第4話 猫の噂は千里を駆ける Rumors of cats run through thousand miles

 すねに傷のある無法者や、アイルランド系の過激派も暗躍しているという雑多な都市のさかり場で、煽情的な格好をできるなら腕が立つのだろう。


 そう結論付けてから、注文を取ろうと歩み寄よれば、何故か青藍せいらん色をしたスーツ姿の彼に凝視されてしまった。


 一瞬だけ、細められていた琥珀色の瞳が隠せない驚きをって見開かれる。


「ね、言った通りでしょう。綺麗な真偽眼、しかも白の賢者ホーエンハイムと同じ」

「確かに、な… よく見つけたな」


「ふふっ、猫の噂は一日で千里を駆けるのさ、にゃあ」

「あ、あの… 何か、え゛!?」


 ちろりと舌を出して微笑んだ娘の黒髪から、ぴょこりとケモ耳が生えて怪異のたぐいだと気付いてしまう。


 深く関わりたくないので平静を保つように努めていたら、もう一人の彼が連れ合いをとがめ出した。


「都市部は “常識の迷彩効果” が強固とは言え、軽率だぞ」

「ここ場末の酒場だよ、知覚できる奴とかいないって」


 “都市の原型ができた半世紀前なら別だけどね” と、聞きたくもない会話は受け流し、風変わりな客達に事務的な態度で接する。


「ご注文を頂いても?」


「あぁ、珈琲とフィッシュ&チップスを頼む」

「あたしもそれでお願い、子猫キティちゃん」


 これ見よがしに変化させた肉球付きの掌を向け、にんまりと笑いながら手を掲げてきた黒猫を無視して、何事もなかったように厨房へ引き返す。


 以後、特筆すべき接点もなく… 怪しげな二人組は軽食と16ポンドの支払いを済ませて大衆酒場から立ち去った。


(何だったんだろう…っ、ダメ、letらぬ神にsleeping祟りなしdogs lie!)


 日々の労働だけで大変なのに怪異がらみの話とか、首を突っ込んでいる余裕はない。そう意識を切り替える事で残りの仕事も乗り切って、昨日より少しだけ早い時間に帰宅する。


 ただ、またを見てしまい、うなされている間に陽光が部屋へ差し込んで… 市街地に棲息する、小鳥のさえずりまで聞こえてきた。


 目覚まし時計に急かされて、寝床から出た私は人差し指で瞼を擦り、沈んだ気持ちのまま新たな朝を迎える。

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