北緯43°のきつね
@kajuen
すべては、笑顔のために。
「もしもし。もしもし。テツヤくん」
「もしもし。マルちゃん。そっちはおうち?」
「おうちだよ。お仕事お疲れさま。テツヤくんはまだ外なの?」
「外だよ。よくわかったね」
「電話の向こうで、テツヤくんの歩いてる音がするから」
「そっか。今日、寒いね」
「寒いの? 東京なのに」
「そっちはもっと寒い?」
「まだそんなに寒くないよ。都民からしたら寒いかもしれないけれど」
「何度あるの」
「北緯43°」
「え。あ。えっと。北海道。札幌の緯度か」
「マルセイユかもしれないでしょ」
「Bonsoir」
「明日も北緯43°、あさっても北緯43°、その次の日も」
「マルちゃんはヒコーキ乗ったことないもんね」
「ないよ。テツヤくんだってないって言ってた」
「前に、そんな話したね」
「テツヤくん、ヒコーキ怖いんでしょ」
「こ、怖くねえし」
「じゃあヒコーキ乗って、北海道、来て!」
「まあまあ」
「会いに来て!」
「その話はいったん置いといてさ」
「また話そらす!」
「いつものあれしよ。赤いきつねと緑のたぬきゲーム!」
「嫌だ」
「どうして」
「知らない」
「マルちゃんが好きなやつじゃん」
「好きじゃないし、知らない」
「『赤いきつね』か『緑のたぬき』、どっちの気分か当てるやつ」
「そんなゲームやっても、楽しくない」
「ちょうどさっき、スーパーで買ってきたとこだからさ」
「そんなの買ってる暇があったら、先に電話かけて」
「俺はどっち買ったか言うね。マルちゃんは今食べたい方、言って」
「嫌だ」
「せーの、で言うよ」
「嫌だ」
「せーの」
「『赤いきつね』」「『赤いきつね』」
「一緒だ!」
「うるさい」
「俺たち、気が合うね」
「合わない」
「今日は一緒に『赤いきつね』食べよう!」
「嫌だ」
「同じもの食べたら、一緒にいる感じするでしょ」
「何もわかってない」
「え」
「テツヤくんは、何もわかってない!」
「どういうこと?」
「私たちが『赤いきつね』を食べても、一緒に食べたことにならないの」
「ま、まあそうだけど、気分だけでもってことでさ」
「だって、だって」
「うん?」
「『赤いきつね』は東京と北海道で味がちがうんだよ」
「味が、ちがう?」
「そう。『緑のたぬき』も」
「ほんとに?」
「ほんとに。フタに北海道限定て書いてある」
「西日本か東日本の2つくらいかと思ってた。味の種類」
「企業努力がすごいの」
「企業努力がすごいね」
「わかったでしょ、テツヤくん。
こうやって私たち、ずっとすれ違ってたんだよ。
私たちは育ってきた環境も、
食べてきた『赤いきつね』の味もちがう。
だいたい820km。
これが私たちのあいだの本当の距離。
ゲームなんかじゃ、埋まらないよ。
だから、もう、きっと、
別れた方がいい」
「マルちゃん、ごめんね」
電話が、切れる音。
「あ−−」
−−切られちゃった。
どうしよう。
涙が、
溢れる。
冷たい。
息が、
苦しい。
涙が、
止まらない。
「テツヤくん。
嫌だ。
嫌だ。
嫌だ。
私、
会いたかった、だけなのに」
ピンポン。インターホンの音が鳴る。
「うるさい」
ピンポン、ピンポン。
「うるさい、うるさい」
ピンポン、ピンポン、ピンポン。
「うるさい、うるさい、うるさい!」
玄関の扉を開けると、目の前に男。
「マルちゃん、ごめんね。黙ってて。驚かせたかったんだ」
「テツヤくん−−」
涙が、
溢れる。
温かい。
涙が、
止まらない。
「どうやってきたの」
「ヒコーキで、飛んできた」
「ヒコーキ、怖いんじゃなかったの?」
「ヒコーキが怖くて、赤いきつねが食えるか!ってね」
「意味わかんない」
テツヤの手には、『赤いきつね』がふたつ。
『北海道限定』と書いてある。
「一緒に、食べよう」
ローテーブルを囲む、笑顔のふたり。
湯気が立つ、『赤いきつね』の容器がふたつ。
おわり。
北緯43°のきつね @kajuen
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