10 12時発、1時着。

 暗青色の空から、どこからともなく汽笛が聞こえ、そちらに目を向けると、遥か成層圏の彼方から、機関車が空をひた走っていた。


 宇宙各地をつなぐ、銀河鉄道。


 それが今、またこの星にもやって来た。

 赤毛の少年はしばらくじっと銀河鉄道がこの星のステーションに向かって降りてくるのを見つめていたが、やがて、ぽつりと洩らした。


「……それって、どういうこと?」




 ゼピュロス星域会戦が終結して数日後。

 惑星ノイエ・アップフェルラントにて。


 かつて、ヴェスパー・ファン・シュミット扮する黒髪の車掌と共に、銀河鉄道に搭乗した金髪と赤毛の少年は、その銀河鉄道の駅前の広場で、コーヒー片手に身の上話をしていた。

 金髪の姉は、惑星カルパチアで貰った薬で快方に向かい、今では普通に日常生活を送ることができるレベルにまで到達していた。

 それを見た金髪の父は一念発起して酒を断ち、定職にかずにいるふらふらとした生活を止めようと、再就職に躍起になっていた。

 その再就職活動は決して楽ではなかったが、ひとつの成果を見た。

 惑星カルパチアへの入植である。


「……それって、どういうこと?」


 こうして、冒頭の赤毛の発言につながる。

 金髪はコーヒーを啜ってから、はっきりと結論を告げた。


「僕たち一家は、もうすぐカルパチアへ入植、つまり引っ越す。姉さんの薬も、ピアチェンツァ共和国のであれば、不自由することは無いし」


「そうか……」


 赤毛は端末を操作して、ピアチェンツァの大使であるヴィットーリオ・エマヌエーレ・ヴィネッティが、「I want you」のポスターみたいな感じで、入植者を募集している動画を見た。

 ウェイの国内情勢は混迷を極めており、ヴィットーリオ・エマヌエーレが国民に対してこのような真似をしても、誰も咎める者はいなかった。

 そしてピアチェンツァ本国も、この際本格的にカルパチアを開拓し開発し、同星がピアチェンツァのものである、ということをアピールする心算であった。

 むろん、元首ドゥージェカテリーナによる、社会情勢安定や、ウェイの市民の亡命先の提供といった思惑もある。


「どうだ? いっそのこと、カルパチアへ一緒に行かないか?」


 金髪は、赤毛の家も決して裕福でないことを知っている。赤毛の父は、混迷極めるウェイの政府に務める役人であるが、先王晩年期の粛清の嵐の再現か、とささやかれる昨今の「処罰」の濫用に、身の振り方を考えていると聞く。


「う~ん……」


 赤毛が何気なく端末を見ていると、動画の後に、カルパチアの入植者の中で、現地の行政事務を担う人を募集している、という記事が出て来た。

 お、と赤毛がその記事を読もうとすると、金髪がおい見ろと言った。


 金髪が指差す先に、広場に若い男女が歩いて来る姿があった。


 男の方は、人参色の髪の毛をしており、女の方を、そして周囲の方を気にしながら歩いている。

 女の方は、にこにこと微笑みながら、その長いプラチナブロンドの髪を揺らして歩いていた。


 やがて男と、金髪の目が合った。


「あっ、少年!」


「あっ、シュミットさ……もが」


 最後のあたりは、金髪が赤毛に口を塞がれたためである。金髪が抗議の眼差しを向けるが、赤毛が女の人の方を見ろ、と目で答えた。


「……銀河鉄道での一別以来だな、じゃない、以来ね。久しぶりだ……久しぶりじゃない」


 女――パルテルミット・シギディンは、たどたどしいながらも、軍人口調から、普通の町娘の口調に変えようと努めていた。その様子に不安そうに見る男――ヴェスパー・ファン・シュミットは、気が気でないようだ。

