第3話 白鼠と女豹の戦い
突如として現れた少女に一同騒然、呼び出された当の本人も大分困惑しているようだったが。この男だけは現状を把握するのが速かった。
「で、殿下!」という言葉に目を見張る黒臣。
だが、その少女は口をつぐみ今いる自分の場所の異変を認識したようで、あたり一帯を再度なめまわすように確認し始めた。
その時だった。
「ふふふ、ふっふっふ、ふーはっはっは!」
何がそんなに面白いのか、何か変なものでも食べてしまったのではないかと心配になる大仰な笑い声を出し、この状況下で興奮を抑えきれないであろう人物が突然立ち上がり。
「我が魔法陣をみたか愚民ども! 我が力ここに極まれり!」
もはや、両親を愚民呼ばわりするもこの状況下悪態をつきたくなるのもわかる気がする。
今まで馬鹿にされ続け、それでもやめなかったのかもしれない召喚の魔法陣の作成、ときには茜にビリビリに破かれ、時には理恵に紙くずとしてゴミ箱に捨てられ、時には黒臣の書類の中に混ざって、ゴミとして処分されたときもあったかも、なかったかもしれない。
だがそれも今日までの話だ。
やっと今日までの努力? が実を結んだのだ!
それは一瞬の出来事だった、少女が手に持っていた大剣の矛先を星魔に向けたかと思えば、その剣先は喉元の間近に据えられていて、睨みつけていた。
「貴様! 今、ここいるものすべてを侮辱したな! 私だけならず殿下までをも侮辱するとは、いい度胸だ!」
驚きのあまり星魔はまたも腰を抜かした。
そこで声を上げたのは理恵だ。
「ちょっと! この子誰なのよ! 私達約束したわよね! 嘘と浮気は絶対に・・・だめだって・・・」
だんだんとか細くなる声、それと同時に目に涙を浮かばせる。
「嘘と浮気と・・・う・・・」
「う?・・・」
「ウジ虫やろおおおおおおおお」
黒臣が聞き返した途端、声を荒げた理恵は言葉を吐き捨てて、そのままリビングから出て行ってしまった。
「何たる無礼者、殿下に向かってウジ虫などと!」
「誰のせいだと思ってるんだ!」
急に強気に出て女剣士を小突く黒臣。
すると黒臣は彼女にまず、靴を脱ぐように指示し彼女の手首をしっかりと掴み、引きづりながらどこかえへと連れて行こうとする。
「で、殿下ーどこへ連れていくのですかー?」
「理恵のとこ!」とだけ言い引きづり回す。
そのあとに黙ってついていく星魔であった。
二階にある夫婦の寝室に着くなり黒臣は扉をたたいた。
「理恵!理恵!いるんだろ!出てきてくれ!」
必死に呼び出した甲斐あってか、寝室の扉が少し開く。
「私のこと好き?」
隙間から顔を出した理恵が問う。
「ああ!大好きさ!」
「どこが好き?」
「・・・」
無言になる父。女性のこういう質問ほど困るものはない。
「やっぱり嫌いなんだあああああ」
お前は乙女か。少し開いた扉がまた閉まる。
「ふうむ、天岩戸か・・・こうなれば手は一つ」
「おお! 星魔! 何かいい案があるのか!」
「無論。数多の死地、試練を潜り抜けてきたこの私目にお任せください。」
星魔が言うとどうも泥船に乗った気持ちになるのはなぜだろうか。
だが黒臣も今は藁にも縋る思いで星魔の意見を聞いた。
「幾千年の時を経て出会いし母上に、思いを伝えるのです!」
母上に思いを伝えるのです!でもよかった気がするのだが、その場の勢いというのもあるのだろう。
星魔はこれでも真面目に助言をしていた。
「伝えるといってもなぁ・・・」
いざとなると思いを伝える言葉も見つからず、さらに息子、はたまた少女の前で妻に思いを伝えるなど恥ずかしくてできない黒臣だが。
「スター・オブ・ザ・マグニチュード」
「スター・オブ・ザ・マグニチュード?」
「一等星!」
星魔、黒臣、女剣士の順で言うが女剣士の目は輝きで満ちていた。
