真昼の声、瞬く夜

真砂 郭

聖夜の夜

罵声を絞り出して叫ぶよ


夜中と明日の境目に

空っぽの夜空は煤けたように

底が知れない


黒いタールを吐き出すように

よこしま

ずるくて

卑しい魂を


洗いざらい吐き出したい

丘の上の公園の夜空に近い

てっぺんで

吐いてはいて

吐き尽くしたら


辛くなくなる

楽になれると

悪魔は闇夜にささやいて

アタシの心をそそのかす


そうしたら

そうしたら

人気のないはずの公園に

湧いて出てくる邪悪な気配

止めどない悪意の奔流


アタシの口から湧いて出る

アタシの口から這い出てくるのは

イヤだあたしは言いたくない

そんなモノなどあたしは知らない

知りたくない


見えないはずのアタシの瞳に

振り向きあざ笑う

やっと会えたねお嬢ちゃん


俺たちは

あたし達は

あなたの中に孕んで育って

大きくなった


毎日毎日嘘をつき欺いて

罵り喚くは日常茶飯


日ごと夜ごとの乱痴気騒ぎで

嫌悪の果実が熟れてゆく

甘くてとろける誘惑に

あなたの心が膿んでゆく

もう食べ頃さ

もう食べ頃よ


あなたにあいつは囁いて

収穫の時ときた

ヒトの心を喰らうのは悪魔の所業

契約する魂は

とっておきのお気に入り

後で大事に取っておくから

お嬢さん!


俺たちわたしたちはヒトという

果樹園に湧いた蛆虫毛虫

やがてついばむ悪鬼の輩

よかったね救われて

よかったよみんなが喜ぶ


涙ぐんでどうしたのその瞳

救われたんでしょう?

助かったんでしょう?

素直に受け止めてはいけないの


アタシは

わたしは

こんなんじゃない!

こんなはずがない

「馬鹿なこと言わないでよ」

何言ってるんだ!

そんなはずがない


そう言ってお前はここに来た

聞いたことのない声

満足げにうなずくように鷹揚に

優しい声音で語り掛けるは

奴らを喰らう声の主


そうだとも

お前はいい子だ

しばしの間のことだがな


季節は巡る何度でも

お前の命が尽きるまで

お前の魂が枯れるまで

わたしは奴らを収穫する

わたしのかつえを満たすため


それまでは

お前は”善女”で生きて行け

嘘つきで

邪で

ずるいおんなこそは”お前”だ

みんな知っているぞホントのことを


知っているだろ?

だからお前の腹に悪が孕むのさ

分かっていただろ?

こんなの日が来ることを


そんなお前が大好物さ

そういう君が大好きさ


尽くせぬ欲望を抱えた君はそうして生きてゆく

ヒトはそうして私の糧となる

悪を喰らって糧とする

それを悪魔とお前たちで分かち合う

天下はそれで回っている


それですら

感謝もないのかお前たち

礼儀知らずはだれのこと


「だからヒトには私たちが必要だ」


そしてわたしたちは友達になれる

そうだろう素敵なお嬢さん

だからいつかは

君自身をも食したい

そして君のすべてが私のモノだ

さぞや旨かろうと私は期待する

いいだろう?お嬢さん


「神様!」


おっと

それは無しだ

お嬢さん

天使がここにやってくる


わたしが良くても君が困る

天使は私には勝てない

神がそれを許さない

それは「道理」というものだ

天地のことわりを知っているかね

それがルールなんだよ


真理を追究する天使たちは

だから許さない

そんな君を許せない

天秤の傾きを正すためは

君を浄化して天に召すつもりだ


「ああ?、嗚呼、ああ!」


そういうことさお嬢さん

ここで私はおいとましよう

欲しいものは手に入れたし

まだまだ尽きることもないこの世界

私は満足だ

そして君も救われるだろう

そうじゃないかい?


「待って、待って…お願い!」

置いていかないで!

あたしはアタシは…


何かを叫んだかもしれない

おんなの頭上で羽ばたく音がする

白くて大きな羽が舞う

衣の裾が舞っている


夜は清められた

人気のない公園は

本当に誰もいなくなった


夜明けの公園に

おんなの遺骸が横たわる

うっすらと雪を被ったその骸

穢れのない穏やかな顔

遺体を引き取る人はみなそう思った


そう思わせた彼女の一生は

最後まで嘘で塗り固められていた

だから天使はそうしたのか


彼女の望みをかなえる天使を

呼び得たとは思えない

呼び得たとしても


彼女はそれに応え得なかったろう

悪魔はそれを知っていた

それゆえにこそ

ヒトはそれを

「悪魔」と呼ぶ。

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真昼の声、瞬く夜 真砂 郭 @masa_78656

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