(6)

「ありがと、みんな……。びっくりした」

「ヒメコは大丈夫?」

「みんなのお陰でね」


 まさかあそこで魔法を打ってくるとは夢にも思っていなかった私は、恐らく今は面食らった顔をしているだろう。


 魔法を使ってくる可能性がまったく頭になかったのは、基本的にこの学園の生徒は授業外での魔法の使用を禁じられているからだった。たとえば、人命救助などの緊急事態や、やむをえない事情がある場合にしか授業外で魔法を使えないのである。


 頭に血が上ったのだろうが、華子がそれを易々と破ってくるとは思いもしなかったのだ。


 ユージンに引っ張られ、彼の後ろに隠されたものの、四人の中では私が一番背が高いので、イマイチ隠れられてはいないと思う。それでも私を守るように立ちふさがってくれる四人の姿を見ていると、ガラにもなくなにか込み上げてくるものがあった。


「なによこれっ! Domのわたしにこんなことしていいと思ってるのっ?!」


 エイブラムの拘束魔法をマトモに食らった華子は、じたじたとその場で暴れることしかできない。


 そんな中でも口だけは達者に動いてノンストップでわめき続けるので、「沈黙魔法をかければよかった……」というエイブラムのつぶやきに、私は大きくうなずいてしまいそうになる。


「Subにこんなことさせるなんてっ! このクズ! 卑怯者ーっ!」

「……あなたにだけは言われたくないんだけど……」


「『悪口は自己紹介』の法則」そんな言葉が私の脳裏をよぎって行った。


 しかしそんなことを華子に語ったところで、自分の聞きたい話しか脳みそに通さない彼女には届かないだろう。それがよくわかっているからこそ、私は大きなため息をつくにとどめる。


 華子に滔々と常識を語ったところで無駄である、ということを私はすでに学習済みだ。これ以上無駄な時間を華子のために割いてやる義理はないだろう。


 たしかに私たちは家族ではあるのだが、そこで絆みたいなものを育んではこなかった。よって私が華子のためになにかをしてやる義理はない。


 華子はそれでもわめき続ける。私が反応しようがしまいが、彼女が落ち着くか、満足するまでそれが止まらないことを知っているので、放置する。


 集まってきた野次馬たちは好奇の目を華子に向けている。この様子であればじき教師が駆けつけてくるだろう。華子はそのときに引き渡せばいい。それから、三人が授業外で魔法を使ってしまったことに対して申し開きをしなければ――。


 私は華子から見当違いな罵倒の言葉をちょうだいするのに慣れていた。


 けれども四人はそうではなかったようだ。まあ当たり前だろう。世の中の大半の人間は、華子よりもマシな脳みそを持っているのだから、私が的外れな面罵をされる機会は早々ない。


「君ってオレのこと好きなの?」


 どちらかといえばふざけていることが多いユーインが、いつになく真剣な顔つきで華子を見下ろしている。


 都合のいい話しか聞かない華子も、このときばかりは異性として惹かれているらしいユーインの言葉が脳みそに届いたようだった。


「あっ、助けてよユーイン! このわたしがこんなひどいことされるなんておかしいと思わない?!」

「思わないかな~」

「なんでよ! わたしに優しくしてくれたじゃない!」

「覚えてないや」

「なんで!」

「だってどうでもいいから」


 普通の神経を持つ人間であれば、思い人のそんな言葉を聞けば意気消沈して黙り込んでしまうこともあるだろう。


 けれども華子はまったくめげない。そのタフネスぶりは、マネをしたいようなしたくないような、見る者を複雑な気持ちにさせる。


 華子はユーインの言葉を超解釈してその口からアウトプットする。


「あの女に言わされてるんでしょ? あの女はDomだから言うこと聞いてるだけでしょ?! わたしならそんなことさせないよ? ねえ、ユーイン……」


 可愛らしい声で理解の範疇を超えた言葉を吐き出す華子の電波は、こちらの脳みそに突き刺さって汚染されそうな気さえしてくるのだから、これはもう一種の才能と言ってもいいかもしれない。


 華子から媚びた目を向けられても、ユーインは動じた様子はない。それどころか殺気立っている雰囲気すらあった。目の前にいる華子はなぜ気づかないのだろう。あるいは、気づいてもどうでもいいと思っているのだろうか。


「あのね、もしオレに魅力を感じているんだとしたらさ、それは全部ヒメコのお陰だから」


 ユーインは静かな声で語る。


「オレは身も心もヒメコに捧げてる。ヒメコはそれに応えてくれる。だからオレもヒメコに心身を委ねられる。……一方的に他人を罵って、それでなにも感じていない君みたいなDomは――死んでもお断りだ」


 私はまた面食らった。


 ユーインは飄々としていて、彼の双子の兄であるユージンほど、私にはべったりとはしていない。四人の中では最もハードなPlayを好むが、それはイコール私に心を開いている、というわけではないと思っていた。


 ハードなPlayをする信頼関係はあるけれども、そこには情熱的な感情は存在しない……。


 けれども、どうも、実際は違ったらしい。


「いいこと言うじゃん」


 ユーインが他の三人よりも冷めている、という認識は私以外にもあったのか、アダムが少々からかうような含みを持たせた言葉をかける。


 けれどもそこはさすがのユーイン。恥ずかしがるそぶりすら見せず言い切る。


「当たり前のこともわからないやつに、当たり前のことを言っただけだよ」


 意外と一本芯が通っていたらしいユーインを見て、私は彼に対する認識を少しだけ改めた。

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