オポヌツルメリュフ 【日本語版】

野良ガエル

ニュラムピュッフ

 その数匹の異形の生き物は町外れに突如として現れた。

 第一発見者を殺し、第二発見者も殺し、三番目に駆け付けたパトロール隊と交戦。激闘の末に捕縛された。非常に凶暴な生物だ。

 

 その説明を受けて、休日中に急に呼び出されたことによる不満はたちどころに消えた。確かにこれは重大な案件だ。そして、生物学者である私の出番というわけだ。


「全部、死んでしまったのか?」

「あぁ、なにせ今までに見たことのないタイプで、一応生かして捕えたつもりだったんだが」

「まぁ仕方ないさ。急所もなにも分からないものな」


 パトロール隊に所属する友人(今回私を呼びつけた張本人)は、申し訳なさそうに言った。実際、欲を言えば生きたサンプルが欲しかったが、彼らも命がけだ。それに、新種の生物の解剖に他の学者を差し置いて呼んでくれたことには感謝の念しかない。


 解剖室に辿り着く。

 台の上の、生地で覆われた四つの膨らみ。


「心の準備はいいか」

「あぁ、もちろんさ」

 軽いノリで返事を返す。むしろ早く見たい――――と思っていたが、友人が生地を取り去った後、私はショックを受けた。


「なんだ……これは」

「だから言ったじゃないか」

「まぁ、それはそう、なんだが」

 おそらく私は友人より驚いている。生物学者ゆえにだ。私が目にしたものは、新種などと言う生易しい言葉では表せない異形。まさに異形。突然変異? だとしても、どこのなにから変異したのかの検討もつかないほどだ。

「なんなんだろうな、これは」

「それを知るために君を呼んだんだぜ」

「まぁそうだよな」


 サンプルは4匹分ある。とりあえずやってみるか。

「もうすでにスキャンは終えているのかい」

「ああ、データはこれだ」

「ありがとう」


 スキャンした情報を元に、私は解剖を始めた。


「これは、頭部、だろうな。視覚器官のようなものも付いているし。スキャンの情報から見ても、多分この中に脳がある」

「この中に? だとしたらずいぶん小さい頭部だな」


 表層部分はそうでもないのに、少し切開を進めると非常に硬い殻のようなものに行き当たる。そこをも通り過ぎ、中を開くとようやく見覚えのある器官とのご対面だ。

「ほら、だいぶ小さいが、脳だ」

「わかったわかった! 見えてるから、わざわざ見せるなよ」

「なんだよ。ノリが悪いなぁ」

 私は取り出した脳を保管用の容器に移し替え、解剖を続ける。


「なぁ、その小さいのが頭ということは分かったよ。じゃあそこから下の大部分はなんなんだ。触手、とかか」

 見たくないのに結果は気になるのか、友人は横から口を挟んでくる。

「まだ断言はできないな。用途はおそらくそれに近いだろうが、数が少ないうえにえらく可動域が狭いしな」

 ただ見ているだけでもゾワゾワするような異形。その解剖シーンとあっては、気分が悪くなるのも無理はない。私も似たようなものだ。しかし私の場合、そのゾワゾワの半分は未知のものを前にした興奮でもあった。


 解剖は進んでいく。


「この、生命体の肉なんだけどな。成分を調べてみた結果、可食性に問題はなさそうだ」

「おいおい、なにを言い出すんだ」

「そっちこそなにを言い出すんだよ。新しい生物を発見したら、食の可能性も探るのが当然じゃないか」

「それはそうだけど。おえっ」

「パトロールや戦闘でお疲れだろ? すぐ焼けるけど、要るかい」

「勘弁してくれよ」

「やれやれ、意気地のないことで。そんなんで大丈夫なのかいパトロール隊として」


 などと冗談を言いながら肉片を熱処理し、私が食べてみる。もちろん、未知の生物の未知の味を最初に試すなんて贅沢な役割は、頼まれたって渡してやらないが。


「……どうっすか、味は」

 自分で食べるのは嫌だが味は気になるらしい。おそるおそる聞いてくる。

「うーん。脂っこいな。まぁ、好きなやつは好きな珍味という感じだね。もちろん、調理方法次第ではもっと美味しく食べれるはずさ」

「そうっすか……おえぇ」


 さて、一匹分の解剖もいよいよ終盤だ。

 かなり細かくバラバラにして、観察を重ねる。

 外部も異形だが、中も相当だ。特筆すべきは肉の奥にある内殻とでも呼ぶべき硬い部分。こちらも取り出して並べてみる。可食は厳しいが、これらはなんらかの加工品として使えそうではある。


 私は所見を記録していく。

 分解したサンプルを容器に詰めていく。

 私は所見を記録していく。

 分解したサンプルを容器に詰めていく。


「――――終わったか?」


 仮眠を取り終えた友人が、声をかけてくる。私は夜通し作業に没頭していた。

「一匹分はね」

「なにか、分かったか」

「なにも分からない」

「おい」

「まぁ落ち着くんだ。なにも分からない、ということが分かったのさ」

 ここから先は突拍子もない話なので、ゆっくりと語り聞かせなければならない。

「こいつらは、我々が知るどの生物の線上にも存在しないのさ」

「つ、つまり?」


 解剖していない残りの三匹の死体をもう一度よく観察する。

 。その中に隠された脳。

 触手と思わしき部位はたった4つしかなく、先端はそれぞれ5つに短く分かれている。

 身体の中にある硬い内殻。頭部や身体の一部にある繊維状のもの。

 とは全く違う、異形の生き物。


「君は覚えているか……私が世間に発表しながらも受け入れられず、嗤われ、忘れ去られたあの説を」

「まさか」


「あぁ、そうさ。こいつらはおそらく――――というやつだぜ」


 バラバラになった異星人のサンプルが列挙される室内で、私の復讐が静かに幕を開けようとしていた。

 

 




(了)

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