八蝶の推理
◆
「まさか、あなた……」
『内』の世界の様子を見て、『藤原得子』は目を見開く。
「神産みの最後を……イザナミの最後を再現しようとしているのですか?」
「正解です」
別府温泉に祀られる神は様々に存在する。
けれど、火の神と言ったら、あの神しかいない。
カグツチ。
母イザナミを己の出産のために亡くし、そのせいで父イザナギに斬り殺された。剣で。
「新たに生まれた火によって母なる神は滅ぼされました。なら、火を鎮めるために、剣を振るわなければ」
それが出来るのは、姫ちゃんでも局長でもなく、龍蛇の〈憑き物〉であるケイだけだ。
なぜなら蛇もまた、剣によって滅ぼされ、そして剣を生むモノだから。
八岐大蛇がスサノオによって滅ぼされ、草薙剣が体内から出てきたように、カグツチの死体からもタケミカヅチという剣の神が生まれた。
この世は何かを壊すことで、何かを生み出している。壊される方は理不尽に思うだろうし、また受け入れがたい。だからこそ。
「神を生み出し、神を壊した人間として、ちゃんと終わらせてあげなければ」
それがわたしに出来ること。
わたしの身体が取り込まれる際、〈彼女〉の記憶を覗き込んだ際、もうそれしかないだろう、と理解した。
人間を愛していた。神として、母として愛していた。それは躯となって暴れている今でも変わらない。本当に人類を破滅に導くのであれば、今より比にならないほどの災害が引き起こされていただろう。蛸神が現れてもこの程度で済んでいるという事は、そういうことなのだ。
けれど人間はいい加減、自分たちで責任をとるべきだ。「自分には関係ない」など、もう許されない。
『内』では、剣を両手で持ったケイが、蛸神の頭上まで跳んでいた。
◆
おれはヒビキがくわえていたその剣を手に持つ。
〈憑き物〉は人外の筋力を持つものが多く、肉体強化が主なおれはその例に漏れない。だがそれでも、その剣は両手で支えなければ持てなかった。
日本刀とは違い、反りはなく、両刃の剣。鉄の匂いが潮の匂いと混ざる。まるで生き物の背骨のように角ばった形の柄。
それを持った瞬間、心臓のようにドクン、と激しく何かが鳴り、黒ずんだ刃は一瞬にして白い剣になった。まるで今、研がれたかのように。
剣を持ったというより、自分の一部になったかのような感覚。
おれは、何かを思考するまえに、地面を蹴って大蛸の頭上にいた。
そして、そのまま剣を振り下ろす。
まるで筆で線を書いたように、大蛸は真っ二つになった。
◆
「シナリオ終了です」
『藤原得子』が告げた。
「よくもまあ、アドリブでここまでごり押ししましたね」呆れたように彼女は言った。
「自分が蛸神に取り込まれることは、予想していなかったのでしょう?」
『藤原得子』の言う通り、わたしは自分が敵の役になることは考えてもいなかった。だけど。
「予言を聞いていた時から、剣を使うことは考えていたんですよ。それで後から姫ちゃんが元々山の神だって聞いて――姫ちゃんがわたしたちに何も言わないで潜伏している理由が想像できたので」
「……なぜ?」
「これはさっき気づいたんですけど、多分姫ちゃんは、その蛸神と和睦した山の神です。
八幡神は、農耕・海の神という説のほかに、新羅から来た鍛冶の神という説があります」
そして八幡神は、現在では三神のことをさす。応神天皇、神功皇后、――比売神。
「具体的にどんな神なのかはわかっていません。今では宗像の三女神という説が有力ですが、もともとはその地に根付いた女神だった、という説があるんです。……私の憶測ですが、姫ちゃんと蛸神も、その比売神に含まれていたんじゃないでしょうか」
山を追い出された
かつて蛸神が住んでいた海と通じる川に。
恐らく、姫ちゃんはお寺に行く前から、自分の古い友人が利用されていることに気付いていた。だからわたしをお寺に行かせて、自分は水面下で動いていた。
今ならわかる。僧侶様が出した、綺麗に削られた長い棒に黒ずんだ布。――あれは、旗だったのだ。
八幡神の由来は、「八つの旗」。かつては大漁旗を意味する海神だったと言われる。
そして日本神話において八とは、「数多く」を意味する。わたしの「八蝶」と一緒だ。
数多くの旗ということは、その一つ一つが、今は統合され忘れ去れた、名もなき
今となっては、誰にもわからない。わたしたちには、それを明かす意味も権利もない。
「誰そ彼」と君に問ふ。──蟲と女神と女王と 肥前ロンズ@仮ラベルのためX留守 @misora2222
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