「リピートアフターミー! そなたは、スター・オブ・ザ・マグネチュードの輝きよりも美しい! ああ! 幾千年の時を経たかいがった! なぜならそなたに出会えたのだから! はい!」
決め顔で言う星魔。
「理恵!一 等星の輝きよりも綺麗だ! 何千年も待ったかいがあった! お前に出会えたのだから!」
こうしてみると日本語としてはなにか不自由なのだが、告白の言葉としてはインパクトだけは強いからよしとしたのだろうか黒臣が口に出した。
すると扉が開き「あなたー!」と理恵が飛び出してきた。
その言葉を聞き女剣士は「あ、あなた!?」耳に入れた言葉を頭の中で再度整理するかのように反復し、時間が止まった・・・すると突然しゃがみこんだかと思えば土下座の体制になって。
「た、大変失礼しました! 夫人とはしら・・・」と言いかけたところで言葉に詰まったのか無言になる。
「あら?」
心配の声を上げる理恵。
「しっ!」
口に人差し指を当て静かにするように合図をする星魔。
すると女剣士のほうから、かすかに「すー、すー」と何やら吐息が聞こえてきた。
「ふむ、これは日本風、スリープ・アンダー・ソイル!」
技名のように言う星魔だが、意味が分からない理恵が黒臣に問う。
「スリープ・アンダー・ソイル?」
「土の下の睡眠・・・土下寝か!」
「ど、土下寝?」
「そう、前テレビで見たことがあるんだがうつぶせで寝た状態になって許しを請う、まぁ要するに日本風土下座だ。これを王族とかにするときには駄々をこねるように転がりまわるらしい。」
ここで先延ばしになっていた問題を思い出し理恵は黒臣に聞いた。
「ところであなたこの子誰なの?」
「知らん!」
ヴィスカをソファまで持っていき、それぞれが就寝という形で幕を閉じた。
いや、ここからが真の幕開けなのだということは・・・
◇◇◇
星魔は自室で目を覚ました。いつもなら7時ごろには起きているはずなのだが、どうやら今日は12時に起きたらしい。
そのまま一階へ降り、キッチンへとパジャマ姿で向かった。
「あれ?」
昨日の夕方、茜が昼は誰もいないから自分で何とかしなさいよねと言っていたはずなのだが、理恵がキッチンに立っていた。
「星せいちゃん、おはよう。顔洗ってきなさい。」
「母さん、今日は何処かへ出かけるんじゃなかったの?」
昨日のハイテンションとは打って変わって、寝起き故かローテンションで会話を進める星魔。
「そんなこと言ったって。」
理恵が黙って視線を向けた先には。
お尻を突き出し、まるで女豹のポーズをしながら白い円盤に見入る一人の少女の姿があった。
「あの子一人にして家を出るわけにもいかないじゃない。星ちゃんもなかなか起きてこなかったし。お昼食べたら出かけるつもりだったから星ちゃんが起きてきてくれて助かったわ。」
理恵との会話で気づいたのか急に立ち上がり星魔の元に歩み寄る少女。
「おはようございます、王子! 昨日は重ね重ねのご無礼をお許しください!」
言うと少女はお辞儀をした。
「お、王子!?」
「はい、話によるところ殿下の令息であると伺いましたので。」
話が明らかにおかしい、昨日女剣士はたしか父である黒臣のことを殿下と言っていった。
陛下とは王の呼び名で、殿下とは王ではない王族や貴族などに向けられて使われる言葉だ。
仮に黒臣が王族か何かだとしても殿下である以上王ではない、その子供である星魔も王子ではないはずだ。
誰から何を伺い何に納得したのかわからないが。
しばらくの沈黙に疑問を覚えたのか。
「違いましたか?・・・」
殿下の・・・いや伝家の宝刀をどこで覚えてきたのやら悩殺力53万はありそうな上目遣いでいいよる、女剣士。
「うむ、我が王子で間違いない。」
可愛い女の子に王子と呼ばれれば誰でも鼻の下を伸ばしてしまうに違いない・・・違いない!
