(4)

「人は見かけによらず」と言えば華子もそうだ。私と違って、華子は両親の顔のうち、いいパーツをバランス良く受け継いだ美少女だった。こういうのも、「トンビがタカを生む」というのだろうか?


 とにかく両親は赤子のころから愛らしかった華子を可愛がっていた。それも、「猫可愛がり」といった調子だったから、華子はこの世の中心は己だと思っているような残念な子になってしまった。


 華子は私よりひとつ下だから、今年で一七歳になる。つまり、一七年間両親からのおかしな教育――というか「優しい虐待」――を受けてきたわけで。


 そんな中で育まれた価値観は、異世界に拉致されたごときでは変わらないらしかった。


 異世界へやってきても、華子は華子のまま。相変わらず実の姉である私は軽蔑すべき存在であり、ドアマットのように踏みつけて、サンドバッグのように叩いても問題のない存在だと思っている。


 昔は私もそんな風に扱われるのは、己になにか落ち度があるからだと思っていた。まったくそんなことはないと気づくのには時間がかかった。それでもいい大人になる前に目覚められたのは僥倖と言うべきだろう。


 気づいてからは家族におもねるのをやめた。びくびくと顔色をうかがうこともしなくなった。そんなことはすべて無駄だと気付いた。そして家を出て家族と縁を切るための下調べを始めた。


 結局、私は拉致されるという形であの家からは解放された。


 それでも華子の価値観が変わらなかったように、私も真人間にはなれなかった。


 華子が私を「悪女だ」と言っても、心は動かなかったが……私が悪女であることは事実だ。


 なぜならば私は打算で四人の男子生徒と付き合っている。将来有望な魔法使い――今は見習いだが――のパートナーとして、養ってもらう気満々でいるのだから、これは悪女だろう。


 Dom性に「変換」された際に私も魔法は使えるようになったが、ハッキリ言ってパッとしない。座学では成績上位に食い込めるものの、魔法の実践では下から数えたほうが早いという有様だった。


 それを自覚したとき、私はあっさりと魔法で身を立てる道をあきらめた。そしてだれか有望なSubの魔法使いの人生に乗っかって、悠々自適な生活を送ろうと決めた。


 もちろんそんなことはだれにも言ったことがない。私はDomとして、Subのパートナーとして理想的に――演じて――振舞っているので、むしろ評判はいいくらいだった。


 私はそうやってせっせとSubのパートナーたちに奉仕している。すべては私の安寧たる未来のため。


 だから私をゴミカスだと思っている上、そういう扱いを隠そうともしない華子の相手なんぞしている暇はない。私のことなんて放っておいて、華子は華子で幸せを追求すればいい。華子には恨み骨髄だが、積極的に復讐する気はない。


 しかしそんな私の神妙な気持ちは、残念ながら華子には伝わっていないらしい。


「わたしがその鬼畜でフケツな女から助けてあげる!」


 どこまでも上から目線で、的外れな華子のセリフに、思わず吹き出しそうになる。


 場所は例によって学園の渡り廊下。そのど真ん中にやはり弁慶のごとく立ちふさがって、鼻息荒く華子は宣言する。


 その横を通り過ぎて行く生徒たちは好奇の視線を向けたり、あるいは迷惑そうに見たり、またはまったく目を向けずに速足で廊下を行く。


 だれも華子の言葉に耳を貸してやろうという暇人はいない。私だって暇ではない。次は実践室で魔法の授業がある。華子にかまっている余裕はない。


「またきたよ……」


 私の右隣にいたアダムが呆れた目で華子を見る。


「いつもひとりだよね。友達いないのかな?」


 アダムの隣に立つエイブラムが辛辣な言葉を口にする。


 友達……いないだろうな、と私は思った。今までに華子が家に友達を連れてきたところなんて一度も見たことがなかったし、一緒に遊びに行くというような話も聞いたことはなかった。


 なにせ己が世界の中心だと思っているような、残念な子なのだ。華子は、明らかに同性からは嫌われるタイプの人間だった。


 彼氏がいたことはあるようだが、華子のワガママぶりに恐れをなして逃げていったという話を耳にしたことがある。


 華子からすればそんな男は己にふさわしくない、根性のない人間らしいが、彼女のワガママに最後まで付き合えるのは両親くらいしかいないと私は思っている。


「ユージンとユーインは遭うの初めてだっけ?」

「いいや、初対面じゃないね」

「あれ? そうなの?」

「まあね」


 私の左隣に立つユージンとユーインは、まったく同じ顔をアダムに向ける。ユージンとユーインは一卵性双生児である。しばしば行動がシンクロするのはそれゆえかはわからないが、よくあることだった。


「彼女、僕とユーインの区別がついていないみたいで」

「間違ってアプローチされちゃったりとか?」

「まあ、そう。僕もユーインも話しかけられたけれど、言っていることが通じないときがあるし、あとで擦り合わせてみたらごっちゃになっているのかなと」


 ユージンとユーインの区別をつけるのは難しいことではない。ただし、このふたりはふざけてたまに入れ替わっているので、それを見破るのは至難の業であった。


 ふたりの区別がつかないのは、華子が特別バカだからとかではないとは思う。私だって最初のうちはそうやって入れ替わってからかわれたこともあって、混乱した。今はもう、騙されることはないが。


 ……などと思い出にふけっていたところに、ユージンが爆弾を投げ込む。


「そうだ、聞いてくださいよヒメコ。ユーインのやつ、彼女に胸のピアスを触らせたんですよ」

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