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違うよ。うん、大丈夫。安心して。パパはね、悲しいから泣いているんじゃないよ。坊やにはまだわからないかもしれないけれど、嬉しいときにも涙っていうのは出るものだからね。
やっぱり坊やにはまだわからないかもしれないけれど、簡単に言うとノーベル文学賞っていうものがあってね、それをパパにあげるっていう連絡が来て、それが嬉しくて、つい泣いてしまったんだ。やっと、この日が来たんだな、って。二年しか待ってないのにね。
いや、違うよ。『もぐらさん、ちきゅうのまんなかにいく』でも、『おほしさまとなかよくなりたいひとでさん』でもないよ。それはパパが坊やのために描いた世界で一冊しかない絵本で、ノーベル文学賞をパパにあげる人たちは読んだことがないからね。
うーん、読むのはもっと大きくなってからのほうが良いかな。
パパのその本には絵がついてないし、まだ坊やには難しい言葉や、わからないような気持ちもたくさん出てくるからね。でも、いつか読んでくれたらパパも喜ぶと思うよ。
ははは。人生で最良の日なんて言い回し、一体誰から教わったんだい。でも違うな。パパは出版が決まった日も芥川賞を貰った日も直木賞を貰った日も江戸川乱歩賞を貰った日も星雲賞を貰った日もネット小説大賞を貰った日も今日みたいに嬉しかったけどね。でも一番は坊やが生まれた日……いや、それも違うか。坊やが元気に暮らしてくれている今日がパパにとっては一番幸せで……ははは、じゃ、やっぱり今日がパパの人生で最良の日ってことになっちゃうな。パパが最初に憧れたものは誰一人として文句の付けられない世界最高の小説家だったはずなのにね。気づいたら願わなかった日々が一番の幸福になっている……ああ、ごめんね、ちょっと難しいことを言ったね。
坊やもパパみたいな小説家さんになりたいかい?
なりたいならなれるよ。坊やにはパパと同じで神様が味方をしているからね。神様に正しくお願いが出来るなら、どんな願いでも叶えることが出来るよ。
えっ、お兄ちゃんが欲しい?
ごめんね、それはちょっと出来ないんだ……弟か妹だったら、まあ……パパとママが頑張ってみたらなんとかなるかもしれないけど……じゃ、そのかわりちょっと早いけど、坊やには神様にお願いする方法を教えてあげよう。
まずは自分の中の憧れ……ああ、ごめん。坊や。夢をしっかりと見定めるんだ。パパにとってそれは小説家だった。坊やは……小説家もいいけど、仮面ライダーとウルトラマンでも悩んでるのかい?時間はいくらでもあるからたくさん悩んで大人になるんだよ。もしかしたら、それ以外のものになりたいと思うかもしれないし、あるいはハッキリと今あこがれた三つの中の何かになりたいと願うかもしれない。大丈夫。急ぐことはないんだ。
自分の中にある憧れがしっかりとした形になったら……ほら、ついておいで……家の裏に深い井戸があるだろう?そこに自分の血を継いだ長男……いや、一番最初に孕んだ子を落とすんだ。パパがやったみたいにね。双子で、どちらが長男かわからない……って時は両方落とすと良い。坊やのおじいちゃまはそうしたよ。あの時の双子は打ちどころが悪くてふたりとも死んでしまったけれど、あのあとちゃんと三男……パパが生まれたから、坊やもここにいるんだよ。
不思議だね、坊や。
パパの家庭は夢をかなるために築いたものなのに、気づけばパパは自分の夢よりも家族で過ごす日々が一番の幸せになっている……案外人生なんてものはそんなものなのかもしれないね。
そのくせ、夢のために殺した長男のことを……パパは思い出すこともないんだ。もしかしたら最初から家族じゃなかったから、気にする必要もなかったのかもしれないね。
そういうことだからね坊や。
パパみたいに願いを叶えたければ、そうすると良い。
さっき言った通り、お兄ちゃんが欲しいっていうのだけは無理だけどね。
どんなに憧れても無理なものってはあるからね。
【終わり】
【近況ノートに投稿する羽目になった理由】
・日曜日に体調を崩したせいで〆切に間に合わなかった
・この話を思いついたのが昨日の夜だった
・おら、遅刻したがこれがワシの「あこがれ」や!と大手を振って出せるほど、そんなあこがれが上手く使えてないというか、お兄ちゃんを欲しいという願いだけは叶えられないというアイディアが先行しすぎているのが恥ずかしくなって、勿体ないから近況ノートには上げるけど、みたいな状態になった。
・結局、〆切に間に合わなったから全てが恥ずかしくなったのです