肯定したところで、なにやら先ほどまで星魔とあっていたはずの女剣士の視線が逸れた。
その先にいるものの動きがどうやら気になるらしい。
「どうした?」
「い、いやその・・・」
いや、と言いつつも先ほどから見ていた、白い円盤が気になるようで。白い円盤が動くのにつれて女剣士の目も動く。
気を取られているものに星魔も気づいたようで説明をし始めた。
「あぁ、ルーン・バスターが先ほどから気になっていたのか。」
「ルーン・バスター?」
「ああ、通った後にはチリをも残さぬ最強の魔物! ルーン・バスターだ!」
説明はあながち間違ってはいないのだが、自動掃除機をしならない女剣士は。
「ま、魔物!」というと敵と判断したのだろう、脇に置いてあった剣を取り、背にしていたリビングにある食卓を宙返りして飛び越えルーン・バスターとの距離を取り。
「こい!」
女剣士は、大剣を構えルンバを迎え撃とうとした。
そして、女剣士に向かって走ってくるルンバ。
だが、ルンバは机の脚に当たり。こともあろうことか星魔に襲い掛かった!
「王子!」
「来るな! こいつは俺に任せろ! 長き戦いにここで終止符を打つ!」といい、星魔は先ほど入ってきた扉から出て、それについていくルンバ。
扉の向こうからは激しい戦闘らしきものが繰り広げられているようで。
「くっ!? やるな、ならばこれはどうだっ! せいっ! やぁっ! ぐはっ! う、うわあああああ、後のことは、た、頼んだぞ・・・」
部屋の外では何が起きているのか見に行きたくても来るなと言われた以上見に行けない女剣士は。
「お、おうじいいいいいいいいいい!」
本気にしているようで目を潤ませながら、膝をつき前のめりに倒れ自分の無力さをかみしめる。
そこで空気を読まない理恵が「ご飯よー」と声をかける。
すると何事もなかったかのように部屋の中に入ってくる星魔。
「お、王子! ご無事だったのですね!」
「ああ、負けの味を知りたいぜ」
決め台詞をいい席に座る星魔だった。
席は四席あり、理恵が右奥に座り、その隣に星魔が座った。もはや召王家の定位置なのだろう。
そして迷うことなく女剣士も理恵の前に座ろうとするのだが、椅子に座る瞬間椅子に向かって、お辞儀をした、宗教的な何かかと思ったが、どうやらそこはいつも黒臣が座っている場所らしく、陛下と慕うものの定位置に座るとなれば、お辞儀の一つもするのだろう。
星魔、理恵が普通にお昼を食べ始めたのに対し、女剣士はというと、箸をうまく使えないようでかなり苦戦を強いられていたのだが無理もない。元居た世界には箸などという文化存在しなかったのだろう。
「やっぱりスプーンを使った方がいいんじゃないの?」
朝も一緒に食べ、箸を使いにくそうな場面を目の当たりにしたのだろう理恵が声をかけた。
「い、いえ! 私だけ特別扱いというのはいけません、その家にはその家の作法というものがありますし。」
郷に入っては郷に従え、14歳の少女にしては礼儀がなっている、しぐさ振る舞いから育ちの良さを感じさせる、頑なに特別扱いを拒むのは逆に無礼というものだが、無理強いするのも悪いと思ったのか理恵はそれ以上口を出さなかった。だがやはり使いにくいのだろうか、使いにくさのあまり食べ物が取れ安堵したその瞬間、箸の間からすり抜け、落ちてしまった。
「あ。」
声を漏らす女剣士。
身体能力の良さからなのだろうか、宙へと放り出されたおかずへ再び箸を向ける女剣士、だがたい焼きの如くおかずにまたも逃げられてしまう。
その瞬間、ルーン・バスターの機動力には目を見張るものがあった、落ちる瞬間を狙っていたのかと思わせるようなウサインボルト顔負けの素早い走りで女剣士の落とした食べ物を吸い込んでいった。
「あああああ!」
声を上げ、そのまま走りだしたルーン・バスターの後を追ったのだが、その先には窓ガラスがあり、生体上、ものに当たれば進行方向を変えるのだが、その性質を知る由もない女剣士はそのまま...
「ごんっ!」
鈍い音と共に窓ガラスに壁画状態の女剣士、その隣では勝利の舞だろうか。高速スピンをしているルーン・バスターの姿がそこにあった。
「あらあら大丈夫?」
「あ、はい」
後を追いかけてきて気遣う理恵。
赤くなった鼻頭をさすりながら、女剣士は今自分にぶつかったものが気になるようで目の前にある透明な何かの感触を手触りで確かめていた。
白鼠と女豹の長きにわたる? 戦いは白鼠の勝利で終わった。
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