中編:釣り開始から3時間経過。警察沙汰になる。

 釣り開始から三時間が経った頃、無雲むうんは心に引っ掛かっていた人をまた見ました。


「おいたん、あの人ずっと同じ姿勢だよ?」

「熟睡してるんだと思うよ。気にするなって」

「でもさ、通りがかった時、頭に袋を被っているように見えたんだよね?」

「虫よけだろ」


 おいたんは、無雲の気がかりを微塵みじんも気に留めようとしません。しかし、無雲はこの時かなりの不安感を感じていました。


 三時間も動かないその人。頭には袋を被っていたように見えた。


 あれは……死んでいる……?


 その時、先ほどの雑談おじさんがその人の所に近寄っていきました。かなりじろじろとその人の周りをうろついています。


 無雲は、意を決してその人の所に寄っていきました。


 すると、やはりその大の字で寝ている人は頭に袋を被っていました。


「お、おじさん……! この人もしかして!!??」

「あぁ、これは死んでいるな。ガス自殺だ。そこにガスボンベがあるだろう」

「えぇぇぇぇ!!!!! 警察!! 警察に電話しなきゃ!!!」


 無雲は慌ててスマホを取り出して警察に電話しようとしました。そこにおいたんがやって来ました。


「あぁ、死んでたのか……」

「おいたん!! 警察に電話しなきゃ!!!」


 無雲は半泣きで緊急通報しました。


「え……EDO川の土手で人が死んでるんです!! すぐに来てください!!」

「正しい場所を教えてください」

「えーと……えーと、H線の橋の下です」

「橋の下とはどの橋の下ですか?」

「だからH線の橋の下だって!!!」


 取り乱している無雲は、現在位置を正しく伝える事も出来ず、まず何を言っているのか分からない状態だったらしく、オペレーターの人と意思疎通がまともに出来なかったので、途中でおいたんが電話を代わってくれました。


 そうしましたら、おいたんは冷静に『今・どこで・何が起きているか』を完璧に伝えました。


 電話を切って少しすると、まず救急車が到着しました。すぐに警察も消防も到着しました。


 無雲とおいたんは一旦追い払われたので、釣り場に戻って現場の様子を伺っていました。話を聞きたいからちょっとその場に居てくれ、とも言われていたので、警察の事情聴取を待ちました。


 すると、すぐに警察官が事情聴取に来ました。


「あの死体にはいつから気付いていましたか?」

「来た時からおかしいなって思ったけど、彼氏おいたんが寝ているだけだって言うから……」

「そうですか。頭の袋はおかしいと思わなかったんですか?」

「彼氏が『虫よけだ』って言うから」

「はぁ!? 言わないよね!!?? そんな事誰も言わないよね!? ねぇ!! 彼氏さん!!??」

「言いましたぁ……」

「……はぁ、そうですか。ならば、誰かあの人を殺しているのを見ましたか?」


 バカなのぉ!? と無雲は叫びそうになりました。さすがに殺している所を見ていたらその場で通報するだろうが!!


「見てないです……ずっとあのまま寝ているように見えていました」

「はぁ……所で、ご職業は何ですか? それと身分証明書を持っていますか?」


 無雲はスッと障害者手帳(当時は精神一級)を差し出しました。


「無職です。それから、障害者です」

「あぁ……なるほど。じゃぁ、彼氏さんも無職って事でいいですか?」

「俺は働いています! 会社員しています!!」

「はぁ、そうですかぁ。じゃぁ今日は平日だけど休みって事でいいですか?」


 所々、警察の方というのは失礼です。無雲はちょっとこの警察官が好きになれそうにありませんでした。ちょいちょい先入観を挟んでいるように見えるからです。


「ところで、何故この死体が死んでいると気付きましたか?」

「それは……そこに居るおじさんがじろじろ見ていたから私も近寄っていって……って、あれ?」


 いつの間にか、雑談おじさんは姿を消していました。今にして思えば、雑談おじさんは『逃げた』んです。この面倒事に巻き込まれたくないと、逃げたのです。

 

 とりあえず警察にはおじさんの存在は知らせましたが、まぁ、おじさんはただの通行人であって犯人とかじゃないからね。だってあの死体はずっと前からそこで寝ていたわけだし。


「最後になりますが、またこの件でお電話差し上げることがあってもよろしいですか?」

「やだ」

「は?」

「やだやだやだ!! 私警察から電話来るのやだもん!! 絶対やだもん!!」


 この時点で、無雲のメンタルは幼児退行を起こしてしまっていました。極度のストレスが無雲の精神を幼女に戻してしまっていたのです。


「やだって言われてもさぁ、人ひとり死んでるんですよ。頼みますよ~」

「やだもん! 無雲ちゃんやだもん!!」

「仕方ないなぁ。じゃぁ彼氏さんの方にするからいいですよ」


 と、警察すら諦めさせた幼女モード無雲。あらかじめ見せてあった障害者手帳(精神一級)の効果もあってか、警察は無雲をとんちんかんと判断したのでしょう。けっこうな諦めモードに突入してくれましたね。


 そんな感じで警察の事情聴取は終了。手元にはまだ生きているハゼとテナガエビ。


「なんか……死体を見つけた川で釣れた魚を食うってのも気味悪いから、今日はリリースするか」


 おいたんにそう促されて獲物をリリースして、帰り支度をしました。


 帰る途中、現場からちょっと離れた所に雑談おじさんを発見しました。逃げたけど、やっぱり現場が気になるんですね。ちゃっかり見てやがった!

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