異世界に召喚された私は冒険者コンサルタントとして働いています~その追放、まだ早いのでは?~

日諸 畔(ひもろ ほとり)

相談者No.01【勇者】

 皆さん、《キャリア》という言葉を聞かれたことはありますか?

 勝ち組のこと?

 そうですね、そんなイメージもありますね。

 でも、それだけじゃあないんです。

 広い範囲で言うと『働くことも含めた人生全体』という意味でもあるんです。

 皆さんは、働くことを人生におけるひとつの要素として捉えているでしょうか。もしかしたら、多くの方が『義務』とか『やらされている』と捉えているのかもしれません。


 実は、そんな方と対話をして、働く事に前向きな意味を見出して頂くのが私の仕事です。いやいや、強制はしませんし、指導やお説教なんてもってのほかです。あくまでも、個人のお考えに寄り添いたいというのが、私の主義でございます。


 申し遅れました。

 わたくし吉畑 栄司よしはた えいじと申します。

 今年で38歳になりました。


 実は三ヶ月ほど前、流行りの異世界に召還されました。今は縁あって、そこで冒険者ギルドのキャリア相談員というお仕事をさせて頂いております。

 自分で言うのもお恥ずかしいのですが、人呼んで『冒険者コンサルタント』でございます。


 さて、本日の相談者クライエントはどんなお話を聞かせてくれるのでしょうか。


 ―――――――――


 冒険者。

 

 私が元々いた世界では馴染みのない言葉ですが、この世界では一般的な職業として認知されています。それはそれは、大変勇ましくも危険なお仕事です。

 冒険者ギルドに登録された方は、掲示板に貼り出された様々な依頼を受けることができます。例えば、ゴブリンの討伐、ドラゴンの討伐、魔王の討伐、猫の捜索、家事代行――等々、多種多様なお仕事があります。

 冒険者にはランクがあり、危険度によって受けられる依頼に制限がかかることもあります。こんな異世界でも職能資格制度があるというのは、世知辛いものです。


 そんな冒険者の皆さんですが、人は人。ご自身の生き方や働き方に悩みを抱えている方も少なくありません。悩みがあることにすら気付いていない方も多いのではないでしょうか。


 あくまでも私見ではありますが、働くことを含めた生活全てが調和してこそ充実した人生を送ることができると考えています。その一助になることを願い、私はこの部屋で悩める方々のお話を聞かせて頂いております。

 プライバシーに配慮した個室を用意してくださったギルド長には、感謝の念が絶えません。


 さて、そろそろお時間ですね。今日のご予約は――そう、大物です。

 時計を見やったその時、ノックの音が響きました。ちょうど三回。この世界では珍しく、時間やマナーにも配慮される方のようです。


「どうぞ、お入りください」

「失礼します」


 木製のドアを開け入室された相談者クライエントは、思わず目を見開きたくなるような神々しさを持っておられました。細身でありながらも引き締まった肉体は、実戦的な身体能力を伺わせます。整った顔に浮かべる柔和な表情には親しみやすさを感じ、彼の穏やかな気質が溢れだしているようでした。

 ただし、私もプロです。驚きを表には出さず、立ち上がり笑顔を浮かべて相談者へ声をかけます。


「ようこそいらっしゃいました。どうぞ、おかけください」

「はい、ありがとうございます」


 優雅で洗練された所作で、相談者は私の前の椅子に腰かけます。事前アンケートによれば、彼は平民の出身です。貴族と見間違うような所作を身に着けるまで、どれほどの努力があったのでしょう。動作一つ一つに神経を行き渡らせているような印象を受けました。


「相談員の吉畑 栄司と申します。どうぞお気軽にエージとお呼びください」

「カロル・クラスイです。カロルでお願いします」

「では、カロルさん。本日はよろしくお願いいたします」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」


 お決まりとなっている挨拶を交わします。こちらの世界では姓名の順序が日本とは逆になっているので注意が必要です。また、『えいじ』と発音しにくいようなので皆さんには『エージ』と呼んで頂くこととしています。


