☘ 蒸気機関都市の没落令嬢 ~ 2000㍀で人狼医師に身請けされる ~

shiba

第1話 蒸気機関都市のリズベル Lisbel in the steam engine city

 倫敦ロンドンから74㎞ほど進んだ英国の東南端、テムズ川河口に位置する島を中心とした完全環境型の独立都市ノア。


 蒸気機関の煙が揺蕩たゆたう大都会、生産と消費が自己完結している理想郷と誰もがいうけど… 現実は世知辛い。



「なんで料理の注文orderミスってんだッ、この忙しい時に!」

「うぅ、すみません、少し注意が欠けて……」


「あぁッ? 俺の仕事を増やして言い訳すんな!!」

「ご、御免ごめんなさい」


 怒っている相手に何を言っても無駄、ちぢこまって謝るだけ。それが、私の処世術?… だって、怖いもの。


 例え、お休みを貰えずに無給の残業を毎日させられて、寄宿舎に帰ったら深夜だとしても、抗議するのは賢くないと “飼い主” の怒鳴り声で学習させられた。


 まるところ… 何らかの理由で親族に見放され、所有者オーナーの下で労働する事を義務付けられた二等市民に反論の余地は無い。


(合法的な契約を介してはいるけど、まるで奴隷・・……)


 そう思っているのは十五歳の新人女給リズベルだけでなく、さかり場に務める他の同輩達もだろう。


 空瓶のケースを裏口から外へ出して一息、脱力していると路地の奥に小さくて丸い、がいた。


「メエェ~~」

「実害は無さそうだけど……」


 他人には見えておらず、誰かに喋ってしまえば薄気味悪がられる怪異のたぐいを見てしまい、咄嗟とっさに目をらす。


 なつかれたら付きまとわれるし、彼らの善意が良いものであるとは限らない。以前、可愛らしい姿の子蜥蜴ことかげと散歩していると、火を吐いてボヤを起こした事もあった。


「… もう、子供の妄想で済まされないよね」


 必死に燃やしてないと大人達に訴えても “噓つき呼ばわり” され、酷く怒られた幼い頃のトラウマは消えてくれない。


 少しだけ精霊の類が見えると夢物語風にささやいた母と、常識人な父が仲違いし始めた切っ掛けでもあり、喉に刺さった小骨のように残っている。


「リズ! いつまで油売ってんの!!」

「あ、はい、すぐ戻ります」


 店内から聞こえた先輩女給の呼び声に応えて休憩を切り上げる。


 後片付けを考えれば肉体労働より解放されるのは深夜の二時過ぎくらいかな? と、考えつつも笑顔の仮面を被り直した。

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