サイレンの音がする。

 パトカーかな。


 救急車とパトカーの違いって、なんだっけ? 忘れちゃった。まあ、いいか。

 あ、近くで停まったみたい。


 警察の人、ここまで来てくれるかな……。


「えっと……、そうだ、ココちゃん、何して遊ぼっか」

「おねえさん、帰らなくていいの?」

「え? ……うん、まだ、平気かな」


 何、この子、急に私を追い返そうとしてる?


 あれ? サイレンの音が遠ざかっていく。この子を探しに来たんじゃ、なかったのかな。

 どうしよう。駅前の交番にでも連れて行くべき? それか、駅員さんに知らせて……。


「ねえ、ココちゃん。お姉さんと一緒に、駅の探検しない?」

「早くしないと、戻れなくなっちゃうよ」

「大丈夫よ。電車は、けっこう遅くまであるから」


 こんな子供に、終電の時間なんてわかんないわよね。


「ううん、そうじゃなくって……」

「ん?」


 あ、誰か来たみたい。良かった……じゃないわ!


 しまったああああぁ!


 やだ。私ったら、お化粧直してないじゃない。さっきチラッと鏡見たとき、けっこうヒドイ顔してたのに。

 待って、今は来ないでっ! でも来てくれないと困るぅ……。


「うわあ……。なんか、出そうですね、このトイレ。ほら、電球切れかかってるし」

「馬鹿なこと言ってないで、さっさと調べる!」

「えー、いませんよ。こんなところに、小さな女の子なんて……」


 小さな女の子? やっぱり、この子を探してるんだ。


 でも、こんなとこ女子トイレ探しに来るんだから、さすがに女の人たちみたいね。だったらまあ、このままでもいっか。


 あの二人に状況説明して、それからお化粧直して、家に帰って味噌汁飲もう。

 トイレは……なんかもう、別によくなっちゃった。テヘッ。


「だって、なんか言いません? 電気がチカチカするときって、近くにユーレイがいるとかって……あっ、いた!?」


 あら、スーツ着こなしちゃって。カッコイイ~。女刑事さんかな?


「いました、先輩。こっちです!」

「あなた、ココちゃんね? 私たち、警察……おまわりさんなの」


 やっぱり。良かった!


「あの、刑事さん。そっちに……隣の個室に、包丁が落ちてます!」


「おうちの人から連絡もらってね、あなたを探していたのよ」


「聞いてます? 血の付いた包丁が転がってるんですよ!」


「大変だったわね。ケガは? 痛いところはない?」


 聞けよ、人の話を! 


 まあ、この子を保護するほうが優先なのかな。保護? 捕獲? 確保? あれ、こういう場合なんて言うんだろ。


「先輩、この血って……、ご両親の」

「シッ! 無神経なこと言わないの。たぶんこの子、現場にいたのよ」


「いや、現場にいたっていうか、たぶん、その子が……」


「大丈夫よ、ココちゃん。お姉さんたちと一緒にいたら安全だからね。さあ、行きましょう」


 え、包丁は? いいの? あとで回収するのかな。


「あのぅー、私は? 一緒に行ったほうがいいんですかね?」


 刑事さん? なんで答えてくれないの。私はどうすればいいのさ。


 まあ、仕方ないわね。ついて行ってあげますよ。私、オトメですから。いや「オトナ」だっつうの!




「それにしても、今日は事件が多いですね」

「ええ。……下も、悲惨なことになっていたわね。あれは、無理かも」

「助からないってことですか? すごい出血でしたもんね」

「階段の途中で、いきなり刺されたんですって。腹部からの大量出血。まだ若いのに、かわいそうにね」


 下の階段って、駅前の? それってさっき私が通って来たとこじゃないっすか! えー、やだ、こわーい。

 ……って、私だって現在進行形で大事件に巻き込まれてんだわ。


 これって、アレですかね? 事情聴取とか、受けちゃうんですかね? きゃー、どうしましょ。


「腹部を刺されたって……、もしかして、同一犯でしょうか?」

「たぶん違うわ。犯人の男がその場で取り押さえられたけど、どうも直前まで一緒に飲んでいたみたいなんだって、被害者の女性と」

「痴情のもつれってやつですか? 別れ話でもしたんですかね」

「被害者の格好、見た? あれはたぶん、合コンよ」

「あー、たしかに。気合入ってましたね」


 うわー、他人から見てわかるレベルに気合満々で合コンくる女とか、引くわー。そういうのはさりげな~く陰で努力するのがミソなのよ。私みたいにね。


 ていうか、早くお味噌汁飲みたい。なんか、さすがにやっぱ、疲れちゃったのよね。

 このまましれっと抜けて帰ったら、怒られるかしら?


「あ、お疲れさまです! 女の子、無事でしたか」


 あら、もう一人刑事さん? ちょっとイケメンじゃないの。あぁ~ん、やっぱりリップくらいは塗り直しとくんだったわ!

 ま、ほぼほぼスーツ効果だけどね。


 ていうか、アイツらの後なら誰だってイケメンに見えるわ。ハゲ以外なら全員許す。


「お疲れさま。そっちはどう、連絡ついた?」

「はい、被害者の……母親のほうの両親が、今向かっているそうです」


「お兄さん、この人たちのお仲間さんですか? そこの女子トイレに、包丁が落ちてるんですよ。血まみれのやつ。たぶんみなさんが捜査している事件の、凶器なんじゃないかって……」


「では、車までご案内しますね。今、あっちの事件で規制かかってて、ちょっと遠くなるんですけど」


 って、あんたまでスルーすんじゃねえわ、この雰囲気イケメンがぁ!


「了解。あちらさんの状況は、何か知ってる?」

「被害者はさっき搬送されて行きましたけど、まだ意識戻らないみたいですね。犯人も興奮していて、詳しい事情は聞けていないようです。まあ、でも、怨恨えんこんで間違いないでしょうね」

「でも合コンって、ほぼ初対面でしょ? そこまで恨まれることってある?」

「それがさあ、被害者女性に、けっこう暴言吐かれたらしいよ、主に容姿のことで」


 あれ? ヤバい。

 なんかまた、フワフワしてるかも。


「あの~、すんません。なんかちょっと、気持ち悪くなっちゃって。いや、実は私、さっきまでけっこう飲んでたんですよね……」


「マジで? うわ、それはキツイ」

「僕もチラッと被害者見たけど、あの顔に言われたら、そりゃカチンとくるわ」

「鏡見て出直してきて? って感じね!」

「こら、二人ともやめなさい。失礼でしょ。……ココちゃん、お腹空いてない? 今からしばらく、車に乗るんだけど」


「ちょっと、待ってよ……! 私、ホントにもう、動け……なくて……」

「だから、さっき、言ったのに」


 ココちゃん……?


「どういうこと? ねえ、待って……」

「おねえさん、バイバイ」


 あれ? なんで?


「ココちゃん? 誰と話しているの?」

「さあ、ココちゃん。こっちだよ。おじいちゃんとおばあちゃんも、来てくれるって」


 みんな、私が見えないの?



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トイレのココちゃん 上田 直巳 @heby

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