「ご相談の前に、注意事項を説明いたします」


 私はそう言いつつ、机の引き出しから一枚の紙を取り出しました。


「こちらの書類は、守秘義務の誓約書になっております。本日ここでのお話は、相談者の許可なしでは外部に一切漏らさないことをお約束します。魔道式ですのでご安心を」

「はい、確かに確認しました。これで安心して相談できます」


 書類には複雑な魔道式が描かれています。ここでの話は外に漏らさない誓約が記載されており、魔力でそれを管理しています。違反した場合は紙に赤い文字が浮き出るので、それにより約束の不履行が証明されるという仕組みです。

 いやはや、異世界は便利なものです。私のいた世界ではただの紙による口約束でしたので、信用してもらえるまでにそれなりの時間を要したものです。


「では、前置きはこれくらいにしましょう。事前にアンケートを確認しておりますが、改めましてご相談内容をお聞かせ頂けますか」


 ゆっくりと落ち着いたトーンを心がけ、相談者を促します。初対面ですので、いかに警戒心を抱かせないかが重要です。


「今日相談に参りましたのは、僕のパーティーについてです」

「パーティーですか」

「ご存知かと思いますが、僕は勇者と周りからは呼ばれています」


 私は小さく頷き「はい」と返します。あまり言葉を紡いでは相談者の話を邪魔することになりますので、相槌は簡潔に。

 そして『勇者』という肩書きには一般論的な知識はありますが、相談者の認識する『勇者』と同じであるかはわかりません。先入観は排除してお話を聞く必要があります。


「勇者の責務は魔王の討伐です。一人ではできないことも多いため、王から勧められたメンバーでパーティーを組みました」

「ええ」

「しばらく冒険を進めて、先日はついに魔王四天王の一角を崩すことができました」

「はい」


 誇らしい偉業のはずなのですが、相談者は優れない表情を浮かべました。私に目を合わさず、テーブルの上で組んだ指を見つめて黙ります。言いにくいことなのでしょう。焦らず考えがまとまるのを待ちましょう。

 数秒後、彼は再度話し出しました。


「それ以降なのでしょうか。もっと前からかもしれません。パーティーの雰囲気が悪くなった気がしています」

「悪くなったと?」

「はい。これまでは厳しい旅路もみんなの笑顔で越えてこられたのですが、今はそれがなくなってとても辛いです」

「パーティーの方々の笑顔が支えだったのですね」

「はい。それがなければこれからも旅を続けられる自信がありません。そこで、雰囲気が悪くなった原因の魔術師を追放しようと考えていますが、迷っています」


 相談者は苦虫を噛み潰したように言葉を吐き出しました。旅を続ける自信がないという部分なのか、追放という部分なのか、どちらに関係しているのでしょうか。それは、更にお話を聞いていくことではっきりしていくでしょう。


「魔王の盗伐のため王から勧められた方々でパーティーを組み、四天王の一角を崩したところでパーティーの雰囲気が悪くなった。その原因は魔術師の方にあり、追放を検討しているが、迷っておられるということですね」

「はい、その通りです」


 これまでの話を簡単にまとめます。同意頂けたので、相談者の訴えたい事、つまり『主訴』の把握が確認できました。これからは、この主訴が現れた要因を探っていきます。


「ありがとうございます。では、詳しいところをいくつか質問させてください」

「はい、どうぞ」


 質問する場合は、相談者の同意が必要です。そして、あまり問い詰めすぎては、信頼関係を崩すことになります。簡潔に最低限、意図を持った質問を心がけなくてはなりません。


「雰囲気が悪くなったとのお話ですが、以前と比べてどんな状態になったのでしょうか」

「旅を始めた当初は、歩きながら雑談をしたり、魔物との戦いの時もお互いを励まし合ったりしていました。今はそれがなく、無言が続いています。戦いの中で連携する会話はできていますので、そういう意味では問題ないのですが、気分としては重いです」

