第5話 鉄鎧のRampage

新たな決意を胸に、新天地に赴き一番重要なものと言えば衣食住だろう。


 人の家に居候状態となれば食住は抑えたといっても過言ではない。


 だが「やっぱり服装よねー」理恵は顎に手を当てそう唸った。


 理恵は40代、茜は16歳だが平均よりは背丈が大きい、14歳の平均的な少女に着せるには。




「ぶかぶかだな」




 星魔が茜の服を着たヴィスカを見ながら呟いた。




「やっぱり服は買わないとだめね。星ちゃんこれからヴィスカちゃんと一緒に買い物に行ってきてくれないかしら?」




「あい分かった」




 その時だった、タイミングでも見計らったかのように、「ピンポーン」と家のチャイムが鳴った。




「あら丁度来たみたいね」




「とうとう我が根城を突き止められたようだな・・・ヴィスカ、注意しろ!」




「はい!」


 曇りなき眼というのはヴィスカの目のことではないのだろうかと疑ってしまうぐらいの純粋さだ。


 お嬢ちゃん飴上げるからおじさんと一緒にきてと言われればついて行ってしまうのではなかろうか、お父さん心配です。




 そんな星魔達をしり目に理恵は玄関のほうへ出向いた。




「ごめんなさいね、急に呼び出しちゃって! 高校生の休日は青春の一ページ、大事な時間を割いてもらって悪いのだけれど、こっちも急用なの」


 扉を開けた先には一人の少女が立っていた、名を仕道優子(しどうゆうこ)といい、その少女は黒髪でショートヘア、外見から想像できるようにどこにでもいる一般的な女子高生というのが適切であろうその容姿は、召王家の美人母娘に負けず劣らずと言ったところで、傍から見た雰囲気は落ち着いていて冷静沈着と言われればなるほどと、万人がうなづいてしまうほどだ。


 普段から星魔と行動を共にすることが多いため余計に落ち着きが目立ってしまう時もあるのだが、喜ぶときは喜び笑う時は笑う。


 朴念仁ではないということは釘を刺しておかねばならないだろう。


 そして星魔とは生まれたときからの幼なじみであり、家は門を抜けたら目と鼻の先だ。




 後ろからついてきた星魔と玄関の扉の隅に隠れ、こちらを警戒しながら顔を半分出す少女が、先ほどから優子のほうへ目を向けている。




「あ、あのさっきからすごく見られているんですけど、その子は」


 先ほどの星魔の発言で頭の中に注意報が鳴らされているかもしれないが異世界人のため侵入者を告げる早鐘が鳴っているに留めておこう。




「ヴィスカちゃんいらっしゃい、この子ね何と言えばいいか・・・色々あって家で面倒を見ることになったのよ、でも着る服がなくて・・・」


 だぼだぼの服を着ているヴィスカを理恵と優子が見て、その後お互いの目と目があい




「なるほど」




「でしょ」


 お互いに言いたいことはわかったようだ。




「ていうことで星ちゃんとヴィスカちゃんと一緒にショッピングモールまで行ってきてほしいのよ。本当は私が行くべきなんだろうけど、実家に行かなくちゃいけない用があってね、これ以上こっちにいられないのよごめんなさいね。」


 言いながら理恵は優子に封筒を手渡した。




「この中にお金が入っているから、頼んだわね優子ちゃん、星ちゃんに渡すと無くしそうで心配だから。余ったお金は優子ちゃんの好きに使っていいわよ。」といい理恵は家の中へと戻っていった。




「というわけで、よろしくね、私優子」




「あ、はいこちらこそよろしくお願いします。アリーシャ・ヴィスカと申します。」




「海外の人なの?」




「海外?」




「ヴィスカは我が異世界より召喚せし、従者。異世界人というのが適切であろう」




「異世界? 従者? またわけのわかんないこと言って、まぁいいか、早くいきましょう」


 いつもの流れなのか、星魔は基本スルーで、早くも出発しようとする優子。




「外に出かけるのであれば、少々お待ちください、着替えてきます。」


 ん?ヴィスカの発言に星魔と優子の二人は顔を見合わせた。


 服がないから、服を買いに行くのに、よそ行きの服に着替えてくるとは一体どういうことなのだろうか?




