第6話 open sesame
無数のモニターが前面に広がるこの部屋に窓はなく、地下室であることが見て取れる、そこには数多の人員が働いていた、机が1人1つ割り当てられており、近未来的な雰囲気を醸し出していた。
その机の1つに彼はいた。
「まぁこれぐらいはやってもらわないと困るな」
トラックの運転手と通話していた相手がこの場に居た。
「別にそんなことしなくても、彼女の運動能力は確認済みだろうに」
「こちらの世界にきて使い物にならなければ、彼女が呼ばれた意味がないからな」
「物みたいに言って、彼女が悲しむぞ」
「いざ敵を目の前にして臆して殺されてしまいましたでは困るんだよ」
「はいはい」
隣の席に座っている彼と同じ年ぐらいの中年男性は糾弾しているようだが、彼は物ともしていないようだ。
「それにしてもこの世界にきて間もないというのによくもまぁあれだけ冷静でいられるものだ、子供の適応力というものなのかね、羨ましい限りだよ」
「彼女には任務を伝えてある、そう簡単に取り乱してもらわなぬ用釘を打っておいたし、向こうの世界では旅もそれなりにしていたらしいし、環境の変化には慣れているだろう」
「そうだといいのだがね、ホームシックなどにならなければいいのだが、あの年は不安定でかなわぬ、最近娘も俺に冷たくなってきてねぇ・・・」
「大人になっている証拠だ、成長を見守ってやるのも我々親の役目じゃないか? 子離れする覚悟もしておけよ? まぁなんにせよ、彼女には守ってもらわなければいけないからな、少しは力を見させてもらわねばならぬこれから始まるであろう、襲撃や、戦争に向けてな」
モニターに映し出されたアリーシャ・ヴィスカを見て彼はそう呟くのであった。
中年男性もまたモニターに映し出された光景をただじっと眺めているだけだった。
◇◇◇
かくして一行は、鉄鎧の魔物の暴走を抑え、小人族との出会いと果たし、無事決戦の地、ショッピングモールへと到着したのであった。
「思えばこれまで長い道のりだった、ドラゴンに襲われ、連れ去られたときはどうしたものかと頭を抱えたものだが・・・俺たちは無事・・・無事に・・・ここまで来ることができた!」
「お、王子、そんなつらい過去が・・・」
「いい、いいんだヴィスカ、ここについたということだけで俺は、俺は・・・」
泣きそうな芝居がかった発言をする星魔に対し。
「どこまで話を盛るつもりよ、後ヴィスカちゃんも乗るんじゃないの、星魔がつけあがるだけよ」
事実でないことを今知ったヴィスカはきょとんとしていた。
「それにしても大きなお城ですね・・・」
ショッピングモールというだけあってどこの店舗も歩けるだけの大きさを有しているのだが、ヴィスカにはどうやら一国の城に見えるらしい。
そして屋上の駐車場へと続く、手のように見える道など、城にないものがどうやら気になるようだが、ただただ眺めるだけのようだ。
「数々の小規模国家の犠牲の上に成り立っているこの大国は世界からありとあらゆるものが集められているのだ、基本的な日用雑貨などはここでそろうであろう」
どうやらシャッター街のことを言いたいらしい星魔だが別に犠牲になったわけではないであろう、ニーズに応えられなかっただけなのだ。
「とりあえず洋服を見ましょ、買うのは後でいいけど見ておかないと理恵さんに怒られちゃうし」
一階は食品やスーパーなどがメインで服は二階がメインとなっているため二階の入り口のある踊り場まで行こうとしたのだが。
「この階段生きています」
二階の踊り場へと続く道は階段とエレベーター、それにエスカレーターがあるのだが、エレベーターは故障中だったため、エスカレーターを使おうとし、ここでまたヴィスカが疑問を投げかけた。
「エンドレス、カインド、レッグ、トランスポーター。略してエスカレーターだ!」
かなりの無理やりなこじ付けだが、endless、kind、leg、transporter。
