カクヨムWeb小説短編賞2021必勝講座

春海水亭

今日から君も出来る!

 ガスマスクの呼吸音が、やけに耳に障った。

 何故、短編講座の壇上にガスマスクを装着した小太りの男がいるのか、その会場に集められた誰もがその理由を知らない


「はじめまして……春海水亭と……申します……」

 やけに大きな呼吸が言葉を途切れさせる。

 その視線は聴衆に向けられているのか、あるいは何も見ていないのか、ガスマスク越しに彼の目を見ることは出来ない。


「今日は……リクエストがあり……SNSでバズる……短編のレクチャーを……行わせていただくことに……しました……カクヨムWeb小説短編賞2021での……受賞が出来るかどうかは……わかりませんが……ランキング上位に行くための……参考に……なるかもしれません……」

「カクヨムWeb小説短編賞2021のランキングで一位を取ったことが無い人が講義を行うんですか?」

 生徒の一人が会場内によく通る声で発言を行った。

 眼鏡の奥に知性の光を湛えた怜悧そうな青年である。


「ほぼ確実に……一位を取る方法を話すと……多分……カクヨム運営がガチギレするので……春海水亭らへんの……調子がいいときに……総合三位あたりを彷徨っている……短編書き手が……ちょうど良いのですよ……」

 ほぼ確実に一位を取る方法があるのならば、そちらを聞いたほうが良いのではないか、会場内の誰もがそう思ったが、ガスマスク越しの濁った声でも、春海水亭のカクヨム運営に対する怯えは伝わった。

 ここでの講義は聞くだけ聞いておいて、確実に一位を取る方法はこっそりと探す――おそらく、それが正しいように思える。


「……では講義を開始します」


【1.集まった人間を一網打尽にしてスマホを奪おう】


 その瞬間、会場を白い煙が覆った。

 なにか異変を察して、会場から逃げ出そうとする生徒たち。

 しかし、扉は厳重に施錠されており、締め切られた窓から煙を逃すことも出来ない。


「なっ……これは……」

「眠ぃ……」

「ま、まさか……罠……」

 果たしてその煙にいかなる成分が含まれているというのか、吸い込んだそばから意識を失って倒れ込んでいく生徒たち。

 まさか、ガスマスクがキャラ付けではなく実用品であったとは――だが、気づいた時にはもう遅い。これが春海水亭、カクヨムWeb小説短編賞2021ランキングにおける必勝の方法である。


「ゲリョリョ~~~~!!!気づくのが遅すぎたなァ!!」

 全員が倒れ込んだのを確認すると、春海水亭はAIアシスタントに命じて換気を行わせた。

 ガスマスクを脱ぎ去ると、そこには人とは思えぬ怪物的な容貌。

 勘のいい読者の皆様ならば既にお気づきであろう、そう春海水亭の正体はカクヨムが生んだ悲しきモンスターなのだ。


「ゲリョゲリョ、短編は長編に比べて非常に読まれづらい……その代わりに、めちゃくちゃな設定を詰め込んでも一作書くだけのネタがあればネタ切れを気にする必要はないし、ぶん投げ処理がしやすいしという長所がある~~~~!!!故にパワーワードをぶち込むだけぶち込んで拡散だけに特化した短編を書くことがカクヨムWeb小説短編賞2021のランキング上位に行くための必勝法~~~~!!!などと思ったかァ~!?」

 春海水亭は生徒の一人一人を丁寧に踏みにじっては、彼らのスマホを奪っていく。

 起動するアプリは当然、ツイッターとカクヨムだ。


「ゲリョリョ~~~~!!!宣伝ツイートに、1~2行ほどの自作のフェイバリット台詞や地の文を置いて、自作の魅力を端的に伝える!?キャッチコピーに自作の特徴を一行でまとめたようなわかりやすい文章をつけてアピールする!?題名を切れ味の鋭い5ちゃんねるの名作スレタイみたいにして、お、読みたいな!と思わせる!?そんなまどろっこしいコトをするよりも、人のスマホを奪って自作の宣伝ツイートをRTさせ、カクヨムで最高評価をつけさせれば良いだけのコトよ~~~!!!!」

 カクヨムWeb小説短編賞2021の総合ランキングを見たことがある方ならば、一度は疑問に思ったことだろう。何故、こんなクソみたいなトンチキタイトルがランクインしているのだ。大喜利ならヨソでやれ、と。

 その理由は今明らかとなった。

 カクヨムが生んだ悲しきモンスターであるところの春海水亭は、相手のスマホを奪うことで無理やり自作に高評価をつけさせていたのである。

 だが、この行為にルール上の不備はないのだ。

 

 ここでカクヨムWeb小説短編賞2021の注意事項を振り返っていただきたい。


『過度な性描写・残虐描写を含む作品、第三者の著作権その他の権利・利益を侵害する又は侵害する可能性が高い作品(パロディ、模倣を含みます)、特定の個人・団体を誹謗・中傷する作品、公序良俗に反する内容の作品、カクヨム利用規約に違反している作品、本応募要項に違反している作品、その他選考委員が相応しくないと判断した作品は選考対象外となります』