 しばらくすると出てきたヴィスカだったのだが、その姿に二人は目を見張った。


 何を隠そうヴィスカは昨日現れたままの姿、鎧姿で外に出ようとしていたのだ。




「ちょっと待って! ヴィスカちゃんなにその恰好!?」


 何事かと見知らぬ女の子が突然コスプレをして出てきたのだ誰でも慌てる場面、星魔の知り合いなら鎧を着てもおかしくないだろうと言われるかもしれないが、14歳の年頃の女の子が外に出るのに鎧を付けてショッピングモールに向かおうというのだ明らかにおかしい。


 これからショッピングモールで行われる、ショーにでも出演する気なのだろうか? 悪いが優子は演技派ではないため、さすがにそれは無理だ。


 などと考えていると。




「これからこの城を出るとなればいつどこで盗賊や人攫い、魔物と出くわすか分かりませんから」


 背中にある、大剣の柄を握りながらしたり顔で言い放った。




 このまま外に出せば死人に出くわすかもしれない、たかだかショッピングモールに行くのに1人や2人の死人を出しては、救急車が間に合わないだろう、まぁこんな幼い子が背中にある大剣を本当に振り回して、人を死なせてしまうほどの威力が出るとも限らないのだが、一緒に歩くこちらの方が恥ずかしい。


 頭の中が恥だらけの男、星魔もそれには同意のようで。




「ヴィ、ヴィスカしばしまたれよ、もしそのようなものが現れたとしても、我が成敗してくれようぞ」




 決まった。




 右手を前に出し、手平を自分のほうへ向け、力とはなんたるやのポーズを見せ、これでヴィスカも納得するだろうと思ったのだが。




「そういうわけにはいきません、私には、王子を守るという使命もありますゆえ、王子が手を出す前に私が仕留めなければ」


 再度柄に手を当て、剣を本気で抜こうとしているヴィスカに大慌てで星魔が今一度返す。


 優子に手を出し、封筒を受け取る。




「こ、これはな、魔法のスクロールなんだ、いざという時にこれを使えば、盗賊や人攫いも急いで逃げ出そう、そのために母上は、我々に封筒を渡したのだ、無益な殺生は母上は好まないからな」


 言いながら星魔は封筒に入った福沢諭吉の書かれたスクロールを取って見せた、使い方の説明はあながち間違っていないのだが、お金の使い方は計画的に。




「そ、そうですか・・・」




 どうやら言いくるめられたようで。




「ほらさっきの服に着替えなおしてきたら?」


 優子がナイスフォローを入れた。




「は、はい」


 ヴィスカは先ほど着ていた服を取りに戻る。




 その時服を取りに行ったヴィスカから嘆嗟の声が上がった。


 何事かと見に行く2人の前には、一度の勝利の美酒に酔いしれたのか、ルーン・バスターがヴィスカが着ていた服をこれでもかという勢い・・・はなく、服を吸い込もうとしながら吸い込めず詰まらせていた。




「ああ、私の服が・・・」


 二度も負けたという屈辱と悲しさが彼女の心に襲い掛かった・・・




「ヴィ、ヴィスカちゃんうちに他の服があるから、とりあえず買うまではそれを着ていきましょう」


 優子の提案にこくりとヴィスカが頷き一行はショッピングモールへと向けて旅に出るのであった・・・




 ◇◇◇




「き、きつくない大丈夫?」




「だ、大丈夫です! このぐらい我慢できます!」


 優子からもらった服は端的に言うとぱっつんぱっつんだった。


 ヴィスカの小さすぎる背とは裏腹に自己主張の激しすぎる胸がこのアンバランスさを演出しているのであろうことは間違いなかった。


 上に一枚ジャケットを羽織ってはいるのだが、ボタンを閉めれば逆効果で、ちょっと隠れればいいかなぐらいの、申し訳なさ程度のジャケットになってしまっている。


 そのため、星魔も目のやり場に困り、先ほどから目をそらし宙を仰いでいた。




 ショッピングモールに向かう道の中でその事件は起こった。




「あの子本当に異世界人なの?」




 先ほどから後をついてくるヴィスカは見るもの見るものに心を奪われているようで、注意散漫とはこのことだろう、街路樹に当たりそうになったり、ガードレールにぶつかりそうになったり、バス停や、標識、はたまた電柱にまで、よそ見をしているせいかよく物に当たりそうになる。それを持ち前の身体能力でかわしていた。


