エピローグ
エピローグ
すっかり雪が止み、温かくなった大地を踏み、まりんは東京に戻ってきた。
もう家族が誰もいない彼女にとって、身を寄せられる行き先は一つしかない。真っ先に足を運んだのは、ミリルが残した集落だ。
ミリルの死を報告すると、皆は悲しんだが、まりんのことは快く迎えてくれた。
そこでの生活を始めてから、もう一年。まりんはショッピングセンター四階にある自室の窓から差し込む朝日を浴びながら、外を眺めていた。
彼女がいるここは以前、ミリルの自室として使われていた洋装店風の部屋を、元通りに修復したものだ。
「あれから、すっかり緑が増えてきましたよね。こんなに綺麗になった東京を見られるなんて、一年前は思ってなかったですよ」
そう、たった一年の間に、ここでの暮らしぶりは大きく変わった。今や集落だけではなく東京都全体が、以前よりも復興の兆しを見せ始めている。
雪と氷が溶けた街並みの至る所から草木が生え、川がせせらぎを取り戻し、野生動物達まで姿を現すようになったのだから。
「おい、東郷まりん。少し遠出するぞ」
「……カ、カルジっ? 戻ってきてたんですか? も、もうっ……入ってくるなら、ノックぐらいしてくださいよぉ」
ふいに足音もなく背後に現れたカルジに、まりんは振り向きながら言った。しかし、カルジは悪びれた様子もなく、彼女に近づいて手を取る。
手が触れ合ったことで、まりんは頬を紅潮させて声にならない声を漏らした。
「ひぇあ……」
「足音を消すのは、昔からの習性だ。そうすぐには直せん。それより旧新宿駅付近に、キャンサー共の群れが出たそうだ。これから駆逐しに向かうぞ」
「……そ、それは大変じゃないですかっ! 分かりましたっ。被害が出る前に、すぐに出発しましょう!」
内心の動揺を悟られまいとするも、健闘虚しく焦りが声に出てしまう。
会話程度ならともかく、まりんは父以外の男性に触れられることに、まだ慣れていないのだ。
一方で仕事の方はというと、一年前まで大佐が務めていた集落の護衛隊長の役目を、彼に代わって現在はまりんが担っている。
尽力した甲斐あって、集落の人達からもかなり信頼されるまでになっていた。
そしてカルジもまりんのサポート役として、集落に残る選択をしてくれたのだ。しかし、それでも仕事の問題は、今でも山のように積み上がっている。
「ふう、それにしても……」
まりんはその問題の数々を解決すべき立場として、つい溜息を漏らした。
彼女やカルジが戦うべき敵は、キャンサーの群れだけではない。地球が温まり、世界中が復興してきたことで、再び人間同士の争いが起こり始めたのだ。
十一年前に地球大凍結の被害を最も受けた米国と、一年前に軍隊の主力が壊滅的な打撃を受けた露国。
その二大国の復興が遅れている中、強かに台頭したのは中国だった。
武力で存在感を現した中国は他国に軍事介入し、世界の新たなリーダーにならんと画策している。そんな中国の魔の手は、すでにこの日本にも及んでいた。
その度に、米国から要請を受けたまりんとカルジが、撃退してきているのだ。
「今回のも、ただの野良キャンサーだといいんですけどね」
「人にコントロールされたキャンサーを危惧しているのか? ただの噂だが、完全に眉唾とも言い切れんな。結局、人類の敵は、いつの世も同じ人間だ」
そう答えたカルジの顔を見て、まりんは彼が過去を絶ち切れたのだと安堵する。当面の生きる目標があり、活力ある目と表情をしているのだから。
一年前、カルジが作り上げた三個大隊は、中国軍との激戦によって壊滅まで陥った。
そして裏切り者を捜し出して始末したい望みも、セルゲイが死んで大佐が去ったことで一応の決着がつき、一時期は燃え尽きたように消沈していたのだ。
当初、まりんはカルジのことを、ただの正義中毒の厨二病患者だと思っていた。しかし、今ではその認識は誤りだったと考えを改めている。
あくまで想像だが、ミリルも、大佐だって、同じだったのではないだろうか。
きっと皆、滅びを迎えつつあった世界では、何かしらの熱に浮かれていないと平静など保てなかったのだ。
「じゃあ、時間も惜しいですし、窓から向かいましょうか?」
「ふっ、反対はしない。その方が効率がいいからな」
まりんとカルジは、言葉を交わすと楽しそうに笑い合う。出会ったばかりの頃は殺し合った仲だったが、今ではこんな砕けた会話ができる関係になっている。
それに昔、まりんを殺害した救世ボランティアの男も、カルジではなかった。なぜなら、彼は当時、東京にはいなかったのだそうだから。
薬の副作用で失っていた記憶を取り戻したカルジが、自らそう語ってくれた。顔も声もまったく同じ、他のカーティケヤシリーズの仕業だったのだろう、と。
そしてその別人は、すでに大佐に殺されたことで報いを受けている。ならば、まりんもいつまでも過去を引き摺るのは、やめようと思った。
今のまだ過酷な世界では、前だけを向いて進み続けなくては生きていけないのだ。
「私に掴まってください、カルジ」
「ああ」
まりんが自室の窓を開けると、髪を撫でる静かな風が流れ込んでくる。彼女は腕で眩い日差しを遮り、よく見ようと目を凝らした。
そこには一年前までの淀んだ曇り空ではなく、清々しいまでの快晴が広がる。この温かな光景を見て、彼女はいずれ世界が完全な復旧を果たすだろうと確信した。
川が清流を取り戻し、花弁が咲き誇り、新緑の柔らかさが一面に広がった、在りし頃の地球のように。
カルジはまりんの腰に手を回し、しがみ付いた。そう、ここに仲間だっている。一緒にその夢を叶えるために協力し合える、大切な戦友が。
それを嬉しく思ったまりんは炎を纏い、窓から空へと飛び出していった。
(氷に覆われた地球で目覚めた極炎の少女と憑依者の少年は、世界救済の旅をする、完)
氷に覆われた地球で目覚めた極炎の少女と憑依者の少年は、世界救済の旅をする 北条トキタ @saitotamiya
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