其の伍 鬼無 太伽羅は猫に名前を付ける
少女と手代が乗った馬車は、
探し出した
「見張りらしい者の姿は無いが、あの冥府の使いみたいな犬が
「策は、ある」言いながら片手に手拭いを巻き付け、
跳躍する犬の口の中に躊躇なく手を突っ込み、残る片手で持つ匕首が鈍く光ったと思った次の瞬間には、血塗れた剣先から黒い血を滴らせ、痙攣する犬を見下ろす静かな後姿があった。
その時、外の異変に気づいたのか、真っ暗な屋敷に一部屋だけ石油ランプの灯りが点り、奥に消えるのが見えた。
「胡散臭え屋敷だなぁ。明かりが一つってぇのは、使用人も居なそうだ」
「屋敷には、あの男と二人ってことかな?」
「かもしれねぇ。じゃなけりゃ、もうあの子は居ないのか。アンタは、あの灯りの点いた部屋を探しな。俺は他を見て回ろう」
「……お前は一体、何者なんだい」
「ハッ。死に損ないの老ぼれだな」
「ふうん? 死にたがりの、じゃなくて良かったよ。私と来たからには、お前も一緒に帰るんだからね」
「で……あんたは、なんで居る?」
例の部屋で見つけた少女は、裸姿でベッドの上に仰向けに横たわったまま
「大切にしている猫が迷子になれば、探すのは当たり前だよ」
「……猫か……あんた馬鹿なんだな」
「どうも、そうらしい。下男にもよく言われるんだ」
暗い部屋に浮かび上がる白く幼さを残した裸体にも、痣があるのが見て取れる。
何か少女の身体を隠す物をと、探して見渡した時、ベッド傍にあったレースのショールに気づいた
「……あの男か?」
「何を怒る? 所詮おれは商品なんだ。それに、おれが真に恐ろしいモノは、あの男じゃない」
少女の言葉に、口を開きかけた
「それは、お気に入りでね。貴方が古道具屋だからといっても売るわけには、いかないんですよ。尤も、使えなくなってからでも良いなら構いませんがね」
振り返り見れば、ピストルを片手に持つ遠野その本人だった。
「しかし、困った。店主が死んでは売り買いも出来ない」
躊躇いもなく、引き鉄に掛かる指が動く。
乾いた銃声が聞こえた。
撃たれた筈の
ふわりとショールが揺れる。
「あんたに、おれと同じ呪いをやるよ」
少女は、そう言って笑うと唇の血を指先で拭うと遠野の目につけた。
「ホラ、
「あ、あ、嗚呼、あ、あ、あああ……」
呻き声を上げ目を掻きむしる遠野に、何が視えているのかは、少女以外誰も知らないのだった――。
「……そうだ。また、迷子になられても困るから、君に名前を付けよう」
朱に染まる夜明けの空の下を三人で歩きながら『鬼灯』へ帰る途中、
「呼ばれたら、ちゃんと帰って来るんだよ」
《了》
『鬼灯』モノ語り 石濱ウミ @ashika21
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