、バスタオル今持ってくるわね」




 「お、お願いします」




 しばらくして、バスタオルを持ってきてくれた理恵に対し、礼をいいバスタオルを受け取るヴィスカ。




 「昨日も思いましたがこの世界の液体は荒ぶる獅子でも宿しているかのようですね」




 「水圧っていって一度に大量の水で押し流してるだけよ、向こうの世界にはなかったのかしら?」




 「はい・・・」


 ヴィスカは蛇口を見ながら敵対視でもするかのように剣を構えるのであった。


 便利という言葉は、安に使いやすいというだけでなく、時に牙をむくときもあるのだ・・・ヴィスカの場合は自業自得なのだが・・・それは触れないでおこう・・・




 その朝はいつも以上に清々しかった。


 決して母親の隣で寝たからと言う男は誰しもマザコンという発想からくるものではなく、星魔のヴィスカに対する決意とともに、昔から夢見た世界の深淵に一歩足を踏み入れたことから来るものだった。


 次への目標なのか、義務なのか考えれば、義務に近いものなのだろうが、ヴィスカを返すことを念頭に、この世界での生活をフォローしていき、共に歩んでいかなければならない。




 ベットから身体を起こし自室に行き制服に着替えたり、学校へ行く準備を始める星魔、理恵はもう1階に降りて朝食やお弁当の準備をしているところだろう。


 ヴィスカはもう起きているだろうか、茜は生徒会長という大役を担っているからもう学校に行っただろうか、などと考えながら1階に降りていく。




 「おはよう」




 「おはようございます、王子!」


 元気のよすぎる挨拶に少し気圧されながら、朝食の席に着いた。


 星魔が朝食を食べている間、ヴィスカはテレビを見ていたのだが、なにやらテレビと会話のキャッチボールではなくドッチボールしているようだった。




 【おはようございます】




 「おはようございます」


 テレビの声とニュースキャスターのお姉さんが頭を下げるのを見て、ヴィスカもそれに倣い同じく頭を下げた。




 その後


 ヴィスカはニュース番組を見ながら、理解しているのかしていないのか分からないが、ただただ頷いていた。


 事件や事故があれば悲しそうな顔を、町おこしやイベントなら明るく元気な顔でニュース百面相とでも言わんばかりに表情豊かだった。




 朝食を終え、学校へ行く支度を済ませた星魔が玄関へと向かい、理恵が茜のお弁当と言いながら星魔に渡していた。




 「王子、学校とやらに行かれるのですか?」




 「ああ、果たさなければならぬ義務があるのでな・・・」


 高校は義務教育ではないのだが。




 「私もお供します!」




 「うむ、それなんだが・・・護衛として・・・」


 何を思ったか星魔はヴィスカを学校へ一緒に連れて行こうとするのだが、ヴィスカの後ろで何も言わず手を×にしている1人の女性の姿が目に入り・・・




 「っく・・・これは、1人でやらねばならぬことなのだ、悪いが護衛を付けるわけには行かない・・・」




 「そんなにも重要なものなのですか学校とは・・・」




 「ああ、だから我が帰って来るまでの間、この家のことは頼んだぞヴィスカ!」




 「はっ! この命に代えても城をお守りすると誓います!」




 「では、行って参る!」




 「お達者で!」


 まるで戦地へと赴くような勢いで出ていく星魔だったがただの登校、身の危険は道路以外あるまい、と思いながら。


 「気を付けるのよー、後お弁当忘れずにねー」


 見送る理恵なのであった。

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