5 揺れるペンダント

 紫月たち三人は、近場のショッピングモールで買い物をすることにした。大きな建物の中に、食品売り場と服飾などの専門店が集まったそこは、銀杏通りほどの華やかさはなくても十分に買い物は楽しめる。


「ねえ紫月。おばさん、なんか怒ってなかった?」

「ああ、あれね……。私たちにとっては、今回の騒動の元凶でもあるんだけど、」

「なにそれ?」


 平日でもそこそこの人で賑わうモールの通りを、ニットワンピースにダウンジャケット姿の紫月と昨日と同じパーカー姿の鷹也が喋りながら歩いている。美玲はその後ろについて、こぼれてくる二人の会話を聞いていた。

 どうやら、鬼斬たちに襲われる前に、深芳の家出騒動があったらしい。あの「落山の方」の狼狽ぶりは、普段の姿からは想像できず、興味深いばかりだ。しかし、それ以上に二人が親しげに話す様子が気になって、美玲は一人口を尖らせた。


 自分が気にしすぎなのだろうか。


 思えば、碧霧も帰り際に鷹也と親しげに言葉を交わしていた。昨夜の緊張感が嘘のように二人は打ち解けていて、ベーコンの焼け具合なんてどうでもいい話で笑い合っていた。

 ああいうどうでもいい話を紫月以外とすること自体が碧霧には珍しい。なぜなら、阿の国では彼はいつでも伯子であり、周囲の者は「伯子」という彼の立場と繋がっている場合がほとんどだからだ。


 碧霧が心を許したのなら、そんなに警戒する必要はないかもしれない。

 鷹也自身も二人が恋人同士であることは認識済みだ。その証拠に、今も紫月がしているアメジストのペンダントを鷹也が持ち上げ茶化している。

 けれど──。


「ちょっと。私、この店に入りたいんだけど?」


 美玲が強めの口調で呼びかけると、二人がはたと振り返った。

 周囲には、談笑しながら歩く紫月と鷹也の姿はどんな風に映っているだろう。

 少なくとも「姉と弟」や「兄と妹」には見えないはずで、百歩譲っても「仲の良い友人同士」だ。


(さしずめ私はお邪魔な女友達ってところかしら)


 美玲はふいっと二人から顔をそむけて、さっさとカジュアルブランドの洋服店に入った。店内には若者向けの洋服が飾られ、帽子やアクセサリーなどの小物もある。何か気になる物があったかと言えば、そうではない。

 単に紫月たちの足を止めたかっただけだ。


「私も何か買おうかな? 昨日、捨てて来ちゃったしなあ」


 後から入ってきた紫月が店内を見回しながら言った。そして、気になる服を見つけたらしく、さっと奥へと入っていく。

 何もない美玲は、ひとまず店頭に並んだシャツを手に取った。


「美玲は、やっぱりシャツなの?」

「別に。動きやすければそれでいい」


 そっけなく言って品定めをするふりをする。本当に人の国での服装はどうでも良かった。

 すると、鷹也がすぐ側に陳列してあるアクセサリーに目を向けた。


「これ、似合いそうじゃない? でも、紫月は葵のアメジストしかつけないよね」


 言って彼は、小ぶりのペンダントを一つ手に取った。涙型の黒のオニキスのトップが付いたそれは、金具の部分に小さなアメジストの石があしらわれていた。

 そのペンダントがなんだって?

 美玲は思わず顔をしかめた。


「……何を、考えているの?」

「何って、何が?」


 戸惑いながら美玲が問えば、鷹也もまた戸惑った顔を返した。

 やっぱり、危うい。

 本気で贈るつもりがないとしても、無意識に紫月のことを考えて選んでいる。つまりはそういうことだろう。


「何度も言うけれど、碧霧さまと紫月は恋人同士よ。どちらかと言うと、婚約者に近い」

「うん。お似合いだなって思う」

「だったら──」


 諦めて、と言うのは止めた。自覚がない人間に言う意味がない。

 ため息一つ、美玲は質問を変えることにした。


「あなたこそ恋人はいないの?」

「ん? 今はいない」

「以前はいたんだ」

「でもまあ、続かないんだよね。術者の間じゃ俺の一族は嫌われているし、一般人は素性を隠し続けないといけないでしょ。ほら、何気に俺たちって人に拒否られているから。鬼斬と知って引かれなかったの、先生や御前衆の人くらいだよ。あとは、紫月とおばさんとおじさん。で、葵や美玲」

「そこに私たち鬼を入れる?」


 あっけらかんとした口調で答える鷹也に美玲は呆れ返る。しかし美玲は、鷹也の距離感のおかしさはここに原因があるのかと分かった気がした。

 人であって人でない。その不安定な立ち位置が、彼の存在そのものを不安にさせている。彼の極端な人懐こさは、彼の不安の裏返しだ。これ以上、誰も離れていかないように──。


(まるで迷子になった子犬ね)


 そして鷹也は、紫月や碧霧に出会った。皮肉にも、相容れない存在であるあやかしが、無条件で自分を受け入れてくれた。

 だとしたら、惹かれる気持ちは分からないでもない。紫月にしても碧霧にしても、周囲を惹き付ける不思議な何かがある。でも──、だからこそ駄目だ。


「……ちょっと見せて、そのペンダント」


 美玲は鷹也からオニキスのペンダントを奪い取る。黒光りするそれは、鷹也の瞳と同じ色で、金具に付いているアメジストは月夜の鬼の瞳の色だ。


「そうね、甘すぎないところがいいわね」


 素直に感想を述べると、鷹也がぱっと目を輝かせた。


「だったら俺、美玲にプレゼントする」

「何を言っているの」


 紫月に贈ることができないから、私に贈る? そんな疑似体験、お互いに虚しいだけだ。


「自分で買うわ。男から貢いでもらうなんて、私の主義に反するもの」


 言って美玲は、適当なシャツを一枚選んでレジに向かう。鷹也がつまらなさそうに口を尖らせた。


「すすめたの俺だし、遠慮しなくてもいいよ」

「あなたに借りを作りたくないの」


 プレゼントなんて、冗談ではない。恋人の真似事をするつもりもない。

 こんな「迷い子」のような面倒な男の世話を、誰が好き好んでするものか。

 だけれども、危うすぎて放っておけない。


「勘違いしないで。たまたま私も気に入ったから買うだけよ」


 鷹也が紫月のために選んだオニキスのペンダントが、美玲の手の中でゆらりと揺れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

月影を統べる王と天地を歌う姫【人の国ケモノ狩り編】 すなさと @eri-sunasato

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画