第4話 アリーシャ・ヴィスカ

人は、自分の知らない存在を目の当たりにしたとき、どう思うだろうか? あるものは五感で確かめ、あるものは知っている人に聞き、あるものは近寄り難いものとして遠ざかるであろう。




  だが女剣士にとってここはすべてが未知、あれの名称これの名称、家を回って名前や使い方を把握するだけで一日を要してしまうのではないだろうか。


 先ほどのルーン・バスターもそうだ。


 あれは何物で何を目的として動いていて、害があるのかないのか、星魔の説明によると凶悪な魔物であるらしい。


 なのにもかかわらず、この家では飼いならし、放し飼い状態。


 女剣士の日常からすれば考えられないことなのだろう。




 それからこれだ。魔法の結界だろうか?先ほど自分を拒んだこの大きく透明な壁は一体何なのだろう、自分の知っている結界は、壁の役割は果たさない。


 人を通し、魔法だけを跳ね返す物だ、だが今自分の目の前にあるこの結界は種類や系統、原理が違うものなのか、女剣士はその壁を触り自分に害がないかなどを隈なく調べていた。




「どうしたの?」




 ここで女剣士はふと我に返った。




「これは一体何のでしょうか? 高位の結界かなにかなのですか?」




 女剣士の頭の中の好奇心という魔物が彼女の口から知識を手招いていた。




「これはガラスっていうの、聞いたことない?」


 理恵は優しく親切丁寧に返した。


 決して馬鹿にしているのではなく、彼女の先ほどの問いを思い返せば、結界だのなんだの・・・アニメでしか出てこないような単語だが、彼女はそれを、さも平然と口にした。


 この年頃の女の子がガラスという物自体を知らないということは令和のこの時代にはまずありえないことだろう。一歩外を歩けば、街中を見渡せば、曇りガラスもあるだろうが透明なガラスは嫌でも目に入る。


