Dernier épisode『ブルージュからの絵葉書』なんてどうだろうか?

 『今』わたしは生きている。自分の足で立てている。


 今日は通院だった。帰りに雑貨屋さんに寄ってノートを買う予定だ。以前通りかかったときに、色彩が綺麗な表紙のノートを見つけたから。

 そのノートを使って今考えている物語をプロットにまとめようと思う。


 結局わたしは、旅行に行けなくなってしまった。最初はふさぎ込んだ。で、引きこもって、それからブログを始めた。

 悔しかったから。このままわたしがなかったことになるのが。わたしはいろんなところに行っていろんな経験をしていろんな場所の素敵な景色を知っているんだってことを少しでも多くの人に知って欲しかった。


 それからたくさんの人にブログを読んでもらって、感謝の言葉を貰った。旅行先を決めあぐねていた新婚夫婦の行き先が決まった。引きこもっていた青年が生まれて初めて外に出たいと思ってくれた。いじめに悩んでいる少女がまだ見ぬ世界に胸をときめかせて『今』を耐える決心をしてくれた。


 それらのことから、わたしは見た風景や感じた気持ちを文章にして人の心に届けるのが上手いのだと言うことに気付いた。今まではずっと旅行のことしか考えて来なかったから、自分にこんな才能があるなんて知らなかった。もしかしたら、わたしがわたしの言葉に励まされたのは、わたし自身の言葉だったからじゃあなくて、わたしの文章にそう言う力が有ったからなのかもしれない。だとしたら、今度はわたしではない誰かのためにその言葉を使いたい。決して、劣化コピーではない、本物の言葉で。


 考えていくうちに、一つの目標ができた。本を出すことだ。わたしの旅行で培った経験を活かして、小説を書くのだ。だって、日本人からしてみれば海外の風景や文化ってもはやファンタジーだもの。これを活かさない手はない。きっと感動させられる。


 子供のころ旅行に行けなかった分、大人になってからより遠くへ旅行に行くようになった。

 手術のあと旅行に行けなくなった分、物語の中でより遠くへ冒険に行くようになった。誰も行ったことのない場所へ、言葉で繋いだ橋を渡って向かう。


 買ってきたノートを机の上に広げて、ペンを手に取った。

 広大なスケールのファンタジーを思い浮かべる。


 けれど、その前に。このわたしの身に起こった数奇な体験を書くのはどうだろうか? 題名はそう、ありきたりだけどわかりやすい名前……『ブルージュからの絵葉書』なんてどうだろうか。


 そこまで考えて、ついつい笑ってしまった。

 相変わらず単純だな、わたし。

 あのときの言葉もそうだった。


 机に立てかけておいた絵葉書を手に取る。ブルージュの骨董品店の風景。裏には気取ったフランス語で、受取人『今、死のうと思っている人』と書かれている。その横にはたった一言のメッセージ。




「生きて」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ブルージュからの絵葉書 詩一 @serch

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