第10話 排他的行動と抗生物質 Exclusive behavior and antibiotics

 かく、厨房付きの居間へ戻れば顕微鏡を家主がのぞき込み、円形の硝子容器シャーレに入った土? を観察していた。


 手元には西欧よりも百年以上、文明が進んでいる異国カダスで執筆された医学書。邪魔をしないため、こっそりと足を運ぶも、勘付かれて琥珀色の瞳を向けられた。


「それは庭の土ですか、Dr.ドクターディー」

「あぁ、薬材になる “放線菌” を採取しようと思ってな……」


 頷いた彼はとあるグラム陽性菌が土壌に存在した場合、他の微生物が少ないと発見した異国カダス碩学せきがくに言及する。


 その御仁は研究対象の細菌が何らかのを出して、他種をと考え、菌類等の繁殖を抑える新たな抗生物質に辿り着いたらしい。


(うぅ、ちっとも分からない)


 何やら土いじりに没頭し始めた彼を放置してキッチンに向かい、蒸気圧による気化熱冷却型の冷蔵庫を開いた。


 晩御飯の要望を確認するまでもなく、食材はたらと鶏肉、野菜やパンしかない。


 まぁ、問題ないかとフライパンに油を引いて温め、塩胡椒を擦り込んだたらの切身に小麦粉もまぶして投入、鶏のスープも作ったのだけど… 食卓は顕微鏡に占拠されていた。


「あの、ご飯の用意ができました」

「そうか、ご苦労だったな、リズ」


「「…………」」


 互いに無言で待つこと数秒、中断する素振りもない相手に苛立ちを覚えてしまう。


 短い時間で色々とあり、遠慮が無くなっているのも背を押して、少々強い言葉が口を突いて出た。


「夕食の時間です、自重してください、自重しろ」

「料理が冷めてしまうか… むを得ない」


 ようやく、渋々と道具を片付けた彼と食事を済ませれば、手持ち無沙汰になって… 何となくソファーに転がっていたタブロイド紙を手に持ち、 “昏睡状態のブラウン氏、死去” と銘打たれた記事に目を通していく。


 それによると先月から数名ほど連続して眠り続ける人が出ており、食事もままならないため衰弱死に至るそうだ。


 どの犠牲者もに悩まされていたという文末を見て、名状しがたい寒気が走った。

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