第4話 睡眠障害

 これが僕の人生の多くを蝕んでいる。これがあるから僕はまともな人間でいられない。


 第一の障害。

 特発性過眠症。昼間に寝落ちる。意識が強制的にシャットダウンされる。寝ようと思って寝ているのではない。退屈だから、サボっているから寝ているのではない。

 気づけば時間がスキップする。十時。パソコンで仕事をしていたと思ったら一瞬で一時間飛んで十一時。作業は何も進んでいない。僕はため息をつく。ああ、またか。眠っているのである。


 僕が寝ていることに気づく人もいる。飯田は不真面目だ。勤務態度が良くない。どの職場に行ってもまず最初に注意されるのは「寝ていること」だ。そして事情を説明する。だが想像してみてほしい。あなたの部下が、同僚が、上司が、「寝ちゃう病気なんです」なんて言って来てみろ。信じられるか? 眠る病気なんてあると思えるか? 


 多くの人は思えない。眠る病気があるなんて想像もつかない。不眠症は知っているが過眠症を知っている人間は一握りもいない。だから僕は必死に説明する。やる気がなくて寝ているわけじゃないんです。そういう病気なんです。自分でも対策は講じていますが、たまにどうしようもない時があるんです。


 この病気のすごいところは立っていても寝る。ミーティング。会議室が狭くて、全員が座れず、何人かが立つ羽目になる。起立して話を聞いている最中、膝から崩れ落ちる。寝落ちたのである。


 この病気のおかげで昇進の話をなかったことにされたこともある。異動になったり、給料を減らされたり、上司に怒られたこともある。多くの場合、居眠りは説教の対象だ。ガミガミと何時間も、怒られたことがある。


 最初は何を言っているのか分からなかった。寝ているつもりなどない。確かに時間の感覚がおかしいことはあったが、真面目にやっているつもりだった。しかし上司に呼び出され、説教を食らう。「真面目にやる気があるのか!」。何を言っているのか分からない。そして「仕事中に寝るな」と言われ、合点が行く。時間のスキップ。眠っていたんだ。


 場所を選ばない。自転車の運転中に眠って電柱に激突したこともある。歩きながら寝たことは今のところないが、車の運転なんてとてもじゃないができない。怖すぎる。一応免許は持っているのだが、使うことはないだろう。


 とにかくこれが苦しい。この七年に及ぶ自分なりの研究で、朝の八時から十一時頃にかけて寝落ちることが多いことが判明したが、例外もあり何とも対策が打ちにくい。


 駅のホームで寝落ちて駅員を呼ばれたこともある。本当にどこで寝落ちるか分からないのだ。無職になって家にいる時間が増え、いつ寝落ちても問題ない環境にはなったが、ずっとこのままというわけにもいかない。これから働かなければならない。この症状のことをどう伝えるか迷う。障害者雇用でさえ、この病気を扱った例の方が少ないのだ。面接で「特発性過眠症」と言うと「は?」という顔をされる。この病気のせいで明らかに僕は社会生活を阻害されている。


 第二の障害。

 入眠障害。

 眠れない、と思われるのかもしれない。実際精神病をやってから眠れないことは増えた。だが僕のこの入眠障害はちょっと違う。寝言や、夢遊行為。そういったことに出る。

 どうも眠りへの落ち方が正常じゃないらしい。夢と現の間を彷徨うのだ。現実が夢に侵食、夢が現実に侵食することで奇妙なことを言ったり奇妙な行動をとったりする。妻ちゃんはよく物笑いの種にしているが、これが例えば先述の過眠症と重なるともう最悪である。仕事中に眠り込んで寝言でも言ってみろ。驚かれるというか、どういう目で見られるかくらい分かるだろう。悲しいことにこのケースは実際にあった。当然社内で問題になり、僕のこれからについてのミーティングが開かれた。あれは精神的に辛かった。このことで毎日嫌味を言ってくるようになった同僚もいる。


 入眠障害にはもう一つ難点がある。

 何と言えばいいのだろう。例えが悪くて申し訳ないのだが、「闇に飲まれる」感覚がある。自分の背中にブラックホールみたいなものがあって、魂がそこに吸い込まれていくような。

 これがとにかく怖い。発狂したくなるというか、叫んでいる。叫びながら目を覚ましたこともある。よくドラマなんかである「がばっと飛び起きる」なんていうあれがリアルで起こる。汗はだらだら。口は渇ききっている。心臓はバクバク。

 入眠時幻覚と呼ばれる現象のようだ。これがとにかく怖い。怖すぎる。これが怖くて眠れない日があったくらいだ。今のところないが先述の過眠症とこれが重なろうものならもう最悪である。考えたくもない。


 そして睡眠障害にはもう一つ懸念がある。

 夢遊病の症状の一種に、眠りながら性的行為をしてしまうというものがある。実際報告例はそれなりにあって、一緒に眠っている夫にレイプされそうになったと思ったら、本人は寝ていた、なんてこともあるらしい。

 で、これが僕の身に起きたら。

 もう最悪だ。例えば、だ。

 電車の中で立ったまま寝落ちる。これがあり得ることは先程話した通り。この時夢遊病の症状が出たとする。これもあり得る話はさっきしたね。で、近くに女性がいたとする。性的行為をしたとする。

 はい、これでおしまい。人生の終了。裁判があったとしよう。弁護士くんが頑張って、僕の病気を立証できたとしよう。でも「立ったまま眠った」挙句に「夢遊病で」、「性的な行為をする」なんてこと、普通の人間には想像がつくわけがない。どう考えても不利なのは僕だ。でも僕からすればこれは大いにあり得ることで、人生において抱える最大の爆弾である。


 僕は何度か死のうとしているが、内二回はこの病気を苦に死を選ぼうとした。当たり前だ。こんなデバフがかかった状態で人生というゲームをクリアしろと言われたら「待って待って。リセットするから」と言いたくもなる。


 僕は今も、この眠りの恐怖と戦っている。

 強く生きたい、とは思うが。


 こればかりは本当に、無理かもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勝手にディスオーダー 飯田太朗 @taroIda

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