ゆうと

@iwasakitukuru

ゆうと

今年もお盆が来た。


私は赤いきつねをお仏壇にお供えして、その前で緑のたぬきを食べる。


夫の裕太が亡くなってからの毎年のお決まり事だ。


裕太は赤いきつねが好きで、私は緑のたぬきが好きだった。


寒い夜はコンビニで買ってきて二人でよく食べた。


お湯を入れて3分で私が緑のたぬきを食べ始めるから、いつも裕太は5分待てずに少し硬そうな赤いきつねを食べ始めた。


「もうちょっと我慢すれば一番美味しいのに」


いつも私は言った。すると裕太はいつもこう答える。


「3分の赤いきつねが一番美味しい」


私はこれが嘘だと知っていた。


裕太は一人で食べるときは5分どころか10分待ってから食べるのだから。




そんなどこにでもありそうな日常はあまり長く続かなかった。


なんとか息子のゆうとを女手一つで育ててきた。


今年は裕太が亡くなって10回目のお盆。


ゆうとは高校3年生になった。


ゆうとは東京の大学を目指しているから、順調にいけば来年から私は一人暮らし。


寂しくないかと言えば嘘になる。


本当はゆうとにずっと家にいて欲しいと思う。


でも母親としてそんなことは言えない。


父親がいなくてずいぶん苦労をかけた分、大学くらいは好きなところに行かせてやりたい。



さて今年も緑のたぬきを食べようと仏壇の前でお湯を注ぐ。


今はスマホで簡単に時間を計ることができるけど、当時のようにキッチンタイマーで3分を計った。


3分経つのを待っていると、私は赤いきつねのフタが空いていることに気づいた。


中を見てみる既に誰かが食べた後だった。


私はゆうとに言った。


「あんた、お仏壇の赤いきつね食べた?」


ゆうとは答えた。


「俺は食べてないけど」


私はすぐにこれが嘘だと分かった。


ゆうとの歯にネギが挟まっている。


私は仏壇に向かってゆうとに聞こえる声で言った。


「あなたに似てゆうとの嘘はわかりやすいわね。私には全部お見通しなのよ」


するとゆうとが私に言った。


「赤いきつね食べに父さんが帰ってきたんじゃない?」


「なんで父さんが帰ってくるのよ?」


ゆうとは少しの間を置いてから言った。


「だって、母さん…寂しいだろ…」



私は仏壇に向かって心の中で言った。


「あなたの願いどおりに優人は優しく育ちましたよ」


キッチンタイマーが鳴った。私は当時を思い出してから仏壇に向かって言った。


「相変わらずあなたは待ちきれないのね」

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