3
サイレンの音がする。
パトカーかな。
救急車とパトカーの違いって、なんだっけ? 忘れちゃった。まあ、いいか。
あ、近くで停まったみたい。
警察の人、ここまで来てくれるかな……。
「えっと……、そうだ、ココちゃん、何して遊ぼっか」
「おねえさん、帰らなくていいの?」
「え? ……うん、まだ、平気かな」
何、この子、急に私を追い返そうとしてる?
あれ? サイレンの音が遠ざかっていく。この子を探しに来たんじゃ、なかったのかな。
どうしよう。駅前の交番にでも連れて行くべき? それか、駅員さんに知らせて……。
「ねえ、ココちゃん。お姉さんと一緒に、駅の探検しない?」
「早くしないと、戻れなくなっちゃうよ」
「大丈夫よ。電車は、けっこう遅くまであるから」
こんな子供に、終電の時間なんてわかんないわよね。
「ううん、そうじゃなくって……」
「ん?」
あ、誰か来たみたい。良かった……じゃないわ!
しまったああああぁ!
やだ。私ったら、お化粧直してないじゃない。さっきチラッと鏡見たとき、けっこうヒドイ顔してたのに。
待って、今は来ないでっ! でも来てくれないと困るぅ……。
「うわあ……。なんか、出そうですね、このトイレ。ほら、電球切れかかってるし」
「馬鹿なこと言ってないで、さっさと調べる!」
「えー、いませんよ。こんなところに、小さな女の子なんて……」
小さな女の子? やっぱり、この子を探してるんだ。
でも、
あの二人に状況説明して、それからお化粧直して、家に帰って味噌汁飲もう。
トイレは……なんかもう、別によくなっちゃった。テヘッ。
「だって、なんか言いません? 電気がチカチカするときって、近くにユーレイがいるとかって……あっ、いた!?」
あら、スーツ着こなしちゃって。カッコイイ~。女刑事さんかな?
「いました、先輩。こっちです!」
「あなた、ココちゃんね? 私たち、警察……おまわりさんなの」
やっぱり。良かった!
「あの、刑事さん。そっちに……隣の個室に、包丁が落ちてます!」
「おうちの人から連絡もらってね、あなたを探していたのよ」
「聞いてます? 血の付いた包丁が転がってるんですよ!」
「大変だったわね。ケガは? 痛いところはない?」
聞けよ、人の話を!
まあ、この子を保護するほうが優先なのかな。保護? 捕獲? 確保? あれ、こういう場合なんて言うんだろ。
「先輩、この血って……、ご両親の」
「シッ! 無神経なこと言わないの。たぶんこの子、現場にいたのよ」
「いや、現場にいたっていうか、たぶん、その子が……」
「大丈夫よ、ココちゃん。お姉さんたちと一緒にいたら安全だからね。さあ、行きましょう」
え、包丁は? いいの? あとで回収するのかな。
「あのぅー、私は? 一緒に行ったほうがいいんですかね?」
刑事さん? なんで答えてくれないの。私はどうすればいいのさ。
まあ、仕方ないわね。ついて行ってあげますよ。私、オトメですから。いや「オトナ」だっつうの!
「それにしても、今日は事件が多いですね」
「ええ。……下も、悲惨なことになっていたわね。あれは、無理かも」
「助からないってことですか? すごい出血でしたもんね」
「階段の途中で、いきなり刺されたんですって。腹部からの大量出血。まだ若いのに、かわいそうにね」
下の階段って、駅前の? それってさっき私が通って来たとこじゃないっすか! えー、やだ、こわーい。
……って、私だって現在進行形で大事件に巻き込まれてんだわ。
これって、アレですかね? 事情聴取とか、受けちゃうんですかね? きゃー、どうしましょ。
「腹部を刺されたって……、もしかして、同一犯でしょうか?」
「たぶん違うわ。犯人の男がその場で取り押さえられたけど、どうも直前まで一緒に飲んでいたみたいなんだって、被害者の女性と」
「痴情のもつれってやつですか? 別れ話でもしたんですかね」
「被害者の格好、見た? あれはたぶん、合コンよ」
「あー、たしかに。気合入ってましたね」
うわー、他人から見てわかるレベルに気合満々で合コンくる女とか、引くわー。そういうのはさりげな~く陰で努力するのがミソなのよ。私みたいにね。
ていうか、早くお味噌汁飲みたい。なんか、さすがにやっぱ、疲れちゃったのよね。
このまましれっと抜けて帰ったら、怒られるかしら?
「あ、お疲れさまです! 女の子、無事でしたか」
あら、もう一人刑事さん? ちょっとイケメンじゃないの。あぁ~ん、やっぱりリップくらいは塗り直しとくんだったわ!
ま、ほぼほぼスーツ効果だけどね。
ていうか、アイツらの後なら誰だってイケメンに見えるわ。ハゲ以外なら全員許す。
「お疲れさま。そっちはどう、連絡ついた?」
「はい、被害者の……母親のほうの両親が、今向かっているそうです」
「お兄さん、この人たちのお仲間さんですか? そこの女子トイレに、包丁が落ちてるんですよ。血まみれのやつ。たぶんみなさんが捜査している事件の、凶器なんじゃないかって……」
「では、車までご案内しますね。今、あっちの事件で規制かかってて、ちょっと遠くなるんですけど」
って、あんたまでスルーすんじゃねえわ、この雰囲気イケメンがぁ!
「了解。あちらさんの状況は、何か知ってる?」
「被害者はさっき搬送されて行きましたけど、まだ意識戻らないみたいですね。犯人も興奮していて、詳しい事情は聞けていないようです。まあ、でも、
「でも合コンって、ほぼ初対面でしょ? そこまで恨まれることってある?」
「それがさあ、被害者女性に、けっこう暴言吐かれたらしいよ、主に容姿のことで」
あれ? ヤバい。
なんかまた、フワフワしてるかも。
「あの~、すんません。なんかちょっと、気持ち悪くなっちゃって。いや、実は私、さっきまでけっこう飲んでたんですよね……」
「マジで? うわ、それはキツイ」
「僕もチラッと被害者見たけど、あの顔に言われたら、そりゃカチンとくるわ」
「鏡見て出直してきて? って感じね!」
「こら、二人ともやめなさい。失礼でしょ。……ココちゃん、お腹空いてない? 今からしばらく、車に乗るんだけど」
「ちょっと、待ってよ……! 私、ホントにもう、動け……なくて……」
「だから、さっき、言ったのに」
ココちゃん……?
「どういうこと? ねえ、待って……」
「おねえさん、バイバイ」
あれ? なんで?
「ココちゃん? 誰と話しているの?」
「さあ、ココちゃん。こっちだよ。おじいちゃんとおばあちゃんも、来てくれるって」
みんな、私が見えないの?
トイレのココちゃん 上田 直巳 @heby
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