 パルテルミットはまるで街行く女性のように、普通のブラウスとスカートを身につけている。

 一見、これが宇宙艦隊の指揮官かとは気づかれないレベルの変貌だが、それでもヴェスパーは警戒を怠らなかった。


「どうして――」


 金髪がそう言うと、珍しいことにパルテルミットはわくわくと言った感じで腕を振りながら、よくぞ聞いてくれたとばかりに、破顔した。


「実はな――何? いいだろう、この二人なら大丈夫。この二人を巻き込んだのは貴男だ、いや、あんたでしょ」


 口を尖らす彼女は、もうこの場に金髪の姉がいたら、ふたりでいつまでもおしゃべりをしてしまうくらいんじゃないかと思うくらい、ぺらぺらと話し始めた。

 ヴェスパーは顔を覆ったが、やがて諦めたように端末を操作し出した。


「いや、わたしももう終わりかと思っていたんだ、じゃない、思っていたの。牢屋ではなく、さすがにらしく、宮中の一室に閉じ込められて――」


 ウェイの王妃は、パルテルミット・シギディンが参内したところ捉えたが、即座に殺すことはためらわれた。パルテルミットは軍中に名高い提督、即座に死を賜っては、副官のハリエット・ミュンスターら軍の反発も予想された。

 そこで王妃は、とりあえずパルテルミットを宮廷内に軟禁し、やがて折りを見て、「叛乱を企図した」と理由をつけて、処刑するという方法を選んだ。


「ところがだ――」


 パルテルミットは、もう可笑おかしくてたまらないといった感じで、お腹を押さえて笑いをこらえていた。

 隣のヴェスパーは、苦虫を何千匹も噛み潰したような、そんなしかめ面をしていた。


「ある夜――いつも食事を持ってくる女官とはちがう女官が来たんだ。たしか……ユイリン玉鈴だっけ? ぷっくく……なかなかので、『彼女』はこう言うんだ……『一夜のお情けを頂戴しにあがりました』、と……」


「おい、そんなこと言ってないぞ。いたいけな少年たちに何てこと言うんだ」


 冗談冗談と笑うパルテルミットと、怒り心頭といった感じのヴェスパーに、金髪と赤毛は、ユイリンなるの正体を悟った。


「まあ、誰とは言わんが、この男が『謎の女官ユイリン』だったわけだが」


「言ってるじゃないか!」


「うるさいな……こんな感じに振る舞えと言ったのは、貴殿、じゃない、あんたでしょ。その方がバレないからとか言って……まあいい、それでとりあえず服を脱げとか言われて……」