無限で思いやりのある、足を運搬する装置、という意味らしい。
実際のところエスカレーターはラテン語のscalaという文字を使って命名されたらしいのだが、妄想が現実を支配している星魔には事実などどうでもよいのだろう。
「このものは決して生きているわけではないのだ、魔力のようなもので動いているだけだ、だがこれに乗れないようならばこの世界では生きてはいけぬぞヴィスカよ、これは主要な都市であればどこにでも用いられている」
そういうとタイミングを見計らって星魔はエスカレーターへと足をかけた。
「上で待っているいざ、決戦の地へ、着たければ来い!」
まるで決戦に行く勇者のような口ぶりだが、如何せん速度が遅くあまり様になっていない。
「1つ1つ階段がせりあがってくるからそれに足を乗せて階段に身を任せるの、手すりもあるから最初はつかんで乗るといいわ、まぁ転ぶと危ないからいつでも手すりはつかんでいた方がいいけどね、星魔みたいに腕を組んで乗っちゃ危ないわよ」
ヴィスカが乗れるまで見守ってくれている優子が助言した。
無限にせりあがる階段に目を持っていかれてはまた足元に戻っていき、目がおかしくなりそうなので首を振りリセットすること数回。
「お、おぉぉぉ」
初めてせり上がっていく感覚を体験したヴィスカは何とも形容しがたい感覚に言葉を奪われていく。
「どう? 面白いでしょ?」
決して遊具などではないのだが、優子も初めてエスカレーターに乗った時のことを思い出したのだろう。
「まるでドラゴンの背中に乗っているようですね!」
ドラゴンの背中に乗るという感覚が優子にはわからないのだが、ヴィスカが言うのであればそうなのであろう。周りの景色が変わっていき遠くを見渡せる位置までくると。
「ヴィスカちゃん、ジャンプ!」
「はっ!」
降りるときに躓かないように掛け声を上げる優子だったのだが、思いがけない跳躍力に。
「す、すごい」
声を漏らす優子であった。
「王子ただいま参りました」
「うむ、それではいよいよ魔王城の攻略に行かねばならぬな、気を引き締めろ、ここからは何が襲い掛かってくるかはわからぬからな」
「はっ!」
そうそう現実世界で襲い掛かってくるものはいないのだが、万引きなどをして警備員がくるくらいであろう、そうとは知らずにヴィスカは真に受け真摯に受け止めるのであった。
二階にある入口へと向かう時だった。
星魔は足早に自動ドアへと近づいていき、あたりを一度見渡す、どうやらいま遊歩道にいるのは自分たちだけのようだ。
自動ドアが反応しない直前で止まり。
「オープン・セサミ」
そういいながら、右手で左から右へと宙を薙いだ、その瞬間当たり前だが自動ドアが開く。
その後ろでは「おお!」ヴィスカによる驚愕の声が漏れたかと思いきや。
「ドンッ」
小さな衝突音。
星魔が自動ドアの向こう側からくる人物に当たってしまったらしい。
「んあぁ!?」
絵にかいたようなガラの悪いカップルが星魔の前に立ちはだかった。
「坊主どこ見てんだ!」
お約束だろう。
星魔の後方で呆れ顔の優子が出ていきそうなヴィスカの手首を掴み。
「理恵さんは無益な殺生は嫌いって星魔が言ってたの覚えてる?」
「はい」
「できれば話し合いで解決したいの、ちょっと待っててくれる? もし私も駄目そうならヴィスカちゃんを呼ぶから、それまでここで待ってて、呼んだとしても殺しちゃいけないからね、ちょっと痛めつけるだけにしてあげて、あの人たちはヴィスカちゃんよりもずっとずっとずーっと弱いから。いい?」
「わかりました、優子様の健闘をお祈りします」
「うん、聞き分けがよくて助かるわ」
そういうと優子は星魔の元へ駆けつけたのであった。
一方、星魔というと
「あ、すいみません」
「んあぁ!? 声が小さくて聞こえねぇなぁ!?」
「ねぇやめなって可愛そうじゃん」
ぶつかられた男は短気も短気、一歩外を歩けば喧嘩を買ってしまいそうな勢いで星魔突っかかっていたのだが、女性のほうは、それを抑える形でまだ喧嘩をしているという雰囲気ではない。
