これは、小作農の次男坊として生まれた主人公が剣の才能で騎士として成り上がる物語───ではない。出自にも才能にも恵まれなかった主人公、クルス・リンザールが持つものはただひとつ、執念のみである。
努力チートも彼には微笑まない。彼が努力をする時、才能も環境もあるライバルたちもまた努力をしているのだ。
何年も背中を追う日々が続く。ランキングを覗けばそこらじゅうに転がっているチート主人公がもつ才能、その一欠片たりとも彼には与えられていない。現代のファンタジーを継ぐ小説としては異端と言えるだろう。
だが、クルス・リンザールは諦めない。
努力を惜しまない天才たちに無駄を削ぎ落とし執念のみで食らいつく彼は、最後にある"ひとつ"を削ぐことで完成し、天上の天才たちの横を、前を駆けるに至る。
クルス・リンザールがその剣から最後に削ぎ落としたものとは何か。最新話に至るまでの怒涛の伏線回収と熱量のある数々の描写が、読み終えた我々の心に火を灯すことは間違いない。
レビューを書いておきながら言うのも変だが、他のレビューを読まずにとりあえず本作品を読んで欲しい、その方が面白い。
この作品は王道である。騎士を目指す極貧の辺境出身の少年の物語である。剣と少しの魔法と学園の物語だ。今ではありふれた題材であるし、ここカクヨムでも多く投稿されている。
しかし、その内容はテンプレートとなってしまったなろう系とは全く違う。才能も血統も知識すらない。前へ進むには己の足のみ、努力せねば舞台にすら上がれぬ、そんな泥臭い作品である。今ではストレスフリーが持て囃されるようになったが、この作品にはそんなもの存在しない。なぜなら数多く登場する登場人物全員が夢を叶えようと本気だからだ。才能ある者たちでさえ熱を持っている。皆が皆努力を惜しまない。だからこそ勝った負けたにリアリティがあるし、才能がないものにとっては尚更修羅の道を歩むことになる。簡単に勝たせてくれるほど甘くない世界観なのである。
この物語に出てくる登場人物は皆非常に魅力的だ。学園生もライバル達も、そして敵でさえも。作中の登場人物の数はすごく多いのに皆魅力的であり、それぞれ何らかのストーリーがあるのだとわかる。そして、なぜか皆覚えてしまう。誰だっけとなることが登場人物の数の割に非常に少ない。それだけ作者が上手く描けているのだと思う。
カクヨムでこのレベルの熱を持った作品がでて、今なお連載中であることは非常に貴重である。また、作者の富士田けやき氏は定期的に作品を更新し、最後まで作品を完結させてくれる実績もある作者である。
本作品は中高生など、若い子達には特に読んで欲しい。最近のカクヨムにも、他にも、少なくなってしまった心を揺さぶるものが大なり小なりあると約束する。もはや大人になってしまった私ですら頑張ろうという気持ちにさせるものがあるのだから。とりあえず読んでみることをお勧めする。
ただデメリットとして、2日おきの深夜更新まで待機する廃人状態になってしまう可能性があることは記しておく。面白すぎると言うのも注意である。どうかいいように影響されて欲しい。
この作品を読んでいると、自分の心の中をのぞかれている気分になる。
主人公クルスを取り巻く環境や階級社会を経験していないはずなのに、
何故か1話読み進める度に胸が締め付けられ、同時に心の奥底から熱く燃え上がっていくのである。劣等感や才能というのは、何に挑戦するにしても日々私達を蝕んでいくし、普通はそれを理由に自分の心を守るのがある意味大人の生き方としては正しいのかもしれない。それでもこの物語の主人公は大人と子供の狭間を目をつぶって超えずに立ち向かうのだ。
その姿勢・覚悟に気付いてしまうともうこの読書から目が離せないし、寝る際は枕の代わりにこの本によだれを垂らしてしまう。(スマホだが)
この物語を読み終えた際には、自身の見えない未来という暗闇を想像し、今持つ人生観を変化させてくれるのではないかと既に確信している。
レビューというより、もはや私はクルスという一人の人間の生き方にのぼせられているので、正常な感想を書くことが出来ないのは許してほしい。
何がために騎士は立つ
これは危険だ。読み始めたら今までの自分ではいられなくなる。
クルスさえ在れば何もいらないのだ。