(9)

 Subとパートナー契約を結んだDomは、その証としてCollarカラー……すなわち首輪を贈ることが多い。


 私の場合は首輪そのまんまを贈るのには未だに抵抗感があるので、ネックレスを贈っていた。異世界人の場合はそうしてネックレスなどのアクセサリーをCollarの代替とすることが多いらしい。


 もちろん四人も私から贈られた、Collar代わりのネックレスを常に身に着けている。メンテナンスも欠かさず、それを大切にしていることを私は知っていた。くすぐったいが、温かい気持ちになる――。


 ところがある日、ユージンがいつも冷静な彼にしては珍しく、泣きそうな顔をして私の元にやってきた。


 ――ハナコにネックレスを奪われた。


 か細い声でそう告げたユージンの言葉に、そばにいたアダムとエイブラムがぎょっとした顔になる。付き添ってやってきたユーインも、いつもの飄々とした表情はどこへやら、険しい顔つきで双子の兄の背を撫でながら言葉を継ぐ。


「取り返そうと思ったんだけど~……Glareを使われそうになってオレたちじゃどうしようもできなくて。っていうかまたオレとユージンのこと間違えてっていったみたい」

「はあ? ネックレスったって……Collar代わりだって知ってて……?」

「わからない……。けど、ごめんヒメコ……せっかくヒメコがくれたのに……」


 アダムとエイブラムも、華子の行動に言葉も無いといった顔をしつつ、私の様子をうかがうような目をする。


 私は――


「ちょっと華子のところに行ってくる」


 我慢の限界だった。


「え?!」


 四人からおどろきの声が上がるが、それはもう私の背の後ろになっていた。


 ユージンとユーインの前の授業は魔法実践だったので、実践室の近くに華子がいるのではないかと思い、ぐんぐんと走って向かう。途中途中、ぎょっとしたような顔で生徒たちが私を見たが、気にはならなかった。


 実践室の近くに華子がいなければ、聞き込みをすればいい。次の授業に間に合うかなんてどうでもいい。なんだったら、次の授業が始まるタイミングで教室に入ってくるだろう華子を待ち伏せることだってやむなしだ。


 私の頭は熱くなっているどころか、熱さを通り越して冷え切っていた。


 ――華子のことが許せなかった。私の大切なパートナーからCollarを奪い、悲しませたことは、並大抵のことでは許せない。


 こんな激情が己の中で渦巻いていることにおどろきながらも、私は実践室へと向かって走って行く。


 華子にはこれまでもちまちまとした嫌がらせをされていた。と言ってもありもしない噂話を流される程度だったので、まったく相手にもしていなかったが。


 もしかしたらなにも言ってこないのをいいことに、つけ上がったが、あるいは我慢ならなくなって強行手段に出たか……。


 今はどちらでもよかった。どちらであろうと、華子がユージンから私のパートナーである証を奪ったことに変わりはない。


 それは、天地が引っくり返っても許しがたいことだ。


「華子」


 よく見覚えのある華子の背中を見つけて、私は足を止め、彼女の名を呼んだ。


 無防備にこちらを振り返った華子の右手には、ネックレスがある。間違えようもない。私がユージンのために選び、贈った、Collar代わりのネックレス。それを華子が持っていることが、筆舌に尽くしがたいほど許せなかった。


 私は心の隅でその激情に戸惑う。しかし、じきに激情によってその戸惑いも流されて行く。


「あ、あんた! よくもこんな安っぽいCollarモドキでのことを縛れるわね?! わたし、びっくりしちゃった! だってこんなゴミみたいな――」

「――黙れ」


 ユージンとユーインの区別もつかないのに、未だユーインに執着している華子。その事実を突き付けられると、どうにも我慢が利かなかった。


 同時に、私は華子に向かってほとんど無意識のうちにGlareを放っていた。


 私たちを取り囲んでいた野次馬たちが、それを受けて一歩二歩……と外側へと下がり、散って行く。


 加減なし、容赦なしの、私が出せる全開のGlare。


 それを受けた華子は、その場で失神こそしなかったものの、床に向かって嘔吐した。


 苦しそうに胃と胸の辺りを押さえて、真っ青な顔をしてげえげえとえづいている。


 私はそんな哀れな華子の姿を軽蔑の目で見ながら、彼女に近づいた。


 Glareは出しっぱなしだったから、華子の顔は青を通り越して紙のように白くなる。


 でも、どうでもよかった。


 華子の手からネックレスを奪う。幸いにも吐瀉物にはまみれていなかった。華子なんぞの吐瀉物でけがされていたら、なにをしていたかわからないので、これは彼女にとっても幸いなことだろう。


「こ、ころさないれ……」


 いつの間にか鼻からも吐瀉物を流し、涙でぐちゃぐちゃになった汚い顔の華子が命乞いをする。その醜悪さには思わず目を背けたくなる。


 が、私はあえて華子を見続けた。Glareを弱めずに。


 そして言った。


「殺さない。でも一発殴らせて」


 華子が了承の意思を示す前に、私は彼女の頬に拳を打ち入れた。


 華子は今度こそ意識を手放して、床に広がる己が垂れ流した吐瀉物の中に倒れ込んだ。

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