(7)
ユーインの言葉がどれほど華子に響いたかわからない。
ショックを受けているのか、茫然としている華子は、私の予想通り騒ぎを聞きつけてやってきた教師に連れられてどこかへ行ってしまった。
行き先は恐らく職員室だろう。授業外で魔法を使い、しかも他人を害そうとしたのは明らかなのだから、罰則は免れまい。退学にはならないだろうが、停学くらいにはなる可能性はあるに違いない。
私を守るために魔法を使った三人はお咎めなしに終わりそうだ。目撃者も多かったのが幸いした。それでも「わかっているとは思うけど」と口頭で注意を受けることにはなったが。
「結局、彼女とはどういう関係なの?」
嵐のような出来事が過ぎ去り、お昼のカフェテラス。そんな疑問が四人の中から出てくるのは、当然の成り行きだった。
私はできるだけ感情を込めず、端的に答える。
「妹」
「えっ」
意外そうな声を上げたのはアダムだけだったが、四人ともが少々面食らった顔をする。
なにやら因縁がありそうなことくらいは、先ほどのやり取りではわかっただろうが、その相手が実の妹であるということは、彼らからすると結構意外なことらしかった。
それはそうかもしれない。アダムとエイブラム、ユージンとユーインはそれぞれ血の繋がりがあるわけだが、基本仲が良い。だからこそ、実の姉妹であれほどまでに衝突する姿は、彼らにとっては死角みたいなものなのだろう。
さすがに「家族であれば、血の繋がりがあれば仲良くできる」などという幻想は抱いてはいないだろうが、兄弟仲が良い彼らからすれば、私と華子の関係は意外性があったとしても不思議ではない。
「ずいぶんと仲が悪いんですね」
「世の中にはそういう姉妹もいるでしょ?」
ユージンの言葉に、私はお茶を濁す。アダムとエイブラム――特にエイブラムは納得がいかないらしい。
「……と言うには随分と激しかったけれど」
「ヒメコが言いたくないならそれでもいいけど~。でもオレたちもあの……妹さん? に近づかない理由が欲しいかな」
「ユーイン、万が一にもあの女に傾く確率があるのか?」
「ないけど。――あとさ、ヒメコのことをもっと知りたいっていうのは、ある」
「まあヒメコってあんまり自分のこと話さないしなー」
畳みかけるような四人の言葉に、私は気おされそうになる。
「私はおもしろい身の上話なんかできないからさ」
私のパートナー同士として、四人ともがそれなりに仲が良いとは思っている。それでもこんなにも息が合うことは珍しい。
Sub間の相性を考えて兄弟同士で仲が良さそうなこの四人を選んだのは私だ。同じDomのパートナーを持つSub間の相性の調整で……手が抜けるのではないかと、打算的に考えてこの四人を受け入れた。
しかしその予想は少々外れた。血の繋がりがあるからと言って、一事が万事上手く行くはずもない。ときたまバチバチに火花を散らせることもあって、結局そういう調整は私が間に入ってやらなければならないのだった。
そんな四人が呼吸もぴったりに迫ってくる。これは、大変な恐怖であった。しかし冷や汗が流れると同時に、いつもこれくらい仲良くしてくれれば……と思わなくもない。
私は四人の迫力に観念して、華子との因縁――というか、恨みを話し出した。
「彼女は私が嫌いなんだよ。私たちの両親の影響でね。私のことをドアマットやサンドバッグなんかと勘違いしてるってわけ」
ただし淡々と語ることを意識した。感情を込めてもおもしろい話ではなかったし、私自身、異世界に来てまでこんな過去に感情を揺り動かされたり、振り回されたくないという思いもあった。
「あ、血の繋がりはしっかりあるよ。父親も母親も同じ。でもその両親がまあ……クソでね。昔は私を溺愛していたんだけれど、あとから生まれた妹のほうが可愛くて、私のことがいらなくなったんだと思う。まあ……色々とされたよ。叩かれたり、ひとりだけ食事が貧相だったりね。彼女はそれをマネしているだけ……うーん、『だけ』っていうにはもう結構いい年齢だけど、まあ、両親にスポイルされたのは確かだから、そういう点では可哀そうかなって思うけど。で、まあ、中学生くらいから背が伸びだして叩かれたら反撃できるようになったんだよね。そこで暴力はなくなったけど、罵倒してくるのは家に三人もいるから鬱陶しかったな。で、まあ、家を出る計画を立ててたときに
私は、私自身の過ぎた不幸を語っても仕方がないと思っている。他人に話すことで傷を癒せる場合もあるだろうが、今の私はもう完全に
四人は私の話が思ったよりもヘビーだったのか、唖然としている。四人は家族との仲は良好らしいので、異邦の話に聞こえたかもしれない。
「今はどうでもいいと思っているから気にしないで」
「どうでもよくないけど……ヒメコが言うなら……」
「妹は両親の尻馬に乗ってただけっていうのもあるし、ほら、さっき見た通り残念な感じに育っちゃったからさ。むしろ私があの立場にならなくてよかったーって思ってる」
それは強がりではなく本心だ。
してはいけないこと、悪いこと、危ないもの。世の中にはそういうものはたくさんあるが、華子はそのどれもを両親から教わらずに育ってしまった。それは華子にとっては不幸に違いない。彼女は、その不幸すら理解できない。それがいいことなのかまでは、今の私にはわからなかった。
「彼女のこと、『許せない』って思った?」
四人はうなずいた。
「そう思ってくれるだけでじゅうぶんだよ。これ以上、彼女にかかわってもいいことはないだろうから、無視推奨で」
私がそう言うと、四人は納得してはいない顔をしながらも、しかしこちらの意思を尊重してくれるのだった。
私にとっては、それがなによりもありがたい。あの生まれ育った家の中でそうやって私を尊重してくれる人間はいなかったから。
「ありがとうね」
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