 他者を催眠ガスで眠らせてスマホを奪って評価をつけてはいけない――いや、犯罪行為を行ってはいけないなどとは一言も書かれてはいないのである。


「ゲリョリョ~~~~!!!カクヨムよ~~~~!!!利用者の良心を信じる優しさが仇となったな~~~~!!!そういう優しさを忘れない素敵な小説投稿サイトでいてください、僕はカクヨムが本当に大好きなんです。あとKADOKAWAも大好きです。あとこの作品はフィクションです」


 狡猾、なんたる邪智の持ち主か。

 ここでカクヨムに媚びておくことで、特定の団体――というかカクヨムを誹謗・中傷する作品として選考対象外になることを防いだ。

 さらにフィクションを主張することで、公序良俗に反する作品の内容として扱われることも防ごうというのである。

 皆も気をつけような。


「ゲリョリョ~~~~!!!さて、星を集めるとするかな~~~~!!!」

「ま、待て……」

 その時、スマホを奪われたばかりの一人の青年がよろよろと立ち上がった。

 足は震え、その視線は上下にさまよう。

 

「ゲリョゲリョ、我が催眠ガスを吸って立ち上がるとは……褒美に貴様のスマホで最高評価をつけるだけでなく、俺様の作品へのレビューを書いてやることにしよう!」

「お前……まだ気づいていないのか?」

「気づくゥ……?俺様がフォローしている作品の最新話の投稿にはとっくに気づいているぜェ~~!?」

「お前のやったことは確実に注意事項に違反してるってことにだよ!」

「な、なにィ!?」


 春海水亭は注意事項を見返す。

 パロディという点ではかなり怪しい作品が一つある。

 誹謗・中傷という点では、正直カクヨムに対してよりもNETFLIXに対して、そう取られる可能性もある。

 だが、確実とは言えない。


「ゲリョリョ~~~~!!!小狡い知恵を働かせて俺様から逃げようとしたようだが、そうはいかんわ~~~~!!!!俺様の作品をレビューさせるだけでは終わらせん!オレオって書いただけの作品を投稿してやるぜェ~~~~!!!」

「カクヨム利用規約に違反してんだよ!」

「ゲリョリョ……?」

 春海水亭はカクヨム利用規約をチェックする。


『本サービスに対するクラッキングを試みる等、本サービスに対する不正な働きかけをする行為』

 これは問題はない、不正ではなく正当な手段で評価をつけさせている。

 スマホを入手した手段に問題はあるが、些細な問題である。


『複数のアカウントを取得する行為』

 これも問題はない、既に存在するアカウントを奪っているだけである。


『犯罪行為、および犯罪を助長する一切の行為』

 春海水亭がスマホをスワイプする指が止まる。

 意外に思われるかもしれないが、相手に催眠ガスを使用しスマホを奪う行為は心当たりがありすぎて具体的にどれとは言えないが、立派な犯罪行為なのである。


「ゲ、ゲリョ~~~~~!!!!」

 春海水亭の身体にヒビが入っていき、叩きつけられた陶器のように粉々になって砕けた。憐れなる怪物の最期である。


 青年は目を伏せ、静かに首を振った。


「短編は長編に比べ、1評価や1フォローでランキングが大きく動くことがある……そのためにあの憐れな怪物はこのような凶行に走ってしまった……長編ともなれば、何千何万人もの人をしばき倒さなければならないが、短編なら割とそこそこの人数しばけばいけるっぽいからね……」

 震える手で青年は春海水亭の残骸から自身のスマホを取り返し、警察に通報する。

 すぐに元の日常に戻ることが出来るだろう。


「彼もカクヨムWeb小説短編賞2021のページを読み流すのではなく、しっかりと読んでいればこのような悲劇は起きなかっただろう……そして僕たちもそうするべきなんだ……」

 青年の震える指先がカクヨムWeb小説短編賞2021を叩く。


 作品形式はしっかりとチェックしよう。

 本文は一万字以内になっているだろうか。短編だからといって、二万字や三万字――いや、一万一字の作品だってダメだ。ちゃんと文字数を確認しよう。

 ちゃんと完結にチェックは入れているだろうか、応募受付期間中に完結にチェックをしていなければ、どれほどの名作でも選考対象外となってしまう。

 応募作品は、未発表かつオリジナルのものだろうか。未発表の定義についてはページの方で詳しく書いてあるので是非確認して欲しい。


 ルールを守って正しく、そして楽しくカクヨムWeb小説短編賞2021に応募しよう。

 それが何よりの――カクヨムWeb小説短編賞2021必勝法なのだから。

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カクヨムWeb小説短編賞2021必勝講座 春海水亭 @teasugar3g

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