竜頭蛇尾-弐

 ◇ ◇ ◇


 次に意識が浮上した時には、徹平は長屋の煎餅布団に横たわっていた。傍らで布巾を絞っていた瀧が徹平の覚醒に気づき、安堵の息を吐く。

「徹平! よかった、気がついたんだ」

「瀧……」

 身を起こそうとして、体のあちこちが痛み顔を顰めた。手当てこそされているが、逆上した鬼頭に痛めつけられた傷はしばらく尾を引きそうだ。

「あれから……どうなった?」

 困った顔の瀧はゴローを見やる。来客用のソファに傲岸不遜にも陣取っていたゴローは一瞥だけをくれると、吐き捨てるように云った。

「知る必要があるか?」

 たったそれだけの言の葉で一つの村の行末を察し、徹平は閉口した。

「元より滅びた方がいい催しだ。村ごとなくなった方がよかったんだろうよ」

 徹平の脳裏に、狂乱の峰子夫人の姿が蘇る。だが、彼女は村の因習に振り回された被害者でもある。彼らの先祖が罪を犯さなければ、夜哭村は今もひっそりと営みを続けていただろう。

 幽鬼となってまで現れた篤は、精神が不安定な母を憂慮していたのだろうか。鬼頭らが乗り込んでくる直前まで会話をしていたはずの篤は、既に風月により殺害され首を斬られていた。すなわち徹平が見た篤とは、未練を果たすために故郷に馳せ参じた亡霊だったのだ。そして篤の危惧は杞憂で終わらず、村は最悪の結末を迎え滅びの末路を辿ることとなった。

「それよりも徹平、貴様はどうもわしの所有物だという自覚が足りんようだな。勝手な行動は控えろ、いいな」

「そうだよ、徹平がいなくなるとゴロー様が困るんだから!」

 事情をどこまで知っているのやら。知ったような口振りで糾弾する瀧を、徹平はじろりと半眼で睨めつける。

「莫迦云うなよ。俺がいなくなったところでコイツが困る訳ないだろ」

「なによー、ゴロー様心配してたんだから。無碍にするなんて失礼じゃない?」

「心配ぃ?」

 徹平の声が裏返った。あの傍若無人な魔王が下僕の心配を? あり得ない。気分を害したのか、ゴローは眉を顰めて瀧を睥睨する。

「徹平ごときを心配だと? わしがするものか。適当なことを抜かすなよ、瀧」

 金の双眸を不快げに細めたゴローに凄まれるも、瀧はどこ吹く風。

「ああ云ってるけど、ゴロー様ってば本当に心配してたんだよ。照れ隠しなのよ、きっと」

「あーはいはい、一旦黙ろうな。変なこと云って、どうなっても知らねーぞ」

「何よー、ゴロー様は酷いことしないもん。ね、ゴロー様?」

 どうにも、瀧はゴローにあらぬ幻想を抱いているようだ。命を救われたのだから致し方ない……のだろうか。

 ゴローは憮然と黙り込む。どうやら、かの魔王も恋する乙女には形無しのようだ。


 × × ×


 時は遡り、燃え盛る拝殿にて。もののけ屋一行が立ち去り、蜘蛛の糸による拘束を解かれた峰子夫人は、覚束ない足取りで変わり果てた息子の元へ歩み寄った。頭部のみとなった我が子を愛しむように抱き抱える。

「ああ、ごめんよ篤。痛かったよねぇ、怖かったよねぇ……もう大丈夫だよ。お母ちゃんが一緒だからねぇ」

 血の海に沈む村人達を呑み込み、拝殿を焼き尽くす業火は隣接する本殿にもその手を伸ばした。執拗に炎に舐られた木製の本殿は、既に御神体を守る本来の機能を失っていた。厳重に秘されたその姿が露わになる。

 村で祀る御神体――五体を無数に継ぎ接がれた人間の木乃伊ミイラ。それはかつての罪人達の成れの果て。けれど、新たな贄が加わることはなかった。五体満足な村人達も継ぎ接ぎ木乃伊も等しく、罪を焼く炎に呑まれていく。

 夜空へと立ち昇る黒煙は、かつて御所の空を覆った黒雲のようであった。憐れな咎人達を弔う虎鶫の鳴き声が辺りに響き渡っていた。

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異能物怪録 佐倉みづき @skr_mzk

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