第12話 最速で家に帰るだけのお仕事 Work of only go home the fastest

 思わぬ精神的な被害を受けつつも似非えせ紳士から離れて、直近の記憶を思い出す。


 さっきまで寝台にいたはずが… 周囲は蒸気機関の排煙でくすんだ緑の園、後追いしてきた彼の言う通り、夢遊病の可能性が否定できずに肩が震えた。


 程度の差はあっても悪夢を見ながら睡眠時遊行していたなら、疲労が取れなかった事の説明も付く。


「ディー、私……」

「想像力の無駄づかいだな、それは違う」


 困ったものだと眉をしかめ、彼は此方こちらの肩越しに何もない空間へ手を伸ばす。


 ぞぶりと水面みなもへ腕を突っ込んだような音がして、引き戻された掌中には以前に出遭った小さくて丸い、がいた。


「ッ!?」

「メェエ~~ッ!!」


「上手く隠形していたが、夢魔ナイトゴーントだ。憑りつかれても気付かないとは… 淑女レディにあるまじき失態だ」


 どこの世界に怪異をはらうご令嬢がいるのか、という抗議など無視して似非えせ紳士は足掻あがく黒羊を放り投げる。


 芝生に落ちたそれは不協和音を鳴らして、体積を何倍にも膨らませ、巻き角を持った羊面ようめんの怪物に転じた。


「リズの魔力を喰ったか」


 また突拍子もない発言をする彼を見れば、骨格が組み変わる音を響かせて、破れた衣服の代わりに影をまとい、英国紳士風の格好をした狼犬の獣人になっていく。


 多少は予期していた事でも実際にそばで起こると怖いものがあった。琥珀色の瞳を輝かせた野獣は、たかが人間など歯牙にもかけないだろう。


 それは凄まじい速度で吶喊とっかんしてきた怪物が相手でも変わらず、ぞんざいに振り抜かれた剛拳が羊面ようめんを砕き、あかい飛沫を散らせた。


「メ…ェエ…ッ……」

「うぅ……」


 最後、短く鳴いてたおれた黒羊と一緒に私も腰が抜ける。


 溜息した彼は手巾ハンカチで血をぬぐい、毛で覆われた肉球付きの手を躊躇ためらいがちに差し伸べてきた。


(拒絶はしないけど、 どう掴めばいいの?)


 無駄に大きい掌の端を握って起き上がった途端、膝裏に腕を廻されて持ち上げられる。所謂いわゆる、合衆国のダイムノベルに出てくるお姫様抱っこだ。


「な… 何するんですか!」


 頬が熱くなって暴れるも、抱き締めてきた身体が強張っている気もして、徐々に抵抗を緩めた。


「すまないな、人に戻ると影の服は消えるんだ。このまま最速で家に帰るぞ」


「はあっ、他の選択肢はないんですね?」

「そうだな、この時間に独りで歩かせるなど論外だ」


 お前は家族だからなと、自然な振る舞いで口にした彼に少しだけ心を動かされる。


 幻想種なら私を残して先に死なないだろうとか、幾つかの理由を見繕みつくろい、自身も歩み寄ることを決めた。


 いつか本当に家族のような関係を築けるよう、努力はしてみようと――

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☘ 蒸気機関都市の没落令嬢 ~ 2000㍀で人狼医師に身請けされる ~ shiba @shiba764

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