第1話 魔法陣作成のprocese

周りには沢山の民家があるのだがその家だけは誰が目にしても異様そう思わさせざる負えない風貌をしていた。

 その家の入口にはまるで1961年から1989年までドイツ市内に存在したと言われているベルリンの壁ような。人が下に立てば見上げてしまいそうな門が、そして何かを守るように塀で囲われた広い土地。

 だがこの家の異様をこの門だけが演出しているわけではない。

 門をくぐれば、家までへと続くコンクリートの道が一本、その両脇の手前には木々が鬱蒼と生い茂り、家の近くへと足を向ければその周辺には芝があたり一帯を覆っていた。

 これだけの広大な土地にそびえ立つ屋敷は、いくつもの塔によって作られているドイツにあるようなお城や、江戸時代に作られた日本に現存する城、はたまた宮殿のような華やかで趣のある建物をイメージさせるだろうがこの家は違った。


 周りにある民家に鳴りを潜めるかのように一般的な家の形を要していた。

 門と庭が広がっている時点で鳴りを潜めるという表現は似つかわしくないのだが、それでもこの土地の持ち主の趣向は一般的な富豪、いや個人的な思想かもしれないが、一般庶民の考える土地があり、資産があるから税金対策などの理由で大きい家を建てようなどというわけではなく、二階建ての6LDK。都内に住んでいないのであれば一般的な家庭と言える広さの家がそこにはあった。

 傍から見れば、家を建てたが土地が盛大に余ったしまったので、芝と森林を備え付けたような、オプションどれにしようか感覚の選んだ結果のようななんとも後付け感漂う土地になってしまっている。


 その家のとある一室、部屋にはベットが一つに勉強机が一つ、それ以外は壁に面した大きな本棚が二つほど並んでおり、その中には無数のライトノベルやら漫画がびっしりと詰まっていた。

 だが時折あまり見かけないような、いや、趣味の異なる本も点在していた。

 幻の生き物図鑑や、魔法の書、魔法陣の書き方など、人生における汚点の集合体とも呼べるような区画が。もし図書館でこのような区画に名前を付けるとするならば【黒歴史】と分類され、レンタルDVDショップ店などにあれば、R18禁コーナーと同格の肩を並べられるであろう区画がこの部屋の本棚にはあった。


「ふふふ、ふーっはっはっはっは!」


 せき込みそうな高笑いを上げながらその少年は、この春と言う盛大な陽気に当てられたのか、もう辺りも夕暮れ、部屋にはカーテンの隙間から夕陽が差し込み、あたりを見回したらやっと物を視認できる程度の明るさの中、勉強机にかじりつきながら、部屋の電気は付けず、スタンドライトの明かりだけを頼りに紙に執筆活動・・・?

 いや、誰が見ても分かるよう上に【召喚の魔法陣】とデカデカと記されている紙に幾何学的な模様を真剣に書いていた。

 どうやらその一端の完成が、彼の高笑いの発生源らしい。

 その声の主の名前を召王星魔(しょうおうせいま)といい、黒髪の短髪で、別段イケメンとも不細工ともいいようのない普通の男子高校生。

 いや普通と呼称するにはあまりある彼の言動、昨今コミュニケーションツールや配信サイトなどでどんな年齢の子供でもスマホやパソコンさえあれば誰とでも繋がれる時代、一人部屋で叫んでいても違和感はないのだが、だがそういったものは辺りには一切なくスマホはベットの横の台に放置されたままのこの現状を見れば、彼は机の上に置かれている一つの紙に向かって奇声を発している異端児だ。