「カロルさんの仰る悪い雰囲気というのは、雑談や励ましの言葉がない状態ということですね」

「そうなるのかなと」

「他にも意味がありそうですか?」

「うーん、たぶんそれくらいだと思います」


 こちらの認識と相手の認識がずれないように、確認はこまめにする必要があります。やりすぎると鬱陶しくもなるため、適度なタイミングで。

 また、自分の意見を他人の言葉で聞くと、なんとなく感じていたことが明確になるので、再考するきっかけにもなります。今は煮え切らない場合でも、後からはっきりしてくることもあります。


「そして、その原因が魔術師の方だったと?」

「はい。僕はそうだと思っています」

「なぜそう思われたのでしょうか?」


 先ほどとは打って変わって、断言するような回答が返ってきました。これはどうやら相談者にとって揺るぎない真実のようです。


「彼にはやる気が感じられません」

「やる気、ですか?」


 相談者の表情が変わりました。これまでの優し気な眼差しが消え、何かを責めるような、怒りを隠すような強い意志が見えてきます。


「もう半年も旅をして四天王にも手が届いた現状でも、彼はレベル1なんです。僕はもう15になったし、他の戦士や僧侶も10を超えています」


 相談者は吐き捨てるように告げました。ここに彼の価値観があり、問題の本質もここにある。私はそう感じました。

 この世界の冒険者はレベルという概念があり、戦うごとに上がっていきます。上がるたびに身体能力が高まったり、新たな魔法が習得できるというものです。

 こちらに来た当初は「そんなゲームみたいな」と戸惑いもしましたが、ここではそれが常識です。郷に入れば郷に従え。ということで、もう慣れました。

 ちなみにレベル15というのは相当なものです。屈強なベテラン冒険者でも引退までに二桁になれば御の字という世界なので、さすが勇者という他ありません。


「15ですか。それは私では計り知れないくらいの苦労があったのでしょう。お仲間も二桁というのも、それだけでも偉業ですね」

「ありがとうございます。それなのに、魔術師だけはレベル1なんです」


 恐らく相談者は、このレベルというものに大きな価値を感じているのでしょう。現状では仮説ですので、もう少し聞いてみることとします。


「レベルとパーティー雰囲気には、どのような関係があると思われていますか?」

「僕も含め、皆努力をしてレベルを上げているのに。魔術師だけはレベルが上がっていません。これは彼にやる気がないのと同じです。そんな人と旅を続けていれば嫌な気持ちにもなるでしょう」

「レベルとやる気は比例するのでしょうか?」

「当然するでしょう」


 相談者の言葉に怒気が滲んできます。どうやら、私の仮説は正解だったようです。


「パーティーの面々がレベル10を超えている中、魔術師の方だけはレベル1のままなので、やる気がないとカロルさんは思われている。そして、パーティーの皆さんも同様に思われているということですね」

「はい。僕はそう思っています」

「僕はとおっしゃいましたが、パーティーの方々にはそのお話をされたのでしょうか?」

「いえ、それはしていません。しなくてもわかります。半年の間、命を預け合った仲間ですから」


 再び私の中で仮説が浮かびます。自分の価値観が全ての人間の価値観と誤解しているのではないでしょうか。ただし、これもあくまで仮説。先入観を持って決めつけてはいけません。


「素晴らしいお仲間たちなのですね。それぞれどんな役割をされていますか?」

「はい。戦士は二名います。それぞれ攻撃と防御に長けていて、僕の前に出て戦ってくれています。そして僧侶が一名。傷ついた僕たちを速やかに癒してくれます。魔術師は、わかりません。戦いの時はいつも後方でなにかしているようですが。きっと隠れているのでしょう」

 

 相談者の信頼が厚いのでしょう、戦士と僧侶の三名については嬉々と語って頂けました。ただし、件の魔術師に関してはどうも言葉を濁しています。


「魔術師のあるべき役割とはどんなものだとお考えですか?」

「魔術師は火や氷などの攻撃魔法で後方から前線を支援し、敵を倒すのが役割です。そうすれば必然的にレベルは上がるはずです」


 この世界ではレベルを上げるためには魔物を殺害しなければなりません。いくら戦っても絶命させられなければレベルは上がりません。仕組みはさっぱり理解できませんが、これもここでは常識です。