「あの、ぶつかってしまってすみませんでした」
星魔に変わり、優子が再度詫びを入れる。
「なんだおめぇこいつの彼女か、いい度胸してるじゃねぇか」
「っきゃ!」
突然ガラの悪い男は優子の手首を掴み優子の身体を引こうとした。
「おい! やめろ!」
そこに身を挺して、割り込んだのは星魔だった。
男の手を掴み、優子をの手を離させようとしたのだが。
「うるせぇ!」
優子を掴んでいない右手で星魔に殴り掛かる。
星魔はそれに対し、直前で体を少しのけぞらし、直撃を避けるのだが少しみぞおちに入ってしまった。
「うっ」
「お、王子!」
その時だった。
目の前にいた男が消えた。
いや左のほうへ吹っ飛んだのだった。
神業のごとき一撃に誰も目で追えたものはいなかった。
気づけば男は遊歩道の落下防止用の壁面に倒れていた。
後ろにいたヴィスカが瞬時に駆けつけ男を殴り飛ばしていたのだ。
手を顔に当てうなだれる優子に対し、「おお」感嘆の声を上げる星魔。
「おお、じゃないわよ !警備員が来ちゃうわ、あの人には悪いけどさっさと建物の中に入って、逃げましょう」
男に駆け寄る彼女を尻目に一行は再度急ぎ足で建物の中に逃げ出したのであった。
殺人犯にならないことを祈りながら・・・
幸い男は、骨折程度で済んだという。
◇◇◇
「はい、はい、はい」
とあるカフェの一角彼女たちは隅の方で説教をしてしていた。
馬の耳に念仏という言葉があるが、こちらの馬は真摯に受け止めているようだ。
「無益な殺生はしないって言ったよね?」
「はい」
「あの人、気を失ってたみたいだけど?」
「はい、かなり力を抜いたつもりだったのですが、如何せんあのものの踏ん張りが足りなかったようで・・・」
「人のせいにしないの!」
「はい」
強制返事機となっているヴィスカを前に、鬼ヶ島出身であろう優子がこれでもかというぐらいヴィスカを問い詰めていた。
「いい? こちらの世界では多分ヴィスカちゃんがいた世界より全員ひ弱で、もしかしたら赤子より弱い存在なの!」
「まさか、赤子より弱いなどと戯言を、え!? 俺ってそんなに弱いの!?」
なぜか真に受けている星魔を横目に「物の例えよ!」と突っ込む優子。
「まぁ今回ばかりは突っかかってきたあの人が悪いかもしれないけど、今後こういったことはないように! いい!?」
優子は勢いよくヴィスカを糾弾した。
「はい。申し訳ございません」
頭が上がらないヴィスカに優子が声をかけた。
「こっちの世界にきて間もないからまだ何もわからないのだろうけど、こっちの世界じゃ魔物もでないし、人は戦闘という分野に関してはあまり好印象ではないの、人を殺すというより、どうやってお互いを守っていくかということを気にしながら生きているの、だからすぐに手を出そうとせずにまずは落ち着いて行動していってほしいの」
「はい」
優子という名前の通りに優しい口調で諭すようであった。
「すいませーん!」
カフェの店員さんを呼び、ジュースとパフェを頼む優子。
注文した品物がテーブルに運ばれてくると。
「ヴィスカちゃん、パフェって知ってる?」
「いえ」
先ほどまで強制返事機だったヴィスカが初めて否を唱えた!
優子がヴィスカの前に置いてあるパフェをすくい、「お行儀が悪いんだけど、はい、あーん」パフェをすくい口元に持っていく優子、ヴィスカはなされるがまま口を開けパフェを味わう。
「ん!」
悶絶したかのような声を上げ、感動の色を隠せないヴィスカ。
「私たちを助けてくれようとしてくれたことは、感謝しているわ。でも何事にも限度を早く見極めてほしいの、こちらの世界にはこちらのルールがあるから」
「はい!」
そういってスプーンを受け取ったヴィスカの手は止まることを知らなかった。
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