 まるでそうプチパルクールでもしているかのように。




 星魔の発言をうのみにはできないと半信半疑だった優子は、彼女の行動を間近で見て、疑う心を疑い始めてしまったのだ。


 普通の人間、14歳という少女の身体がいくら柔軟であったとしても、あの無数の障害物? を目の前に1つも物に当てったいないのはおかしい、一度ぐらいなにかに当たり、青あざやたんこぶができても不思議ではない。




 そんな彼女だが、何事もないように右から左へと流れる景色をだた興味深く見ていた。




 地面にはコンクリート、道路には中央に白線や黄色い線、歩道には黄色い点字ブロック。


 少し顔を上げれば、自動販売機の赤や白や青、その中にちりばめられた色とりどりな無数の円柱。


 彼女には馬に見えるかもしれない自転車の群れ。


 工事中の立て看板やカラーコーン。


 形が不揃いな建物たち、コンビニの空中には(ガラスに書かれた)ロゴ、そのわきに立つ空に掲げられた看板。


 そのどれもが彼女には新鮮で、得体のしれない物体Xなのだ。




 彼女の目にはこの世界の光景がまるで極彩色かのように映っているのかもしれない。




「今更何を言っているのだ優子、先ほどから異世界人と言ってるじゃないか!」


 先程の問いに対し、呆れた声で優子に返した。


「それをはいそうですか、って納得できるけないじゃない、紙に書いた落書きを出されて、魔法陣だって言われてるようなものよ。」


 どうやら茜から昨日の話を聞いていたらしい。


 話し合いながらもショッピングモールに向かう途中にある横断歩道に着き、二人は歩みと止めた。


 進行方向の横断歩道の信号が赤になっていたからだ。




 その時だった、「ブッブーーーーー」車道における百獣の王とでも言えるであろう、巨大な車の、耳をつんざくかのようなクラクション音があたり一帯に鳴り響いた。


 何事かと思い星魔と優子は前方を確認すると、こともあろうか、ヴィスカが横断歩道へ出ていたのだ。


 もはやトラックとヴィスカは一触即発その瞬間思わず星魔は目を逸らしてしまっていた。




 今度はあたり一帯に鈍い衝突音が鳴り響く。




 その時だった。




「王子どうしたのですか?」




 その声は確かに前方、トラックが突っ込んできていた横断歩道から聞こえた声であった。




 星魔が恐る恐る顔を上げるとそこには直立不動のヴィスカの生身があった。




 そしてこともあろうことか、右手でトラックを押さえつけながらすまし顔でこちらに振り向いていた。




「あ・・・え・・・」


 信じられない光景に星魔からは嗚咽にも似た声が出た。




 優子はただただ唖然としているだけだった。




 だが、あまり驚いてもいられなかった、トラックを少女が片手で制している、その光景を傍から見るものはどう思うだろうか? 人通りが少ない場所とはいえ、どこで誰が見ているかはわからない、それに現代社会はパノプティコン状態、監視カメラや、各々のスマホ、情報を発信しようと思えばどこからでも発信できる時代。




「優子まずい、走るぞ。」




 そういうと優子がうなずき車道に向かい走っていく二人、星魔が人攫いのようにヴィスカを持ち上げた。


 突然の出来事により「王子!? どうしたのですか!? 王子!?」星魔はヴィスカに構わず走り続けていた。トラックの運転手席に向かって見えるように会釈をする優子。


 運転席は見えなかったがきっと何が起こったのかもわからなかったであろう。人を弾いたはずなのにお辞儀をされるとは・・・運転手が外に出るとそこには誰にもいなかった・・・




