終幕 偲はゆ縁

「たった今、塀華に入ったぞー」


 翳は学校の怪談を途中で閉じ、外の景色に目をやった。都会に比べれば自然が豊かだった塀華だが、翳の目に飛び込んで来るのは同じような高層マンション、どこも同じ店舗しか出店していないショッピングセンターとくだらない娯楽施設ばかりだ。


「去年来た時よりも変貌しているね」


「あー? うん……そうだな。あたしもここまで変化したとは思わなかったよ。まあ……人も兵器も住居も日進月歩だ。変化を悪い風に拒めば停滞だからな」


 溜め息をつきながら、翳は目に悪い風景から逃れた。


 あれから十年。自分たちは彼女との約束を守り、今を生きている。その間にはたくさんのドラマがあった。例えば、鶴雛の名字が月河になったこととか、流華の名字が蒼月になったことなどだ。


「そう言えば……お地蔵様のことは書いたのかー?」


 小瀬川椎名。彼女は今や有名なアナウンサー。どんなに多忙でも、この日だけはこうして運転手も兼任してくれている。


「書いたよ。どこに保管してあるかは内緒だけどね〜」


「どこに保管してたっけ? かげりんの知り合いに?」


「柊さんに頼んで保管してもらっているよ〜。信頼出来るから大丈夫」


「不思議というか……良い意味で恐ろしい女性でしたね。今は何をしているんでしょう」


「あとね……柊さんに教えてもらったのは、まつろわぬものの正体」


「あっそれは初耳だな。なんで今まで教えてくれなかったんだよ?」


「忘れてたの〜ごめんね。……あいつの正体は――やっぱり鵺だって」


「やっぱり……鵺だったか」


「日本の合成獣キメラだね。もっとも、正確に言えば鵺に近いものって分類みたい。あたしたちが対峙したそいつは……封印が解けたばかりだったから不完全な状態だったみたいだよ?」


「……だからあたしらでも対抗出来た?」


「うん。躰中が腐っていたし……寄せ集めの配下を従えていた理由も判明したよ。傷だらけだったのも当時の討伐隊や、神名との戦闘痕だったみたい」


「なるほどね。そういえば……タイトルが逢魔の呼び聲だっけ? なんで逢魔?」


「あれ? 言わなかった? 相対した鵺の活動時間が黄昏だったからだし……あの子もそうだったみたいだからね」


「そうなのか? 咄嗟の光が嫌いってだけだと思ったよ」


「光が苦手なのは活動時間と同義だよ。それに狭間校舎に誘拐される直前にみんな見たでしょ? 鵺が背負う禍津陽を。行方不明事件も全部黄昏時からだし」


 ふむ、と息をした椎名は運転に集中する。


 話をしているうちに、車は凪いだ海辺にさしかかった。ここまで来たら目的地はすぐそこだ。その途中、去年はなかった看板が目に入った。


 旅館 凪凪 リニューアルオープン!


 旅館となった凪凪の駐車場に入った車は熟れた運転で駐車された。


「到着したぞ。ご夫婦」


「毎年ありがとうございます、小瀬川さん」


「スパシーバ」


「おう、気にすんな。里帰りも兼ねているし、みんなに会えるのが楽しみでやってるからさ」


 三人はそろって正面入り口に向かう。木造だった場所は全てコンクリート製になっているが、民宿時の木材を用いた看板や壁などあちこちに昔の名残が見える。感心しながら自動ドアを抜けた時、奥から人影が現れた。


「いらっしゃいませ、古き友よ」


 透は昔と同じように芝居がかった仕草と声で三人を出迎えた。


「映画の台詞みたいだな、流華と沖センは?」


「ああ、来てるよ。……今年はゲストを迎えているから、お楽しみに」


 三人は顔を見合せたが、余計な推測はせずに透の案内に従った。


「そういえば……蓮、君たち結婚して何年目だっけ?」


「俺が二十四歳の時ですから、三年目になります」


「ふふ〜、コネをフル活用して無理矢理あたしの担当にしたんだ〜」


「そうだった、こっちが驚かされた記憶が蘇ったよ。子供の予定はあるのかい?」


「それは……」


「あたしはいつでもいいよ〜? 蓮の子なら可愛いに決まっているし〜」


「それは……縁があればです」


「はい、いただきました。良いご家庭で」


 カラカラと笑う椎名。


「いいねぇ、俺にも蓮のような伴侶が欲しいよ」


「あげないよ〜」


 透は宴会場と書かれた行灯の前で立ち止まると、笑いながら椎名を見た。


「なんであたしを見るんだよ。彼氏持ちだっつの。お前も来年結婚だろー? な〜にが伴侶が欲しいじゃ」


「ジョークだよ。この日ぐらい昔に戻らせてほしいな。偲はゆ思い出に浸るのは悪いことじゃないんだしさ」


 透はそう言うと襖を開けた。


 畳が敷き詰められた宴会場には小さなテーブルが一つだけ置かれ、その上には竜宮城そのままに魚たちが舞っている。そして、その机の手前には今でも三条学園で教師を続けている沖田と和服姿の流華が座っている。


「流華、センセー」


 椎名がいの一番に声をあげ、翳と蓮もそれに続く。


「おひさしぶり、三人とも」


 お腹を気遣いながら、流華は深々と頭を下げた。


「あれ、今年は一人か?」


「うん。娘は旦那様とお出かけ中なんだ」


「なるほど、そっちも仲が良さそうだ」


「沖田先生もお久しぶりです。お元気そうでなによりです」


「久しぶりだね、三人の本やニュースはよく見ているよ」


 そう言うと沖田は三人に向き直り、あぐらに座らせていた娘を促した。


「ほら、お前が会いたいって言ったんだから、挨拶しなさい」


「はい」


 沖田のあぐらから離れたその少女は、チョコリと三人に向き合った。


「おひさしぶりです、おねーさん、おにーさん」


 そう言って顔をあげた少女を見た三人は驚いて言葉をなくした。


沖田詩おきたうたといいます」


 はな……。そこまで言って、蓮は口を閉じた。


 沖田詩。彼女の外見は十年前の花子さんと非常に酷似していた。


 翳が気付いたのは、身に付けているカチューシャだ。それは沖田へ返すように頼まれたカチューシャだった。


「詩……ちゃん? 今何歳?」


「あの時と同じ……十歳です。蓮さん、またあのサンドイッチをご馳走になってもいいですか? 今度は……作り立てが欲しいです」


 椎名は驚いたと言わんばかりに翳と目を合わせた。


「これも……縁の成せる奇跡……かな?」


「翳おねーさん、カチューシャありがとう。お父さんから受け取ったよ」


 大事そうにカチューシャに触れた詩は、翳にお礼を言い、もう一度五人を見回した。


「ただの思い出に終わらせないで……会いに来たよ? 約束通りに!」

                                       



                      了





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学校の怪談2 逢魔の呼び聲 かごめ @reizensan

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