其の肆 鬼無 太伽羅は頭を抱える
「これと、それ。ああ、
洋装姿の男性は、颯爽とステッキを地面に一つ打ち鳴らすと、揉み手で頭を下げる手代を一瞥しながら
「屋敷の場所は、彼が知っていますから運ばせて下さい。一度、話題の『鬼灯』をこの目で見てみたくなりましてね。
店の暗がりに立つ書生のところで、微かに視線が揺れたような気もしたが、単にあのような所に人が立っているとは思わず、驚いたのだろう。
そのまま「では、後ほど」と店を出て馬車に乗るその後ろ姿を、手代と二人で外まで見送ると中に戻りながら
「仁七、あの方は原田男爵様からのご紹介だとか言ったね? 随分と羽振りが良さそうだが誰だい?」
「ええ、遠野さまと云いまして何でも紡績会社を切り盛りなさっているとか」
「ふうん?」
遠野という客が、蓋付きのゴブレットや馬を描いた磁器などを幾つか見繕っただけでなく、カメオなどの装飾品、絹糸のショールなどを即座に裁定したことが
「金を使いたいだけの顧客、か」
ふと漏らした
「金を使いたい……? ですか?」
「いや、何。少し気になってね。こういった舶来品が好きな人は、もっとじっくり一つひとつを愛でるものだからね。それをあの人は……いや、何でもない」
「これらを届けるにしても、お前一人じゃ無理だな。どれ、私も手伝おう。一緒に屋敷に連れて行っておくれ」
「いけませんよ。誰が店番をするんですか。書生さんに手伝って貰います。ホラ、暇そうにしてるじゃありませんか」
「店番なら、彼だって出来るだろう」
「無理ですよ。
少女に丁稚の格好をさせなかったのは、手代に使われ店の外を出歩くことがないようにとの
「このところ、物騒だからね。幼い子供の
「何を仰るかと思えば、あの人だってもう幼い子供なんかじゃないですし、あたしも一緒なんですから
そう言い返されてしまえば、更に言い募るのは、手代を信用していないと暗に仄めかしているようで、おかしなことのように思えた。また、断ってくれないかと少女の方を見れば、やけに大人しいその様子に
この先も店に置くなら、手代と疎遠なままでは良くない。
「だったら、馬車で行ったら良い」
おいで、と少女を手招きすると、近寄ってきたその手を取った。
「頼めるかい? 断っても良いんだが」
その様子を、じっと手代が見ている。
「……かな」
「え?」
何を言ったのか、
やけに冷たい指先だったと
「おれの運も、ここまでかな」
はっきりと聞こえなかった少女の呟いた言葉が、今になって不思議と耳元に蘇った。
店に来たあの男が、見に来たのは品物でも
そうだ。
何を見てもあまり興味を示さなかったあの男が、ぐるりと店を見回したあの男の視線が、少女を捉えたあの一瞬だけ、揺らぐのを目にしたではないか。
つまり探していたのは、あの少女だ。
とすれば、仁七も疑わしい。
粥の礼にと、淫らに誘いを掛け
仁七だって同様に、腰を抜かすほど驚いたのは、眼鏡を外した少女の目の色に気付いたからだ。
当初、顔を合わせた時には気付かなかったことも、後になってから気付くこともある。
あの背中の烙印。
組織立った何かが、ある。
ひょっとしたら
仁七もまた、先代から引き継いだ使用人である。住まいも知らなければ、
座敷で頭を抱える
「
「……何で知ってる?」
「アンタらは俺ら下男なんて、そこいらの石ころと同じ。見えてねぇからな。こっちからは、よおっく見えてんだけどなぁ。戸のがたつきも、汚ねぇ塵屑も自然に無くなると思ってる節すりゃある。ただ……アンタは間抜けで、馬鹿で、気に入らねぇけど」
……嫌いじゃねえよ。
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