 だが彼にとってこれは人類の大いなる第一歩なのかもしれない。


「できた、ついに・・・できたぞー!」


 両手を上げながらさらに追撃の奇声を発する異端児もとい星魔。

 その後ろで勢いよく扉が開く音がした。

 真っ赤な髪まるでマグマから生まれてきたようなというのが適切であろう、赤と黄色い光をきれいに帯びたような髪。

 電気もついていない部屋で一際光り輝く光景は、夕日だけで染まっているのではないと誰もがわからせられる。

 紅蓮と表現した方がいいだろうか、まるで髪の一本一本が生きているような、血が巡っているかのような、見るものすべてを魅了する幻想的な髪質(一人イルミネーションと言っても過言ではない、インスタ映えとか言って蠅がたかってきそう)を持ち、スレンダーな体系で星魔が170cm程度の身長ならば彼女もそれと同等の身長で星魔の一つ歳上の姉、召王茜(しょうおうあかね)がそこにいた。

  茜は部屋に入るとしばらく扉の前に陣取り何もしゃべらず、あたりを見まわしていた。


「はぁ・・・」

 茜の口から大きなため息がひとつ、こぼれ落ちた。


「あんた一人でぶつぶつと・・・」


 ため息からわかるようにその声は心配からくる呆れ声だった。

 今現在この家には二人しかおらず、責任監督は姉である茜にあるだろう、そして家の中でもう夕暮れ時だというにもかかわらず、奇声を上げて喜んでいる弟がいたら注意するなり、叱るなりするのが責任者の役目、そうでなくとも今後また叫ばれても困るのは目に見えている。

 そうなる前に芽を摘んでおくことが茜にとって今後のためになる。

 また星魔が三度叫び、そこに親がいたなら、「一度注意したんだけど、また叫んでる」などと言えば、今度は親も同時に援護してくれるだろうことは間違いない、多対1の状況を作れる絶好のチャンスだと見込んで茜はきたのだろうが・・・

 これは予想外、普段何かあっても奇声を発することはない星魔だが、部屋で一人、奇声を上げているとなると話が変わってくる。

 これからも続く可能性が大いにあるからだ。


「流石にうるさいわよ」


 頭ごなしに怒るのではなく、あくまで冷静に、現状を把握するという威厳のある態度で行かねばならない、そう思った茜が静かに口にした言葉だった。


「くっくっく、貴様のような小娘にはわからんだろうよこれの凄さが!」といいながら茜のいる方向に対してさっきまで書いていた奇声の発生源、召喚の魔法陣を向けた。


 魔法陣の威力は想像以上だった。


 破けた。


 人を怒らせる、いやこの状況下での茜を怒らせるという分野に対して、召喚の魔法陣と書かれた幾何学的ななにかを見せるだけで沸点まで持っていけるという功績は、星魔が奇声を発するまでの発明品と言っても過言ではないのかもしれない・・・いや、過言だろう・・・

