後編:いつまでも私は祈る
おいたんと共に
「大変だったね。お母さんもお父さんも心配していたのよ。とんでもない目に遭っちゃったわね」
母の優しい言葉が無雲に落ち着きを取り戻させてくれます。
「今日はお父さんが奢ってやるから、これでうまいものでも買ってこい!」
父はそう言うと無雲に二千円をくれました。そのお金で、無雲とおいたんはスーパーでお寿司を買いました。
両親の優しさが詰まった寿司を食べながら、無雲はおいたんに疑問をぶつけました。
「おいたんはさ、死体に全然驚いてなかったけど、何であんなに冷静だったの?」
「あぁ……俺、こういうの四回目だから慣れてるんだよね」
「はぁ!!??」
おいたんによくよく話を聞きましたら、おいたんは実はEDO川で死体に遭遇するのが四回目だと言うのです。その詳細と言うのが凄かった。
〇夜釣りをしていて、朝になったら後ろの橋で首を吊っている人が居た。
〇夜釣りをしていたら、後ろにあった車が炎上してその中で焼身自殺している人が居た。
〇昼間に釣りをしていたら、上流から水死体が流れてきた。
ヘ……ヘヴィーすぎるやろ。
「だからさぁ、EDO川で釣りしてたら、死体にも慣れてくるんだよ」
よく、ニュースや新聞で「第一発見者は釣り人です」というフレーズを聞きます。釣り人というのは、人気のない場所や早朝、時には夜間に行動する事があります。そして、どういう訳か水辺には自殺志願者が集まってきます。どういう訳だかは分からないんだけれども……。
***
無雲達は、この釣りポイントにはその後三年間近寄りませんでした。当時の記憶が生々しく蘇ってくるからです。
その死体の三回忌が過ぎた頃、再び無雲達はその釣りポイントに舞い戻りました。
無雲は、その現場に手を合わせました。
その日は、五十一センチのクロダイが釣れたりして、今までにない大漁になりました。まるで、その時の死体が「見付けてくれてありがとう」とでも言ってくれているかのようでした。
しかしね、未だに無雲の心に引っ掛かっている事があるのです。
あの日、その死体の横には、日焼け目的の男性が横たわっていた。土手には人がいっぱいいた。なのに、誰も通報しようとしなかった。見て見ぬふりをした。
きっと、誰もが面倒事に巻き込まれたくなかったのだと思う。それが『死体』だと気付いていても、見て見ぬふりをしたのだと思う。
それって、凄く寂しい事だと思う。
大勢の中に居ても感じる孤独。
そんなものをあの死体の存在に感じました。
無雲は、未だにその釣りポイントに行くたびに、現場を見つめて心の中で念仏を唱えます。
「南無阿弥陀仏」
もしかしたら違う宗派かも? と、一応こうも唱えます。
「南無妙法蓮華経」
あの死体の人も、色々辛くて自殺を選んだのだと思う。でも忘れないで。ここにあなたの事を忘れていない人間が居るって事を。
無雲は、生きている限りあなたの事を忘れない。いつまでも祈るよ、あなたのご冥福を。
***
そして今、夫婦となった無雲とおいたんは毎週のように釣りを楽しんでいます。この『死体の第一発見者になった事件』は、EDO川からの洗礼だったような気がしています。
釣り人が死体を発見するのはよくある事。でも、よくある事でもそれぞれの心の中にはトラウマレベルで傷を残している。
しかし、誰かが見付けてあげて、通報して、されるべき供養をしてもらう。その流れは、きっと必要なのです。
でも、本音を言えば……
もう二度と第一発見者にはなりたくないなぁ!!!
────了
第一発見者は釣り人です! 無雲律人 @moonlit_fables
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
誰もあいつを疑わない/無雲律人
★71 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます