(5)

 ……華子が私を指して「鬼畜でフケツな女」と言ったのにはこういう理由があったのだな、と私は瞬時に察した。


「あっ、言うなよな、ユージン」


 ユーインはそう言ったものの、あせっている様子はひとつもない。


 それはそうだろう。ユーインは私のパートナーである四人の中で、かなりSubとしての欲求が強く、またその欲求のうち「虐げられたい」という欲望の比率が高いのだ。


 もちろんその「虐げられたい」というのは、Playの最中での話であって、パートナーでもない見知らぬ他人に対してはそういった欲求を抱いているわけではないとは断っておく。


 とにかくユーインはかなりのマゾヒストで、Playも他の三人よりもハードなものを好む。


 最初に知ったときはさすがに私も面食らったものの、今では割と慣れてきてしまっているのが恐ろしい。


 ユーインの「胸のピアス」というのは、彼の乳首につけたピアスのことだろう。ピアシングをしたのは他でもない私自身であったが、そのことは他の三人も承知している。


 なぜ知っているのかと言えば、ユーインがうれしそうに語るからだ。私はひとによっては引かれるだろうと、一度として口にしたことはないが、三人が既知であるのはそういう理由があるわけだ。


 そんなこんなで私がピアシングをした乳首に、ユーインはピアスをつけている。それも私が選んだものだが、金を出したのはユーインだ。私には今のところ自由にできるお金がそうそうないので、そういう形になった。


 そんな繊細な箇所を華子に触らせたとはどういうことなのだろうか。


 ひとによっては怒るべきところなのだろうが、私は困惑して頭に手をやる。


「……どういう経緯でそんなことに?」


 それはアダムとエイブラムも聞きたかったのだろう。少し呆れた視線を、悪びれもしないユーインに向ける。


 ユーインはにっこりと笑ってこともなげに言う。


「あんまりにしつこいからさあ……オレにはもう“イイひと”がいるんだよって意味で。触らせちゃった。服の上からね。正直手っ取り早く見せつけたかったけど、さすがにそれをしたらセクハラになるかなって……。へへ」

「『へへ』じゃないよ。触らせるのも普通にセクハラでしょ……」

「まず先にハラスメントしたのは彼女だと思いますけどね」


 ユージンがそう助け舟になっているのかいないのか、よくわからない言葉を口にするが、当のユーインは相変わらず悪びれた様子はない。


 そんな双子を見て、私は大きなため息をつくことしかできなかった。


「だから『鬼畜』とか言ってるんだ?」


 アダムもようやく華子のセリフを理解したらしく、疑問が氷解したという表情を作る。


「『鬼畜』じゃないよね~? ヒメコは優しくピアシングしてくれたし」

「ピアシングって優しくできるものなの……?」


 マイペースなユーインに、エイブラムは疑わしげな視線を向ける。


 なぜだか和気あいあいとした空気になりつつあったので、私は半ば忘れかけていた華子に視線を向けた。


 華子は――怒り心頭といった様子だった。それはそうだろう。彼女は己が世界の中心だと思い込んでいる。無視されることは、彼女にとってはかなり許しがたいことだろう。


 このときの私は、華子が怒ってもなにも怖いことはないと思っていた。


 なぜなら私は身長が一八〇センチメートルある上、毎日走り込みと筋トレを欠かしていない。そこらへんのヒョロい男ならば、張り手で黙らせることができるくらいには力もあった。


 対する華子は正確な身長は知らないが、私よりもずっと低い。同年代の平均身長程度はあるだろうが、偏食ゆえに体は細く心もとない。私だったら張り手一発で吹っ飛ばせる自信があった。


 しかし――この世界には魔法がある。一般人Usualであれば使えないが、それ以外の性別であれば使えるもの――それが魔法。


 当然、異世界へ拉致された際に「変換」され、学園に生徒として通っている華子は一般人Usualではないことが確定している。つまり……華子も魔法が使える。


 私はそのことを完全に失念してしまっていた。


「※※※※※※※※※※※※~~~~~~!!!」


 華子が唸った。なにを叫んでいるのかはさっぱりわからなかったので、そう形容するしかなかった。


 彼女の眼前にテニスボール大の火球が現れる。その熱気と明かりに気を取られているあいだに、ぐんぐんと火球は私へと迫る。


 しかし私挟むように立つ四人がそれぞれ、防衛魔法を放ち、水魔法を使い、拘束魔法を飛ばして、私を壁側へと避難させる――ということを、息もぴったりにやってのけたので、こちらに怪我は一切なかった。


「うわ、あっぶな」


 軽い調子でユーインは言ったものの、その目は完全に据わっていた。それは他の三人も同じで、Domが放てる威圧の気配ほどではないにしても、じゅうぶん殺気がこもっていた。

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