幼馴染プラスアルファ
「じゃあ今日は、結婚して子供ができた時のことを考えてみよう」
付き合いが長いが故に、互いを思う感情の正体がわからなくなるという疾患――通称、『幼馴染シンドローム』。
「親子三人、
「一人寝相が最悪の奴がいるな」
「もう飛鳥ったら……ちゃんとハネなきゃ減点だよ?」
「やっぱり二画目俺かよ」
小町はこの大病に打ち勝たんとし、日夜俺を巻き込んでは荒療治に励んでいる。
「ねえ飛鳥。子供ができたら名前はどうする?」
「両親から一文字ずつ取って
「響きは蝶々みたいで悪くないけど字面が最悪」
「
「お寿司かな?」
「
「なんで苗字から取った? なんで苗字みたいにした?」
時には、二人が結ばれた未来を想定した対話療法を行った。
「デートって言ってもよ、俺たちゃ何度も二人で出かけてるだろ」
「デートを舐めるな! ここは既に生きるか死ぬかの戦場だ!」
「デート・オア・アライブってか」
「わかったら返事をして手を握らんか馬鹿者!」
「へいへい」
「返事はイエスかサーだ! わかったか!」
「さあ?」
時には、二人でデートを敢行する実地訓練を行った。
「相手の好きなところを褒めあうってのはどう?」
「じゃあ俺からな。まず、二足歩行なところかな」
「飛鳥は足フェチと」
「解釈が強引すぎる」
「次は私の番ね。そうだなあ、肺呼吸なところかな」
「空気となって俺に取り込まれ、一つになりたいと」
「それは何フェチになるの?」
「二人が一つになるって、フェチ通り越してエッチだよな」
「飛鳥って時々発想が
時には、互いの感情をさらけ出すといった心理的アプローチも行った。
「さあ、今日は何をしよう!」
そんなことを繰り返しているうちに、あっという間に月日は流れていった。
「私たちが結婚したらどうなるか考えようか」
「この前やっただろ」
「じゃあデートするか!」
「それもやった」
「もう! 色んなことやりすぎだよ!」
「まさに
期間にして数か月ほどだが、これまでの十七年間に匹敵するほど密度の濃い期間だったと思う。
俺の隣に小町がいて、小町の隣に俺がいる。
馬鹿馬鹿しいやりとりを、馬鹿馬鹿しく繰り返す。
その当たり前について、考えさせられる期間であった。
「今日は俺から提案がある」
そして、考えの行き着く先はいつも同じだった。
「珍しい、
「将来はこの国を背負って立つ男だからな俺ァ」
「それは
「俺が帰ったら、この黄色いハンカチを」
「
それを小町に告げようとしてみるものの、いざとなると腰が引けてしまい、いつもの調子に戻ってしまう。
「……なんだよう。言いたいことがあるなら、言いなよ」
小町も小町で、俺からいつもとは違う何かを感じ取ったのかもしれない。彼女の瞳には、期待の輝きと不安の濁りが混在しているように思われた。きっと俺も、同じ瞳をしているのだろう。
俺たちが患う
処方薬なぞ、最初からあるわけがなかったのだ。
この病が不治のものであるならば、俺たちはどうすればよいのか。
「俺たち、付き合わないか」
実に簡単なことだ。
不治の病とは、これからも付き合っていく他ない。
「は、はあ?」
「俺たちがこの関係を改めることなんて、はなから無理だったんだ。幼馴染シンドロームだとか、愛だとか恋だとか考えずに、付き合えばいい」
眼下には、見飽きた幼馴染の顔がある。幼馴染は、これまでに見たことのない表情を浮かべていた。嬉しいとも違う、悲しいとも違う、様々な感情が入り乱れた表情だ。
「で、でもさ。飛鳥、私のこと、好きなの?」
「最初から言ってるだろ。小町のことは好きだよ。お前もそうだろ?」
「それは……そうだけど。それは幼馴染としてなのか、異性としてなのか、わからないからこうして色々試してきた訳で」
小町が感情と思考に落ち着きを取り戻す前に、畳み込まなければならない。この機を逃せば、俺たちはこれから永遠にどっちつかずの関係を保ったままになるだろう。
「じゃ、じゃあ、飛鳥は私のこと、異性として好きだって気が付いたんだ……?」
そんなことを考えていた矢先、追い風が吹く。小町は頬を赤らめながら俯き、何やらもじもじと体を震わせた。ちらりと覗かせた顔には、にやけた笑みが貼りついている。
小町も満更ではないのかもしれない。
これはチャンスだ。いけ、飛島飛鳥。勝負を決めろ。
「いや全然」
「はあ?」
何というか、あれだ。言葉を間違えたかもしれない。
赤みがかった小町の顔に青筋が立つのを、確かに見た。
「小町は俺と付き合うの、嫌か……?」
「いや遅いから。なんか頑張ってイケメンボイス出そうとしてるけど、遅いから」
「子供は何人欲しい?」
「いや早いから。まだ話終わってないから」
俺の焦りとは裏腹に、小町は急激に冷静さを取り戻していく。これだけの付き合いだからこそ、よくわかる。小町は今、静かな怒りに燃えているということが。
「……正直に言う。小町を異性として好きかは、全くわからん。けど、お前以外にそういうことを考えられないのも事実なんだよ。小町を誰かに取られたくないってのが本音かもしれねえ。だから、幼馴染っていう関係から、幼馴染兼恋人って関係になりたいんだよ」
観念するように、あるいは許しを請うように、もしくは懺悔するように、俺は心情を吐露していく。
今の言葉に、嘘偽りは微塵もない。
俺はこれからも小町と共にありたい。小町が隣にいない人生は、考えられない。
だから、これまでの関係を昇華するでも消化するでもなく、幼馴染という関係に恋人というプラスアルファが欲しいのだ。
「告白としては、10点かな」
「厳しいなあ」
「二進数で」
「2点かよ」
勇気を振り絞った告白にとんでもない査定がつけられ、俺は大きく項垂れる。
異性として見れるかわからない、それでもお前を取られたくない――思い返してみれば何てひどい告白なのだろう。小町が呆れるのも当然だ。
「ま、そのくらい恰好つかないほうが、飛鳥らしいんじゃない?」
「うるせいやい」
「ほら顔上げなって」
すでに小町の声色に怒気は含まれていない。それでも俺は、小町に背を向けようとする。泣きべそをかく寸前で、顔を背けたい気持ちでいっぱいだったからだ。
「今、顔見られたくないんだよ――」
だが小町がそれを許さない。
俺の背中をぐいと引っ張り、つぶらな瞳で俺を覗き込んでくる。
「うっさい」
そして小町は、俺の弱気な言葉を無理やり遮った。
自らの唇でもって。
「……は?」
あまりに突然の、あまりに衝撃的なことに、俺はしばし呆けてしまう。
小町が俺に、キスをしたのだ。俺たちは今、キスをしたのだ。
その事実を理解するのに、数十秒要してしまった。
「で? 私のキスの感想は?」
俺を挑発するように、小町はにやりと笑う。その嫌らしい笑みは、俺が何度も見てきた小町のそれだ。
何故かそれが、今はたまらなく愛おしい。
「……レモンの味がした」
それでも幼馴染であることに、変わりはない。
幼馴染シンドロームの処方薬 稀山 美波 @mareyama0730
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