(10)
華子に対する暴力行為はハタから見れば過剰反応だろう。Subに贈ったCollar代わりのネックレスを奪われただけで暴走したのだ。そこへ至るまでには元の世界にいた時からの因縁がかかわっているのだが、そんなことは他人にはわかりはしない。
実際にはDefenseではなかったものの、おおよそそれに近い状態になったのではないか、と養護教諭は告げる。
私はまだDomになってから日が浅く、Subとパートナーになってからも同じ。そんなときにパートナーの証を奪われたことで、「ブチ切れた」のではないか、ということであった。
当然ながら養護教諭は私と華子の元の世界から続く因縁に関しては知らない。ただし学内での華子の言動――私のパートナーにちょっかいをかけていたこと――については承知しているらしく、加害者である私に対しても情を見せてはくれた。
私はと言えば、己がDefenseに近い状態に陥ったことへ――なんだか感慨深い気持ちになっていた。
四人との仲は、打算の上でできていると思っていた。だから、仮に四人が私の元を去りたいと告げたとしても、追うつもりは一切なかった。
四人の幸せを思うなら……とか健気な考えがあってのことではなく、単にそこまで彼らに対する執着心を持ち合わせていなかったから。――と、今の今まで思い込んでいた。
これはDom性の影響もあると思う。Defenceが起こるには「己のSubだ」と思っている大前提が必要となる。だから、Domとなったことでパートナー契約を結んだSubに対して独占欲を抱いていたとしても、それは不思議なことではない。
でも――もしかしたら、ひとかけらくらいの愛情も、あるかもしれない。
情は湧いても本気で愛することはない。私はどこか四人に対してそんな風に思っていたけれど、案外と違ったらしい。
だからなんとなく感慨深くなったのだ。
「フジバヤシさん、聞いていますか?」
しかし養護教諭に水をさされて現実に戻ってくる。
「とにかく、妹さんが悪いのだけれどGlareも使って殴ったのはやりすぎよ。目が覚めたら一言謝っておきなさい」
私はやる気のない返事をした。養護教諭はなにも言わなかったが、代わりとばかりに深いため息をつかれてしまう。
理由はともかくまたしても――前回はユージンの元パートナーとの件だ――教師から叱責を受けてしまった。これでは立派な問題児だろう。私は真面目に生きているのに。腑に落ちない。
「華子に謝れ」と言われたが、謝る気は一切なかった。だが、まあ、まだ二言三言……いや、小一時間くらい彼女には言いたいことがあるので、席を外すと言う養護教諭の言葉にうなずき、私は保健室に残ることにした。
華子はじきに目を覚ました。が、目を覚ましたのが本当に華子なのかどうかはちょっとよくわからなかった。
「わたしが悪かったから殴ったの?」
盛大に嘔吐した影響だからだろうか。まだ顔を青白くさせて、具合の悪そうな表情をした華子が、唐突にそう告げた。
私は華子の言葉に面食らい、次いで目の前にいるのが本当に華子なのかどうか確かめようとした。
華子はこんな殊勝なことは言わないはずだ。彼女が目を覚ませばまた、姉である私が「全部悪い」のだと決めつけてわめくに違いないと思っていた。
しかしいつも目を吊り上げていた印象の華子は、今は憑き物が落ちたかのように、ただの無垢な美少女に見えた。
「悪いことしたやつ以外を殴る趣味はない」
私は大人しい華子の姿を不気味に思いながら答える。
――なんだろう。私に殴られておかしくなってしまったのだろうか?
私の脳裏に到来したのは、また教師に叱責されるのでは、という保身を伴った危機感であった。
華子のことは心底どうでもいいので、そういう考えになる。
「なんで急に?」
こちらから質問をするのはできれば避けたかったが、豹変した華子に対する好奇心もあって彼女に問うた。
華子はごく普通の目で私を見た。そんな目は、十何年も前に少しのあいだだけ見たことがある気がする。いつの間にか華子が私を見る目は、軽蔑にまみれるようになっていた。
けれどもなぜだか――今は違う。
「だって……パパとママもそう言ってたから」
私は衝撃を受けた。しかも、かなりの。
「は? 殴られたってこと? あいつら――親に?」
しどろもどろになりながら私が問うと、華子は眉間に軽くシワを寄せたあと、小さくうなずいた。
……これで合点がいった。
なぜ華子がこちらに拉致されたのか、ずっと……というほど考えていたわけではないが、疑問に思っていたことは確か。
こちらの世界へ拉致してくる異世界人の条件は、「異世界へ行きたい」と思っている人間だ。つまり、現状に満足していない、現実から逃避したいと思っている人間を選りすぐって拉致している。そのほうがアフターケアが楽だからだろう。
両親に「蝶よ花よ」と際限なく甘やかされ、愛されている華子が、なぜその条件に合致したのかは謎だった。
しかしその疑問は、たった今氷解した。
――まあ、さもありなん、だな。
両親はとことん弱い者いじめが好きなのだろう。どこまでも腐っているのだ。今さら私というサンドバッグがない生活が送れなかったのか、今度は華子を標的にするようになった……ということなのだろう。
外面は良く、家庭内ではその鬱憤を晴らすかのように暴君と化す両親。恐らくは私をサンドバッグにしてストレスを解消していたのだろう。しかし、そんなサンドバッグが突然いなくなってしまった。
だが今さらサンドバッグなしの生活には戻れない。だから、華子を……。
……私にはまったく理解しがたい思考回路である。
華子は両親の話が呼び水になったかのように、なぜユージン――彼女はユーインだと思っていた――に執着し、挙句Collar代わりのネックレスを奪ったのか話し出した。
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