目眩を覚えた

 アルマはレーシーの力を使って、瀕死のルーサーの夢を探っていた。

 ニコヌクレイクでの偽ユニコーンの捕縛騒動により、夢から妖精郷を探るという手段を構想していたが、よりによってルーサーを瀕死に追い込んだ末に、ぶっつけ本番で探ることになるとは思わなかった。

 レーシーの影を追いながら、レーシーと妖精郷の本体のレーシーの間を探るという方法。あまりにもアクロバット過ぎて、そもそも妖精郷に一度行ったことのあるアルマ以外はやろうと思ったことすらなかった。

 その中で、アルマは不快な妖精の影を捕らえた。


「ああ……やっぱり。ルーサーの夢に取り憑いていたのね」


 アルマの眉間の皺が深まる。

 全ての始まりだし、諸悪の根源。アルマにとって、全てを奪い去った宿敵は、なおのことルーサーの夢に自身の影を滑り込ませて、呪っていたのだ。


「妖精は、本当に身勝手なんだから」


 妖精は人の話を聞かない。

 妖精は欲しいと思ったものをなんでも欲する。

 妖精の欲には際限がない。

 妖精は、人の気持ちを考えない。

 

 それは妖精と何度も何度も対峙したことのあるアルマの結論であり、魔法使いたちは何度も妖精の巧みな人を惑わす人の演技で悲惨な目に遭い、時として魔法に耐性のない人々が妖精のせいで命すら落とすことに立ち会っている。

 アルマは命名した。


【いい加減にしなさい、○○。ルーサーの夢から、出て行きなさい】


 手をぎゅっと握り込む。ガラスの破片を割るように。バラの花を握りつぶすように。

 怒りを込めて握り込んだ手を、ルーサーの頭上に掲げた。


【ルーサーは大切な人。お前が弄んでいい存在じゃない】


 恋というには激し過ぎる。

 愛と呼ぶには視野が狭過ぎる。

 激情としか呼べない感情が、アルマのルーサーに向けた想いであった。


****


「……う……ん……」


 ルーサーが目を覚ますと、じゃりじゃりとした鉄の肌触りを覚え、目を細めた。冷たいし硬いし、なにより痛い。

 そう思って体を動かそうとしたとき、「ルーサー!」と声をかけられた。

 そのアルマの弾んだ声が、異様に懐かしく思えた。


「アルマ? 僕、いったいどれだけ眠って……」

「ルーサー! 無事でよかった……」


 アルマは涙に濡れた瞳で、ルーサーの上半身を起こすと抱き着いたのだ。体が異様に硬く痛いので、ルーサーはビクンと肩を震わせる。


「……あなた、三日三晩昏睡状態だったから……ベラドンナの毒の量を間違えたんじゃないかと……念のため教授にも見てもらったけれど、毒の量は間違ってなかったから……あなた、夢を見て、なにかしら誘惑されなかった?」

「誘惑……」


 ルーサーは思い返そうとしたものの、夢らしき夢を見た覚えがこれっぽっちもなかった。それをルーサーは伝える。


「本当に、なんの夢を見たか覚えてないんだ。もしかしたら見たのかもしれないけど」

「そう……多分それは、あなたの夢に残っていた妖精の残滓を私が名付けをしたことで殺したから、妖精郷との縁が切れたんだと思うわ」

「そこまで大事になったんだ……ただ、僕は思うよ」

「なあに、アルマ?」


 かつてアルマとルーサーの上に起こった、妖精によって全てを上書きされ、ひとりの女の子が妖精に置き換わってしまった悲劇。

 それと同じようなことをアルマがルーサーに行った場合、ルーサーではおそらく把握することができない。アルマにとって、自分の居場所を根こそぎ奪い取った妖精を許すはずもないのだから、かつてのラナとのことを根こそぎルーサーの中から消し去りたいと思って当然なのだから。

 ただ、ルーサーは彼女の普段は冷静な中に秘めた激情が、たまらなく心地がいい。


「僕はアルマが好きだよ?」

「……え?」


 途端にアルマは年相応の反応をする。それにルーサーはくしゃりと笑った。


「多分僕は、妖精や魔法使いに何度もひどい目に遭うだろうけれど、それだけは変わらないと思うんだ。もしかしたら君を傷付けてしまうかもしれないけれど、それでも」

「そんなこと……そんなこと、ないわ」


 アルマはルーサーに抱き着き、そして頬に軽く自分の唇を押しつける。それは日頃紅茶を飲みつつ氷砂糖を舐めている甘い匂いがした。

 ルーサーはだんだんと頬が熱を持つのを覚えつつ、アルマを見た。彼女もまた、同じ顔をしていた。


「……あなたが立派な魔法使いになるのを見届けてあげる。あなたがまた妖精にひどい目に遭わされたら、私がそれを殺してあげる……だから」

「うん。一緒にいよう」


 そう言って、ルーサーはアルマの手を握った。日頃懸命に羽根ペンで論文を書き連ねる細い手だ。

 アルマもまた、それを軽く握った。


 小さな事件。厄介な事件。理不尽で不条理な事件。

 オズワルドではその手の事件は全て「よくあること」で済まされてしまう。助けを求めない限り、誰も関与しようとしないのだから、魔法使いの世界だって不条理極まりない。

 ただ、その中でも手を取って歩いて行ける。

 それを人は「希望」と呼ぶのだろう。


 第二部<了>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

訳あり令嬢の妖精学レポート 石田空 @soraisida

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画