「良ければ、クリームを塗っている所を見せていただけませんか?」

 思考回路が硬直する音が聞こえた気がした。なんなんだこの人は。私の記憶違いでなければこの子初対面だぞ?!いくら"容姿がいいから"とか"見せたところで減るものじゃ無いから"とかそう言う理屈では許せない範囲だと思うが。

「あの……見てどうするんですか?」

多分こう聞いてる私の顔は引き攣り笑いになってると思う。

「あっ…….申し遅れました。ゆきと言います、同じ学校の3年生です。」

今名前聞いたわけじゃないのだが。そして案の定年上だった、無下にできない状況になりつつあるような。

「で、それでなぜリップクリームを塗る所をみたいと。しかもここ駅の構内です、公衆の面前って奴ですよ?」

「理解は充分しています、それを承知の上で話してます。」

なんでこんな変なことに思い切りがいいんだこの先輩は。

「実は私、そういうケア用品を使ったことがなくて、周りもあまり使っている様子を見かけたことがなくて……。」

成る程、というかこの時期に使う人が少ないって先輩たち乾燥に強すぎでは……。

 取り敢えず、ほんのちょこっとだけ呆れながらもリップクリームを指定鞄から取り出す。

「今回は特別です、一回だけしか見せない……というより一回すれば数時間は大丈夫なものなのでしっかり見ておいてください。」

そう言って、蓋を開けて後ろにある繰り出しのネジを回す。透明とも白とも言い難い固体クリームを数ミリだして、唇の右へ左へと塗っていく。

 クリームで濡れる唇が、先輩の目にはどう見えてるのかが途中で気になって少し恥ずかしくなるが、何事もなく塗り終わり繰り出しネジを反対に回して収納する。

「はい、先輩。これで満足ですか?……先輩?」

先輩の様子がおかしい。なんといえばいいかよくわからないが、何故か見惚れているような目になっている。

「先輩〜〜、ちょっとせんぱ……えっ。」

一歩、また一歩と私に詰め寄る先輩。そして

「んぐっ!?」

息が止まる。唇を唇で塞がれる。横で停車しない電車が通り過ぎて行く。たった数秒の出来事のはずなのに、完全に止まった思考の前ではその行為はたった数秒は何分も何十分にもなった。

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雪の下、濡れた椿 村崎 紫 @The_field

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