混線する複数の時間をめぐる物語
- ★★★ Excellent!!!
二人は、幼なじみ。
「僕」と「彼女」(作者はその名前すら読者に明かしてくれないのですが)は、終点に向けて走る「最終電車」のなかで、ほんの束の間、二人きりの時間を共有します――「僕」の予感では、おそらく最後の時間を。
すっかり大人になってしまい、すでにそれぞれの家庭をもつ二人は、ほかに誰もいない車両のなかで手をつないだまま、お互いの気持ちをあつかいかねて、戸惑っている。
「知ってる? タイムマシンって、もう現実にあるんだって/
今乗ってるこの電車、ずっと乗ってたら未来に行けちゃうらしいよ」
無邪気そうな「彼女」のこの言葉は、はからずも二人の向かう「未来」が別々のものでしかありえないこと、いや、もしほかの「未来」を選んでしまったら、もう引き返せなくなることを、「僕」に悟らせます。
幼いころ、過去の二人が夢みたかもしれない別の未来が、不意によみがえってきた深夜の最終電車。そんな複数の「時間」が混線する、日常生活の中断(ブレーク)を引き起こした「タイムマシン」から、「僕」は飛び降り、逃走(ブレーク)しなければならない。
それでも「僕」のなかには、もやのような違和感が残り、「ただいま」と言って帰る日常は、どこか居ごこちの悪さをしばらくはもち続けることになるでしょう。
おそらく数分にも満たない短い情景を描いたこの作品ですが、いくつもの見通しがたい層をもつ時間のひろがりと厚みを感じさせ、作者の並々ならぬ筆力を示すものとなっています。