「僧侶の方はどうレベル上げされていますか?」

「補助職なので、弱った魔物のとどめを譲っています」

「なるほど。直接戦わないとなると、レベル上げにはそういった手助けが必要ですね」

「それも仲間として旅をするなら当然だと思います。皆で成長していかなければ、魔王討伐はできません」


 相談者は非常に仲間想いの方なようです。僧侶に代表される補助職だけ極端にレベルが低いパーティーは少なくありません。


「そのお話は、パーティーの方々とはされていますか?」

「はい、僧侶の腕力でも倒せる程度に弱った敵は、率先して譲るように戦士たちに指示を出しています」

「そこに魔術師の方は含まれないのでしょうか」

「いやいや、魔術師は敵を倒せますから」


 ここで、私の仮説が真実味を帯びてきました。ここで決めつけてしまうのは素人です。最後まで相談者の話を聞きつつ裏を取ることが必要です。


「各職業の役割については、なにか聞かれていますか?」

「いえ、僕は勇者ですので、それを補助する面々とだけ聞いています。いや、待ってください」

「はい、お待ちします」


 相談者は何か考え込む仕草を見せました。気になる所があったのでしょうか。ここは焦らず、相談者の気持ちが整理できるまで待ちましょう。


「僕は大変な勘違いをしていたかもしれません」


 数分後、相談者は顔を蒼白にし私を見つめます。


「お聞かせいただけますか?」

「はい。僕は王から今の仲間を紹介されたとき、彼らの詳しい能力について聞いていませんでした。戦士は戦士。僧侶は僧侶。魔術師は魔術師としか。そして、僕は職業に関する知識があまりありません」


 どうやらご自身でご自身の歪みについて、気づかれたようです。なんと聡明なお方か。ならば、私は後押しをするだけです。


「では、それぞれの職業について、一般的な知識を調べられるのはいかがでしょうか。私からお教えすることもできますが、ご自身で調べられることをお勧めします」

「そうしてみます」

「その後、パーティーの皆さんで話し合ってみるのも良いかと思います。王が勧めるような方々ですので、特別なものを持ていらっしゃるのではないでしょうか」

「はい。ありがとうございます。早速図書館に向かいます」


 そう言い残して、相談者は早々に部屋を出ていきました。若さと実直さのある若者は美しいものです。

 そんな方のため、少しでも力になれたら大変光栄なことだと思います。


 ―――――――――


 その後の顛末を少し。

 相談者は各職業についての知識に偏りがあったようでした。特に魔術師は幅広い役割があり、攻撃魔法だけでなく補助魔法に精通しているような方も多いということをご存知なかったとのこと。

 そして問題の魔術師の方は結界魔法のエキスパートであり、戦いの度に他の魔物からの横やりが入らぬよう常にパーティーを守っていました。パーティーの面々はそれに気づいていたものの、リーダーである勇者の顔色をうかがい、なかなか本音で話せなかったそうです。


 結果として、パーティー内での雰囲気が悪くなり、今回の相談に繋がっていました。

 勇者である相談者は無知と配慮に欠けていたことを恥じ、詫びることでパーティーの輪も元通りに戻ったと聞きました。


 それを機に、冒険者ギルド内で定説となりつつあったレベル至上主義も見直されるようになりました。適材適所と適切な評価が良いというのは、どの世界でも共通のようです。


 さて、今回の相談を振り返ってみましょう。相談者の問題をまとめると、以下のようになります。

 ・相談者はレベル至上主義に陥っていた

 ・相談者は仲間の職業への理解が不足していた

 ・相談者はパーティー内で表層だけのコミュニケーションを行っており、互いへの配慮に欠けていた

 ・パーティーの面々は勇者に気を遣うばかりで、本音を話さなかった


 冒険者も人です。人と職業がある限り、問題は尽きません。

 私は彼らが少しでも自分の人生に満足し、仕事を進めていけるような環境を整えていくことを使命と思っております。


 皆さんも困りごとがあればどうぞ『冒険者コンサルタントの相談窓口』へ、ご予約ください。

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異世界に召喚された私は冒険者コンサルタントとして働いています~その追放、まだ早いのでは?~ 日諸 畔(ひもろ ほとり) @horihoho

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