「星魔!」




「なんだ!」




「本当に異世界人だった!」




 走りながらも冷静に物事を判断し驚きの表情な優子に。




「最初から言ってあっただろう、異世界人だと!」




 2人は人の少ない路地裏に入り込んでいったのだった。




「「はぁ、はぁ」」




 同時に息を整える、どうやら人はついてきてはいないらしい。


 担がれていたヴィスカはどうしたものかと、星魔と優子を見比べていた。




「突然走り出してどうしたのですか?」




「ど、どうもこうもない」


 息を整えならどう説明したものかと少し思案しながら。




「こちらの世界では乗るものと乗らざる者がいる。」




「やはりあれは馬車でしたか! この世界には馬小屋らしきものは見受けられなかったので心配したのですが移動手段があって私も一安心です!」


 なにやらご満悦の表情のヴィスカだが、こちらの心労はわかってもらえていないようだ。




「あ、あのねヴィスカちゃんあれは・・・馬は、馬なんだけど鉄の鎧を付けて、多分ヴィスカちゃんの知っている馬より早くなかったかしら?」




「た、確かに、あの馬は襲歩のようでしたね。」




「しゅ、襲歩が何なのかわからいけどあの速度で走っているからね、普通は人間と当たったら人間が負けちゃうのね、それはわかるかな?」


 疑問を投げかけてはみたもののヴィスカのような少女が片手で止められるものをほかの異世界人が止められないということはないのでは、と思ってしまった優子。




 実際ヴィスカもそんなことないのでは? とこちらに疑いの目を向けてきている。




「と、とにかく! 私たちはあれに当たると負けちゃうの! そ、そう! 魔物よ! 魔物! あれはこの世界で言うところの魔物に近い存在なの! でも私たちはあれを飼いならしてあれを移動手段としているの! でも突然前に出たらびっくりして暴れだしちゃうかもしれないから信号っていって、通っていい時と通っちゃダメな時を分けているの分かる?」


 ヴィスカになるべく分かり易いようなものの例えをしたのだが、なぜか星魔に屈した気持ちになる優子。


 星魔もこちらを見て頷いている。




「な、なるほど、こちらの世界では魔物を飼いならすだけではなく、乗り物としても使用しているとは・・・」


 こちらも頷き返していたのだがやはり優子は悔しいような虚しいような気持ちで胸を抑えつけられていた。




 ヴィスカへの説明を終え違う交差点へと赴いた。




「ストップ!」


 手を横に出し、ヴィスカを制す星魔が説明をし始めた。




「いいか? あの青・・・緑と赤の箱が見えるな?」




 歩行者用の信号を指さす星魔。




「あの箱には小人は入っていてな、先ほど言った魔物が通っていい時には赤に、人が通るときは緑に光るのだ、赤の時に渡れば地獄の門を自ら叩きに行くようなものだ。」




「な、なるほど」




 信号が緑になると同時に星魔は言った。




「信号が緑になったからと言ってすぐに飛び出してはいけない、左右をよく確認し、魔物が来ないこと確認するのだ、時折赤でも止まれずに暴走している魔物もいる」


 お手本のように左右確認を行い。


 横断歩道を渡る三人。




 渡り終えたかと思いきや、横断歩道上の信号の手前でヴィスカが止まり。




「ご苦労様です」呟きながら頭を下げるのであった。


 人の形をした信号を本当に小人と勘違いしているようだった。




「ヴィスカちゃんいくよ!」


 横断歩道でもたもたしているヴィスカを呼び、一行は再びショッピングモールへと向けて歩き出したのであった。




 ◇◇◇




 コンビニの大型車駐車場そこには前方を少しへこませた先ほどのトラックが止まっていた。




「対象Bに接触、その後問題なく力を発揮し、特に慌てた様子などはありませんでした。」




 トラックの運転手はインカムのようなものを手で抑えながら事務連絡をしているようだった。




 インカムの向こう側からは。


「任務ご苦労、対象Bは目的地へと向かった、今日はこのまま解散の旨、後日報告をまた頼む。」




「了解」




 会話を終えインカムを外すトラック運転手は。




「さすがにやりすぎだよな」




 そういいながら車を出し、コンビニを後にするのであった。

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