終章

終章

 後日、くだんの妻の芸能界復帰作は、『大海の中心で探偵が愛を叫ぶ』という、キャッチーだけど曲解されそうなタイトルで公開された。

 そして、妻が強引に、実名での出演をさせたので、我妻強という名前が世間に知られるようになった。


 内容は、ある意味古典的なクローズド・サークルだが、元・トップアイドルが、原作、主演、ついでにテーマ曲まで担当する、全体未聞の作品で話題を呼び、加えて、俳優ではなく、実際の関係者が出演するという今までにない企画と、予想を裏切るほどの迫真の演技で、一時いっとき話題をさらった。


 そのおかげで、我妻興信所はひっきりなしに電話がかかってくる。相談の問い合わせは5倍増しくらいか。加えて、メディアからの取材もある。芸能界絡みの依頼もある。電話回線を増やし、津曲と耀とで対応させても、とても処理しきれないので、アルバイトを急募しているところだ。

 恩恵を受けるかのように姫総デザインも、新規のお客さんが激増したらしい。残念ながら、影の功労者とも言える藤村は、これといった恩恵がないので不憫ふびんに思ったが、どうやら、これを機に、藤村夫婦も千葉市の某所で探偵事務所を独立して立ち上げたらしい。その後、藤村の事務所と協定を結び、藤村の得意とするような相談を回したり、合同で調査したりしている。

 以前では考えられないくらい、仲良くなってしまった。いまでは、完成した新居に、藤村夫婦揃って、定期的に飲みに来る始末だ。


 妻と出会っていろんな出来事があった。妻はあらゆることに無敵だから、いろいろなトラブルにも巻き込まれる。私も正直、翻弄されることのほうが多い。

 それでも、充実した仕事ができ、充実した家庭を築き、充実した毎日を送れる。それは、紛れもなく妻のおかげであった。


 断言できる。私、我妻強は、妻、我妻優を愛している、と。


 傍から、尻に敷かれているように見えようが、掌で踊らされるように見えようが、関係ない。私と妻は、このパワーバランスが心地良いのだから。

 『妻が無敵である』ことは、押し並べて考えてみると、と結論づける。


『強! 悪いけど、今日、収録長引きそうなんや。調査、ガリツマちゃんに変わってもろて、子どもたち迎えに行ってくれるか?』

 妻の電話はいつも急で容赦ないけど、それが私、我妻強のあるべき姿であり、り所なのだ。


(了)

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探偵の妻が強すぎる ─探偵 我妻強の随想録─ 銀鏡 怜尚 @Deep-scarlet

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