 コンビニやスーパー、電車やタクシーやバス、日常のありとあらゆる場所に使われているガラス。


 だがその存在を知らない彼女は・・・




「これがガラスですか?・・・」




 まるで信じられないアンビリバボーと手を顔の横まで左右に上げ手のひらを天井方面へ突き出しそうな雰囲気を醸し出していた。




「このように透明でしかも薄く、硬く、何より大きい。」




 説明を受けた後からでも信じられないと言いたそうな疑いの目を向けながらなおも、ガラスを触り続ける女剣士。




「この城を守る強固な壁の役割を果たしているのがそのガラスだ。またの名を物理結界。」と言いながら食事中だった星魔は席を立ち女剣士に歩み寄り。




「その結界は我々を守ってくれている、時には雨風を、時には魔物を、さらには我々のプライバシーさえも」




 星魔は空いていたカーテンを閉め、「我が城に欠点など存在しないのだ! さぁ、冷めてしまわぬうちに馳走をいただこうではないか」


 そう言い残し、星魔は元居た席に戻り昼食を再開する。それに続くように女剣士、理恵も昼食を再開したのだった。




 理恵、星魔、女剣士はそれぞれ昼食、後片付けを終え、ようやく本題に入ろうとしていた。




「まぁ、昨日は取り乱してごめんなさいね。」




 開口一番まずは昨日の現場を引っ掻き回したであろう張本人理恵が謝る。




「いえ、私も昨日は無礼続きで弁明の余地もありません。」




 女剣士は顔を俯かせ昨日のことを思い返し、どうしたものかと思い悩んでいた。




「そういえば私をこちらに呼び出したのはどなたなのですか?」




「もちろん我だ」




「王子が私をお呼びになったの出すか・・・もしや王子は魔法使いなのですか?」




 純真無垢に問われたその言葉に星魔は慌てるようにこう返した。




「ど。ど、ど、童貞ちゃうわ!」




「うるさい!」




「いてっ」




ヴィスカの純粋な問いに対してボケをかます星魔だが話の進行させたい理恵が頭を小突いた。




「星ちゃんが入ってくるとややこしくなるからちょっと黙ってて。」




 ひどい、まだ何もしゃべってないのに。


 半べそ状態の星魔を横目に理恵が言った。




「まぁ昨日のことはお互いさまということでいったん水に流しましょう。そういえばまだお名前を聞いていなかったわね。」




 話の流れが悪くなるのを気にしてか、当たりさわりがなく一番重要な点を聞く。




「っは!? 申し遅れました! 私、サモンズ近衛兵副団長、アリーシャ・ヴィスカと言います! ヴィスカとお呼びください!」




 名を告げるときは席を立ちながら。


 名乗っていないことを思い出し突然立ち上がったヴィスカだった。




「そんなにかしこまらなくても大丈夫よ。昨日のあんな状態じゃ自己紹介するものもできなかったでしょうし。あ! そうだ! お家のほうには帰る手立てはあるのかしら?」




「あ、それに関してはその・・・」




 ここで口ごもってしまうヴィスカ、そのことを察してか理恵はヴィスカの住んでいた場所を聞き出そうとする。




「ヴィスカちゃんはどんなところにに住んでいたの?」




「サモンズ王国というところです」




「さっき言ってたけど近衛兵の副団長っていうのは?」




「私は国王の身を守る立場でして。」




「パパのことをなんで殿下って呼ぶの?」


 芯のついた疑問を理恵はここで問う。




「殿下は殿下ですので。」


 芯を得ないというのか、要領を得ないというべきか、ヴィスカは明らかに何かを隠そうとしている。


 殿下と言えば王ではない王族に対してつかわれる言葉、それを黒臣に対して使う以上、黒臣は何処かの王族なのだろうか、それともヴィスカの勘違い、本当は人違いでした、なんてこともあるのだろうが、確かめようにも今黒臣はこの場にいない、いたとしてもはぐらかされて終わるだけだろう。理恵はそう思い次の質問へと足を向けた。




「じゃぁなんで星ちゃんは王子なのかしら?」


 殿下の息子は同じく殿下なのではないだろうか? だが彼女は王子と呼ぶ。




「それは、殿下がそう呼んでやった方が喜ぶだろうと、言っておりました。」


 理恵は確信を付けたと思い込んでいたのだが、ヴィスカの返答は斜め上を向いていた。


 まぁ確かに星魔なら殿下より、王子と呼ばれた方が格段喜ぶだろう、だが王子となるとこれまた身分が変わってくるのではないだろうか。




「王子だと少し違わないかしら?」




「それに関しては口留め!?」




 突然ヴィスカが口を塞ぎ目大きく見開いた。


 口留めというのはそういう本当の意味で口を止めるという意味ではないのだが・・・ヴィスカもそれはわかっているだろうが、つい口が滑ってしまったようだ。




 だがこれ以上は話を聞いていた理恵も言及はせず、「そう」と言葉を残すだけだった。




「今後のことはどうするのか決まっているの?」




 神妙な面持ちで話す理恵に対してヴィスカは何も切り出せないでいた。




「そうね、星魔が呼び出しちゃったわけだし、帰り方も今のところつかめてないようだし、星魔もどうせわからないだろうし、その保護者の責任として家に帰る手立てが見つかるまでの間うちにいなさい。」




 その瞬間ヴィスカの顔が明るくなった。




「よ、よろしいのでしょうか?」




「大丈夫よ! 問題ないわ!」




 理恵のこの偽りのない言葉にヴィスカの顔が今度は安堵の顔に変わった。


 とここで沈黙を貫いていた男が。




「おお! さすが母上! 話が分かる! これからともに伝説の地サモンズ王国に帰る方法を我と共に探求していこうではないか!」


 星魔は斜め上方向をみながら手を突き上げ、心意気だけは人一倍と言ったような態度をとるのであった。




 ◇◇◇




 とある王国もといサモンズ王国、王宮内


 普段から政治や戦争内情などで騒がしい宮殿内なのだが今回はいつも以上に慌ただしかった。




「報告いたします! 昨晩未明、自室よりサモンズ近衛兵副団長、ヴィスカ・アリーシャ殿が行方不明、部屋を調べた結果争いの形跡なし、血痕なども見られませんでした。その後他者の侵入の可能性、ならびに潜伏の可能性や副団長が王宮内の部屋に逃げ隠れている可能性をも考慮し、全部屋を捜索しましたが、発見には至りませんでした。」




「そうか」




「王、副団長は一体・・・」




 王宮内のとある一室、謁見の間ではなく、個室と言っていいほどの狭さの部屋に3人が集まっており、1人は報告役の近衛兵、その報告に白髪交じりの栗色の髪をしていて、皺が目立ち始めたような顔立ちの王、そして王に行方を問う近衛兵団長、名をヤタク・アリーシャ、肌は日に焼け茶色で、頭の際にはところどころ、甲冑の後だろうか? こすれて傷になっているところや、魔物の爪に引っかかれた跡や、剣に切られた後など、一言で表すなら歴戦の勇者と呼ぶのが適切であろう顔立ちの男だ。




