(8)

「彼女、絶対ユージンの前カノみたいなタイプだって」

「……確かにパートナーだったけれど、恋人ではなかった」


 からかうような調子のユーインのセリフに、ユージンが訂正を入れる。


 ユーインの言葉に、私はユージンの前のパートナーだった美少女の顔を思い浮かべる。残念ながら、名前は出てこない。


 ただものすごい美少女だったことは覚えている。それこそ、華子なんかメじゃないほどのきらびやかな美少女だった。


「名前なんだっけ? ここまで出てきてるんだけど……うーん」

「思い出さなくていいです」


 ユージンとしては前のパートナーとのいざこざは黒歴史みたいなものらしい。


 ユージンの前の「パートナー」と呼ぶのだから、彼女はDomだった。だが決してふたりは愛し合う恋人同士というわけではなかった。


 そういったことは別に珍しくもない。DomとSubがパートナー契約を結んでいるからといって、両者の間に恋愛感情があるパターンがすべてではないのだ。


 両者の同意に基づき、互いの欲求を発散させるためだけの契約。世の中にはそういうものもある。


 DomとSubの欲求は、薬で抑えられはしてもPlayでしか解消させることは出来ないのだ。


 ユージンと彼女がどういった経緯でパートナー契約を結んだのか、私は詳細を知らない。


 パートナー契約を破棄した今となってはユージンとしては思い出したくもないらしく、彼の口から語られたことはなかった。


 しかし漏れ聞くに彼女は始めは優しい顔をしていたらしかった。ユーインにもパートナー契約を結ばないかと持ちかけたこともあるとは、ユーイン本人の口から聞いたことがある。


 そのときは、「なんとなく気が乗らなかったから」という理由でユーインはその誘いを受けなかったらしいのだが、それはまったく正解だった。


 ふたりは一卵性双生児だが、どうもユージンよりも、ユーインのほうが動物的直感には優れているようだ。


 その彼女は確かに優しい顔をしていて、確かに最初は優しかった。けれども次第にユージンが望まないようなPlayを強行したり、ユージンがそのことを彼女に抗議すると、Glareグレアでいたぶるようなマネをするようになった。


 Glareとは、Domだけが使える眼力のような、相手を威圧できる特殊能力のようなものだ。それを受けたSubは怯え、精神的ショックを受ける。もちろんSub以外も程度の差はあれど威圧される。


 Domが発するGlareを跳ね除けるのは容易なことではないが、当人よりも強いDomの場合はその限りではない。……私はその「強いDom」の定義がよくわからないのだが、そういうものらしい。


 よってGlareはみだりに使っていいものではない――と私は教わっていた。


 パートナーにPlayを無理強いされている。そんなユージンのことを知って、助けたのは、ユーインに頼まれたからだった。


 ユーインとはそもそも一時の「お相手」を勤めて顔見知りになったという経緯がある。


 薬でも抑えられないほどの強い欲求と、ハードなPlayを求めるユーイン。そんなユーインと保健室でPlayをしたのは内申点を上げるためだった。


 そう、パートナーのいないSubとPlayをして「あげる」ことで内申点がもらえるのだ。


 魔法の実践試験がどうあがいても赤点確実であった私は、教師陣の心証を良くするためにも進んでユーインの一時的なパートナーを買って出たわけであった。


 美少年に鞭打ちをしてもらえる内申点……。語弊はないが、なんとなく腑に落ちない気持ちにはなる。しかし背に腹は代えられない。


 さすがの私も自制してPlayは性交渉にまでは発展しなかったものの、ユーインのソレがしっかり元気になったことは覚えている。


 ユーインもそのときばかりは私に頼みはしなかったものの、ずいぶんと熱っぽい目で見られたものだ。自制心を強く持って、知らないフリに努めたが。


 そしてPlay後のスッキリとした気分の中で、ユーインは私に双子の兄――ユージンの話を持ちかけたのだ。


「ねえお願い! ユージンとあの女を別れさせて!」

「……そのユージンって子が酷い目に遭わされているのはわかったし、助けられるなら助けてあげたいけど……どうやって?」

「略奪して♡」

「……はい?」


 家庭内で虐待を受けていた身としては、ユーインの語るユージンの話が事実であれば放って置くのは寝覚めが悪いと思った。


 けれどもそのユージンを助けるためには、本人が「助けて欲しい」とこちらに求めてこなくてはお話にならない。


 しかしそういうことは流石にユーインもわかっていた。わかっていた上で「略奪して♡」と言ってきたわけである。見た目は儚げな美少年だが、中身はとんでもない。


 だが結局私は略奪――というほどではないにしても、その彼女からユージンを奪ってパートナー契約を結んだ。


「助けて」


 ――と、現状を変えたいのかどうしたいのか当のユージンに問うて、そう返ってきたのに見捨てては女が廃る。


 直接、当時ユージンのパートナーだった彼女が彼に暴力を振るう場面を見てしまったことも、その気持ちを強くした一因であった。


 そのときに私は初めてGlareを使った。学園に入る前の、異世界人のDomを集めた講習会で使い方は学んでいたが、実際に使ったのはこのときが初めてだった。


 しかしそれはとっさの防衛反応とでも言うべき形で発せられた。彼女が容赦なくGlareを使ってきたので、私も応戦したのだ。


 その結果、彼女は顔を青くしてその場にへたりこんでしまった。それどころか様子を見ていた他の生徒たちにまで被害が及んでしまうほどであった。


 初めてGlareを使った私は、どうも自分はDomの中ではそれなりに強いほうであるらしいと自覚するに至ったわけである。


 もちろん私は怒られた。彼女のほうが先にGlareを使ったので、罰則こそ与えられなかったものの、生徒たちにはうっすらと畏怖されて遠巻きにされるようになってしまった。


 ユージンのようなケースは決して珍しいものではない。本来であればDomとSubは対等だ。けれどもDomのほうが数が少なく、Subの性質も相まって、彼女のようにパートナーのSubを虐げるというケースはままあり得るのだった。


 そしてなんやかんやあってユージンとパートナー契約を結び、ついでにユーインを誘えば彼も契約をしてくれた。


 そうして今に至る、というわけである。


 ユージンはしばらくはPlayをするときもパニックになりかけたり、Sub dropに落ちかけたりしたものの、今ではすっかり落ち着いている。


 こうして、ユーインのからかい口調にも冷静に対応できるようになっているのを見ると、あのとき面倒くさがったりしなくてよかったなと思うのであった。

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