「だから、そういうことはいいから……」


 なげくヴェスパーをしり目に、パルテルミットは話のつづきを語った。

 ヴェスパーが持ってきた女官の服に着替えたパルテルミットは、着替えている最中にヴェスパーが書き換えた端末を手に取り、二人でウェイの宮中から脱出した。

 パルテルミットのIDは、女官ファ・ムーラン花木蘭に上書きされており、それでこのノイエ・アップフェルラントまで、ノーチェックで辿り着いたというわけである。



連合艦隊司令官ポデスタを退任し、ウェイの首都クンロンまで来たら、ヴィットーリオ・エマヌエーレの兄貴が待ち構えていたんだ」


 金髪と赤毛の視線を浴びて、ヴェスパーはそう述懐した。

 ヴィットーリオは、無言でヴェスパーを大使館まで引きずって行き、パルテルミット救出に来たことを白状させた。

 ヴィットーリオは、「それでこそわが義弟おとうとだ」と珍しくヴェスパーを褒め、それから、協力するからとにかく無謀な事だけはやめろ、と説得してきた。

 長年、「兄」としてヴェスパーを見て来たヴィットーリオには、ヴェスパーがウェイの宮廷に突入するつもりであることが、分かっていた。


 そこでヴェスパーは作戦を考えた。ヴィットーリオはそれに何点か修正を施した上で了承し、早速に行動した。

 まず、ウェイの丞相を釣った。


ウェイの丞相は王妃の父親、でも今、『仮の王位』にいる王妃は直接的に王家の血を引いていない。だから、共和国ピアチェンツァのバックアップが欲しくないか、と釣った」


 メフィストフェレスさながらの弁舌で、ヴィットーリオはさらに、ウェイの丞相を通じて、女官の服をふたつ、そしてIDもふたつ入手した。


「……あとはそちらのシギディンさん、じゃないムーランの言ったとおりさ」


 ヴェスパーは肩をすくめた。

 隣のパルテルミット・シギディンは満面の笑みである。


「ファ・ムーラン、気に入った。今さらIDの書き換えも面倒くさいし、今後、わたしはファ・ムーランとしよう」


「何でもいいけど、そろそろ銀河鉄道が来る頃じゃないのか」


 ヴェスパーが広場の大時計を見上げると、ちょうどその視線の先に、ノイエ・アップフェルラント駅に銀河鉄道が上空から降りてくる――到着する姿が見えた。

 銀河鉄道から、車掌が出て来て、「お待たせしました。乗客の方は、どうぞお乗りくださ~い」と声を上げた。

 その車掌は女性だった。

 それを見たパルテルミット・シギディン――ではなく、以後はファ・ムーランと記そう――は驚く。


「ハリエット? ハリエット・ミュンスター中尉?」


 車掌は頭を掻きながら、ムーランに頭を下げた。


「ご無沙汰しております、提督……ではなさそうですね。今はわたしも中尉ではありません。とにかく、元気そうで何よりです」


 ハリエットは、王妃による提督拘引を知ると、即座に辞表を叩きつけて、ウェイ軍を辞めた。本来は軍に残って救出への行動なり、王妃へのプレッシャーをかけるするなりした方がいいのは分かっているが、階級の低い彼女では、どうにも荷が重すぎた。

 しかし、だからといってウェイくみすることは良しとしなかったため、ハリエットは飛び出したのだ。

 天涯孤独だった彼女は、とりあえずやって来たクンロンの宙港スペースポートで、さてどうするかと悩んでいると、かつての敵将、ヴェスパー・ファン・シュミットが、大使のヴィットーリオ・エマヌエーレ・ヴィネッティに引きずられていく姿が見えた。


「あとはヴィットーリオ、ではない、大使どのが優しく、ではない、親切にも銀河鉄道こちらの車掌職を周旋してくれたのです」


 ちなみにヴェスパーは、また義兄のが始まったと冷静に見守っていたのだが、後年、ハリエットを義姉ねえさんと呼ぶ破目になって、首を傾げることになった。


「さて、そんなことより、お二人さん……カルパチアへ行くのでしょう? 切符チケットをどうぞ」


 ハリエットが懐中に手を伸ばして、ノイエ・アップフェルラント発、カルパチア行きの「12時発、1時着。」と刻印された切符チケットを二枚差し出した。

 ヴェスパーとムーランはそれぞれ切符チケットを受け取った。

 ヴェスパーは隣に立つ彼女に言った。


「本当にいいのか? お前はもう自由だ。何だってあんな田舎の星に……」


 ヴェスパーのその口を、彼女は指でふさいだ。


「もう何も言うな。決めたことだ。今さら自由だと言われたところで……行くなんて無い。だったら……」


 指の代わりに、今度は唇が口をふさいできた。


「……だったら、命の危険を冒してまで、わたしを救いに来てくれた男について行くまでさ」


 何せ女装してまで救ってくれたんだから、と彼女が言うと、それを言うなと彼は頭を掻いた。


 ……そしてみんな、笑い合うのだった。



 晴れ渡り、どこまでも明るい青がつづいていく天空を、遥か彼方、惑星カルパチアへ向けて、銀河鉄道が飛ぶ。いや、走る。

 車輪を回し、轟音を立て、そして白煙で青空に線を描いていく様を、金髪と赤毛は見送っていた。

 赤毛は、隣に立つ金髪に言った。


「さっきのカルパチアへ行く話さ」


「うん」


「親にちゃんと話してみるよ」


「そうか」


 赤毛は金髪の姉に好意を抱いていた。どうやら、先ほどのヴェスパーとムーランを見て、何か思うことがあったらしい。


「駄目って言われても、銀河鉄道でバイトするよ。それで会いに行く」


「それだ」


 金髪は指を弾いた。

 金髪は、引っ越し代の足しにと、アルバイトを始めるつもりだった。

 彼は端末を出して、赤毛にもそれを出せと言った。


「ほら見ろ、あの時の乗務員登録、まだ生きているぜ。これでバイトしよう」


「あ、ほんとだ。残しといてくれたんだ……」


 二人はガッツポーズをして、勇んで銀河鉄道のステーションへと向かった。





 ……数か月後、金髪も赤毛も、一家そろってカルパチアへ移った。

 しかしその折り、ウェイはまたしてもピアチェンツァ共和国に宣戦布告、大艦隊をカルパチアへと差し向けた。

 これに対し、ピアチェンツァ共和国は、再びヴェスパー・ファン・シュミットを連合艦隊司令官ポデスタに任命する。

 ヴェスパーはファ・ムーラン・シュミットと共に、ウェイの大艦隊に立ち向かうのだが、それはまた別の話である……。






【 「12時発、1時着。」 了 】

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12時発、1時着。 ~銀河鉄道と、そしてゼピュロス星域会戦~ 四谷軒 @gyro

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