9.11 トロワ包囲戦(6)手のひら返し

 7月4日から9日までの包囲戦を経て、翌10日、ついにトロワ入城を果たした。


 包囲戦といっても、お互いに当てる気のない砲撃はパフォーマンスも同然だ。

 戦功や損害はなかったが、砲兵隊を指揮したジャンヌとアランソン公を称えて、トロワ凱旋の最前列を譲った。


 華やかな騎馬隊を真ん中に据え、左右を歩兵でかためて隊列を組み、厳かに通りを練り歩く。


「町の雰囲気をこの目で直接確かめたいから、ゆっくり進もう」


 視察と同時に、この凱旋は戦闘のための行軍ではなく、戴冠式を祝福し平和のための行軍だと知らしめる目的もある。幸い、トロワまでの道のりで一度も戦っていなかったので、軍隊に血の匂いはついていない。


「デュノワはこの町をどう思う?」

「そうですねぇ……。ぱっと見では、荒れた家や行き倒れた病人はいませんね」

「うん、治安は悪くなさそうだ」

「イングランドが圧政を敷いていたなら、俺たちは解放軍としてもっと歓迎されたかもしれませんが……」

「平和はいいことだよ」


 町全体から、凱旋を見守っている民衆に向けて視線を移す。


「一般市民はかなりいい服を着ている。さすが毛織物工房の町だね」


 観衆は、期待と不安の入り混じった顔色で私たちを見上げている。

 形式的に歓迎されているが、私たちは試されているのだ。


 凱旋のさなかも、一部の住民は「シャルル七世は信用できない、開門すれば襲撃と略奪が始まる」と信じて疑わず、教会に立てこもっていると聞いた。


 トロワ市民にとって、開門して私を出迎えることは「賭け」みたいなもので、滞在中に問題を起こさないことが肝要だ。何かあれば、市民感情は再び引っくり返るだろう。


 私は入城する前に「民家に押し入ったり、市民に乱暴・略奪を働くことを絶対に禁じる」と厳命した。騎馬隊を真ん中に、左右を歩兵でかためたのも、万が一にも馬が暴れ出して市民を傷つけるような事故を防ぐための配置だ。


 市民感情の「期待」と「不安」が半々だとしたら、旅立つまでに期待が上回るようにしたい。





 滞在先の司教館で、高齢の司教は恐縮しながら「市民の過ちではありません」と繰り返し弁解した。


「陛下のご意志に叶うように、すぐにお迎え申し上げることができなかったのは、イングランドの守備兵が門を厳重に閉ざし、市民が近づけなかったせいでございます」


「事情は聞いている。司教とトロワ市民の好意と勇気を讃えよう」


 私は司教の心労をねぎらい、取り巻きの聖職者や町の幹部たちにもよく聞こえるように、あらためて今回の遠征とトロワを訪問した理由、王権と町の自治権について説明した。


「遺憾な出来事もあったが、私は過去のあらゆる行為を許す。歴代フランス王の慣例に従い、平和と自由をもたらすことを約束する」


 高らかに宣言すると、トロワ側の参列者は明らかにほっとしたように見えた。

 そこへ、司教がおずおずと切り出す。


「恐れながら申し上げます……。先代シャルル六世陛下がトロワ市民に与えてくださった権利や役職を引き続き認めていただけますか?」

「もちろん約束しよう」

「それから、これは誠に言いづらいのですが……」


 トロワの司教は、父王シャルル六世が健在だったころに叙任された。

 高齢の司教を矢面やおもてに立たせて、何でもかんでも押し付けている市民に少々呆れながら「私にできることがあれば何でも言ってほしい」と話を促した。


「陛下と疎遠だった八年間に、イングランドから権利や役職を与えられた者にも同じように取り計らっていただけますか?」


 高齢の司教は、言葉こそ謙虚だったが、おちくぼんだ眼窩の奥にある瞳は眼光が鋭い。彼は市民に難題を押し付けられているのではない。司教こそが、この町の老練な支配者なのだ。


(そう来たか)


 一般的に、権力が入れ替わるときは、前の権威は否定される。

 国家の宗教が変われば旧教は迫害され、古い神はおとしめられる。

 ブルゴーニュ派とアルマニャック派が争っていた時は、権威が入れ替わるたびに役職を剥奪されたり、ひどいときには問答無用で処刑された。


 司教の申し出は、幼君ヘンリー六世や摂政ベッドフォード公の名のもとに決められた事柄を、私に追認させることを意味する。さすが商人の町、図々しいにも程がある。


「わかった。トロワ市民の意向を認めよう」


 本音はともかく!

 私はこの問題について、慣例に従わずに快諾した。





 この交渉の結果を受けて、ただちにトロワ市民による評議会がひらかれ、すがすがしいほどの手のひら返しを見せつけた。


「シャルル七世陛下は先代の嫡流男子で、もともと正当の王ではないか!」

「トロワ市民は先祖代々、フランス王国に帰属してますよね?」


 数日前の評議会から打って変わって、シャルル七世を支持することを決議。

 駐屯兵を即時撤退させることが決まった。


 さらに、ランス市民に宛てて再び手紙を送った。


————————————

私たちトロワ市民は、シャルル七世陛下を君主として戴くことを決めました。

ランス市民の皆さんも、私たちと同じようにすれば生命や財産をこれまでと同じように保障してもらえます。


うまくやりましょう。

そうしなければ、私たちは何もかも失ってしまいますから。


私たちは降伏したことに不服も後悔もありません。

むしろ、八年もの長い間、なぜぐずぐずしていたのかと遺憾に思います。


シャルル七世陛下に実際に謁見してみてごらんなさい。

王家出身の誰よりも慎み深くて物分かりが良く、勇敢な方だとわかりますよ。

————————————


 一週間と経たずに、この豹変ぶり! 呆れるを通り越して笑うしかない。







(※)よくある物語だと、トロワ市民はジャンヌ・ダルクの奇跡(白い蝶の大群がジャンヌを覆った…など諸説あり)を見て態度を改めたことになってますが、シャルル七世の地道な交渉とトロワのしたたかな生存戦略を書きたくて、ずいぶん長引いてしまいました。


あと、トロワのがよくわかるお手紙も出したかった!

少し意訳してますが内容は同じです。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

7番目のシャルル、聖女と亡霊の声 しんの(C.Clarté) @shinno3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