おとぎ話の始まりのような語りで物語は始まる。
けれど、そこから描写されていくのは、悲しいくらい普遍的な日常の中の、ほんのわずかな輝きのひと時。
背景を多く語らずに、今そこにいる二人の男女の会話が交わされる。けれど、その会話から、描写される情景から、二人の距離感というものが伝わってくる。
身体的なつながりよりももっと深い、心の繋がりを感じる。けれど、どこか虚無的でもある。
読み進めていくうち、その虚無の質感の意味が分かる。だが、そこにはドロドロとしたものがあるわけでなく、二人の間にある感情は、乾いている。
劇中でも語られるが、この二人は、「ちゃんと」大人になっている。過去に思いを巡らせ、その時を懐かしみつつも、日常から飛び出そうとはしない。それが逆に切なさを加速させる。
大人になってしまっているからこそ、タイムマシンというSFに本当の自分の気持ちを潜ませ、語る。戻れるなら、やり直せるなら。そして、そんな過去の先に、望んだ未来があるなら。
けれど、二人はもう大人で、過去に戻るタイムマシンは無くて、電車は必ず目的地の駅に着く。
思い出は生きるための糧になる。それと同時に、傷にもなる。
数駅分のファンタジー。数駅分のおとぎ話。そうして、また二人は日常へと帰っていく。
短編だからこそ、想像も広がる、素敵で切ない時間の切り抜きになっている。おすすめの一作。