龍虎の退魔師-蒼青龍喰-
安崎依代@1/31『絶華』発売決定!
序
あの日の空は、絶望的に蒼くて。
『面白い』
そんな空を覆い尽くした体は、絶望的にデカくて。
『国よりも、互いの命を選ぶか。二千年続いた国よりも、そこに生きる幾万の民の命よりも、互いの命のみを尊ぶか』
「当然」
俺の視界をふさぐように立ちはだかった小さな背中は、絶望的に青くて。
その凛とした美しい青だけが、いつもとあまりにも変わらなかったから。
だから。
「だから私は、お前なんかいらない」
だから、俺は選んだ。
絶望的なほどに、俺の答えだって、一緒だったから。
◆ ・ ◆ ・ ◆
歳は十八。今年の春に宮城に上がり、宮廷書庫室で司書として働き始めて約半年が過ぎた。
宮廷書庫室は、はっきり言ってしまえば閑職である。だだっ広い中に無駄に紙ばかりが積まれた書庫室で、日がな一日書類整理をしているだけで業務が終わる。昼過ぎから終業間際の時間帯は各部署へ依頼資料の配達や返却が滞っている資料の返却督促に出回っていることが多く、たった一人しかいない同課上司以外の人間と顔を会わせる機会は、ほぼこの時間帯以外にはない。
「あぁ! ちょうど良い所に来てくれたね未榻殿! ちょっとお時間よろしいか」
だから、厄介事に遭遇するのも、大抵この時間帯だ。
「少し伺いたいことがあるのだが」
「今
「あれは、本物なのでしょうか?」
入室した際の『失礼します』という挨拶は無視したくせに、いざ登場したのが甜珪だと知った途端わっと取り囲んで自分勝手に話を振ってきた人間達を前にして、甜珪はわずかに眉をひそめた。だが元々の顔立ちが凛々しいと評される部類の物であるせいなのか、それとも常に厳しい表情を浮かべているせいなのか、勝手に喋りだした
「……そのような妙薬があるとは、寡聞にして存じ上げませんが」
続けて胸をよぎった『無駄口叩いてる暇があったらさっさと仕事しろ』という言葉を飲み込んだ甜珪は、仕方がないから自分が知っていることを答えた。
学生時代の自分ならば、もしくは相対していた相手が己の上司であったならば容赦なく本心を口にしただろうが、ここで本心を素直に突き付けるのは得策ではないと甜珪はこの半年の官吏人生で学んでいた。相手に合わせて適当に流すというのも、最短で無駄な会話を終わらせるためには必要なことなのである。
「ほら! やはりその話は作り話なのだよ!」
「未榻殿が存じ上げないならば……」
案の定、甜珪がやんわりと『知らない』と答えると、官吏達の興味関心は甜珪からそれた。『これ以上無駄話に巻き込まれて時間を浪費されるのは迷惑千万』と判断した甜珪は、ペコリと一同に一礼すると持ってきた資料を下ろすべく手近な机に歩み寄る。
だがそんな甜珪の歩みが、和の中にいる一人の言葉によって止められた。
「だが実際に、都外れの墓地では、生前に妙薬を投与されていた亡骸達が夜な夜な徘徊していると」
必死に言い募る男の声に、甜珪はピタリと足を止めると声の方を見遣る。
「誰かが考えた新手の怪談なんじゃないのか?」
「いや、でも実際に『娘が帰ってきた』って言ってる夫婦が近所にいるんだ」
「おいおい、正気か? 娘を亡くした夫婦の妄想なんじゃ……」
「それが、娘さんによく似た女が同じ家で暮らしてる姿を、近所の人間が何人も目撃しているらしくて……」
一度話の輪から抜けた甜珪に注意を払う人間などこの場にはいない。噂話に忙しい官吏達は、興味のある情報をいかに相手から引き抜けるかということばかりに必死だ。
──『死後、不老不死となって蘇ることができる妙薬』『夜な夜な徘徊する亡骸』『都外れの墓地』……
甜珪は、無駄話が嫌いだ。
だが今回の『無駄話』に限っては、己の興を引く物が隠れている。
机に下ろすはずだった資料を腕の中に抱え直した甜珪は、無駄話ばかり
たかが紙束、たかが書物と侮ることなかれ。
不意打ちで頭上から落とせば、資料の束は大の男を簡単に沈ませることができる立派な凶器である。
「ずべっ!?」
案の定、甜珪が無作為に選んだ一人は資料とともに床に崩れ落ちた。残りの人間は甜珪の突然の暴挙に凍り付いたように動きを止めている。
お喋り雀達の耳目を強制的に集めた甜珪は、ひたと残りの人間を見据えると静かに唇を開いた。
「無駄口叩いている暇があったら、とっとと仕事をしろ」
「……ハイ」
「それと、今お前達が話していた件に関して詳細を知りたい。知っている情報を全部、端的に、吐け」
……未榻甜珪は、宮廷書庫室に仕える、新米の官吏である。
もっとも、それは『本業』においての未榻甜珪を語るならば、という話だが。
龍虎の退魔師-蒼青龍喰- 安崎依代@1/31『絶華』発売決定! @Iyo_Anzaki
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