 本来の目的とは甚だしく逸脱した使われ方をしたのだ、そう正しい使われ方をしてはいないのだ。


「な、なんてことだ・・・」


 星魔は先ほどの威勢のいい発言とは裏腹に、膝から崩れ落ち、床に跪いてビリビリに破かれた、ただの紙切れを見ていた。


「で、その紙切れのなにのどこがすごいのか言ってみなさいよ!」


 先ほどとは打って変わって、星魔に挑発的な態度を取られた茜は怒らないという決意を胸に激怒していた。


  星魔はうなだれてはいるものの最後のなけなしの力を振り絞り、言い放った。


 「このひとでなし!」


 「私が人でなしなら、あんたはろくでなしよ!」と言いながら茜は星魔の方へ歩きながら手を大きく振りかぶり星魔を平手打ちしようとしたその瞬間。


 「っふ見切った!」と言い茜の手首を掴んだ。


 なおも茜は手に力を込めながら。


 「やるじゃない、それならこれはどうだ!」


 茜は左手に隠し持っていた何やら平べったい雑誌のような本を出し始めた。


 「ロリッ娘エルフとお兄ちゃん」


 どうやらそれは本のタイトルらしい。


 「っく! 何故それを!」


 「掃除中本棚の裏に隠してあったのをお母さんが見つけたって言ってたわ」


 「っく、悪の組織の陰謀か!?」


 そこで手品のように茜が指をスライドさせるともう一冊同じような本が出てきて。


 「女剣士とオークの駆け引き」


 「っく!? もしや貴様姉上ではないな!」


 「精神攻撃は基本よ覚えておきなさい。それとこの二冊の本の内容ギリギリアウトなんだけど!」


 言葉のボディーブロウに星魔はリング内でその一生を終えた・・・


 「あっやばい! もうこんな時間!」


 腕時計を見ながら足早に部屋の扉を開けたまま、後にする茜の背中には、格闘ゲームなどにみられる。

 【YOU! win!】

 という文字が浮かび上がっているように見え、去り際に茜が言った。


 「明日お母さん昼間いないって言ってたから、お昼は自分で何とかしなさいね、私は今夜から修也と出かけてくるから!」


 そう言い残し、部屋から出ていった。


 「っふ」


 茜が部屋から退室したのを見届け椅子に座り直し、机に向き直る星魔はおもむろに机の右下の引き出しに手をかけ。


 「あ、姉上!?  こんなところにいらっしゃったのですか!? 先ほどのあやつは偽物、やはり悪の組織のものか・・・」


 意味深な発言をしながらも星魔は引き出しの中から赤いパッケージのカップラーメンを取り出しながら呟いた。

 そこで後ろからなにやら声がしたので振り向くと顔面に正義の鉄槌が下された。


 「あんたの顔も赤く腫れさせてあげるわよ!」


 いつの間にか部屋に戻ってきていた茜が思い切り顔面にグーを入れた。

 部屋の扉は開けっ放しだったのだ、星魔の声が筒抜けで再度沸点を上げてもおかしくはない。

 それと同時に後ろに倒れる星魔、後ろには机があり、鈍い衝撃音とともに後頭部を打ち付け、目の前では殴るためだけにこの場に来たのではないかと思われる茜が部屋を去る姿が見えた。

 机に後頭部をぶつけ、床に落ちるまでの間、走馬灯のようなものを目にしていた。

 宇宙のような黒い背景に、次々と浮かぶ記憶の数々、だがその記憶は今まで体験してきたものではないと断言できた。

 黒いローブに身を包み大きなロッドを構えるもの、剣を右手で構えながら、左手で魔法らしきものを魔物へ放つ物、ローブを着た者たちが魔法を打ち合ってる姿もあった。

 今まで見たアニメ作品や映画でもこのような映像は見られなかった、それほど鮮明だったのだ。

 そして最後に魔法陣らしきものに手を当て、幾何学的模様が空中に浮かび上がって・・・その場で走馬灯は時間を止め、動かない・・・その模様を覚えるのはたやすいことだった。

 星魔はその模様を脳裏に焼き付け。

「いてっ」

 床に頭をぶつけた。

 頭を気遣うそぶりも見せず、新しい紙を用意し、鉛筆を取った。 

 記憶が薄れないうちに・・・だがそんなことを心配するまでもなかった、手が止まらない。

 止めたくても止まらなかったのだ。

 頭の中は先ほどの走馬灯のことでいっぱいいっぱいだった、いや心の中も。

 何かに操られているかのように、何も考えずただただ書き続けた。

 あれが何の模様なのかもわからぬまま。


 「できた、できたぞおおおおおおおお」


 星魔は先ほどとは比べ物にならないぐらいの奇声を上げた。

 だが、茜はもうこの家にはいなかった。


 そして机の上に置いてある幾何学的な模様の入った紙、先ほどの椅子から落ちた衝撃か、はたまた興奮し、頭に血が上ったのか、星魔の鼻から一滴の赤い血が落ち、幾何学的模様の中へと吸い込まれていった。


 かくして、召王星魔(しょうおうせいま)の新たなる生活がここから始まるのであった。

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