 そう、このものこそが現アリーシャ家当主にして、ヴィスカの父である。




「ヴィスカの魔力を我も辿ってはみたのだが、これがなかなかつかめん、彼女自身魔力はもともと弱いのもあるだろうが、それでも忽然と消えており、その周辺には色濃い魔力が2つあっただけだ、これが原因なのかは我にもわからぬところだが。」




 その後言い淀む王。




「この魔力、2つとも我の勝手知ったる魔力のような気もする。」




「おお! それはどなたの魔力なのですか?」




 思いがけぬ報に喜びの色を隠せないヤタク。




「すまぬが、席を外してくれぬか。」




「っは!」




 報告役のほうへ向き退室を命ずる王。


 報告役は迷いもせず退室していった。


 退室したのを見送った後。




「1つは魔王女直属の部下、名前をブカディ・アルド。またの名を【ビファダルドゥ・クロウ】」




「混乱したカラスですか・・・数年前王宮に突如として現れ、魔王女を返せといい王を襲った不届きもの、あの時は肝を冷やしまたな、まぁ和解で終わったのは不幸中の幸いとでも言いましょうか、だがそやつがなぜまたこの王宮に・・・」




「さて、それなんだが。わざわざ副団長に会いに赴き、しかも魔法を使い痕跡だけを残し消えるとは、何やら裏がありそうなものだが・・・直接私に会わない理由、妙だな。警戒されているとは言え顔を見せなければより一層警戒が厳しくなるだろうに。」




「ですが、争った形跡なし、血痕もない以上生存しているとは思いますが、至急ヴィスカ・アリーシャの捜索願とブカディ・アルドの指名手配をしていただけないでしょうか?」




「そうだなブカディ・アルドに対しては指名手配を出すことにしよう。」


 王は頷きながらいい。


「だが、アリーシャ・ヴィスカに対しては少し行動するのは待つべきであろう。」




「な、何故ですか王よ!」




 少し取り乱しながら王に問いた。




「彼女を副団長にしたのは、信頼しているからであろう?」


 ヴィスカを副団長に任命したのは確かに団長であるヤタクだ、だがヤタクの言葉には焦りが見える。




「そう私は信頼しているのです、我が子、ヴィスカを」




「ならば彼女を信じ待とうではないか、彼女の実力はヤタクお前が一番よく知ってあろうに、そんじょそこらの魔物にも負けはしない、そなたが育てたのだから。」




 ヤタクがヴィスカを信頼しているように王もまた、ヤタクとヴィスカの両方を信頼関係にあることが窺い知れた。




「まぁ、そう慌てるでない。先ほども言った通りもう一つの魔力の方だ、身に覚えがある。」




「そういえば・・・先ほど言っておりましたな。」




 平然を保とうとするヤタクにさらに言葉を返す。




「とうとう力をつけたのかも知れん。いや覚醒したと言うべきか。」




「ついにですか・・・」




「ああ」




 そして、ヴィスカの安否が気が気ではならないヤタクは身がはち切れる思いで城を後にし、王の命を遂行しようとしていた。




「ああ、時期に訪れるらしい」




「本当か!」


 ヤタクと鎧を全身に身にまとった男が何やら話をしていた。




「数年は先になるが五年とかからないだろうという話だ。」




「ご、五年!? それはちょっと急すぎやしないか!? そんなんじゃぁいい女を見つけて俺の子孫を残してもらうこともできねぇ!」




「ガリルお前まだそんなこと言ってたのか! いい加減女を絞れとあれほど・・・」




「ヤタクの旦那いい女は皆違って皆いいからいい女なんだ! 一人に絞っちまったら神様にいいや女神さまに怒られちまう! いや、まてよ? 女神様が俺の前に現れてくれるっていうんなら女神さまでもいいな・・・」


 嫌らしい笑みを浮かべながらガリルと呼ばれた男は妄想・・・もとい、なにか物思いにふけっていた。




「そんなんだから、その年になっても結婚できないんだ! ってお前の結婚相手だとか、お前の人生なんてもんはどうでもいいんだ、とにかく各部隊に至急伝達するように! 五年後の戦争に向け、物資の調達、兵の訓練、いいな! この戦いで人類と魔物との決着がつくかもしれないんだ! くれぐれも気を抜くんじゃないぞ!」




「はっ!」


 先ほどまでの話はなんだったのやら、突然真面目腐った顔つきになり、敬礼を返すガリルであった。




 その後ブカディ・アルドの指名手配書が国中に出され、更には隣国などにもその情報は伝播していくことになるのだがそれはまた別の話。

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