冒険とヒューマンドラマ、笑いと感動と占いがミックスされた贅沢な長編

誰もが英雄(ヒーロー)になれるはずのネットゲーム(MMORPG)の中で、NPCでありたいという一風変わった願望を持つ占い師が主役の物語。
それだけに、決して主人公のコヒナさんだけが大活躍するお話ではなく、占いというテーマを通じて、様々な人間模様がつづられている。
その多くは、読む人にとっても身近に思えるような悩みばかりだ。恋愛関係、いまの自分に対する漠然とした不安、ゲームのプレイスタイルの行き詰まり……。

特筆すべきは、一つの冒険物語がそれぞれの登場人物の視点から繰り返されて、同じ物語の中で”あの時、あの人は何を思っていたのか”が一人一人丁寧に描かれていることだ。

琴葉刀火先生にとって登場人物たちはストーリーを構成するための駒のようなキャラクターでは決してなく、ひとりひとりを生きた人間として丁寧に描いているのが伝わってくる。

特に本編の合間に挟まれている番外編”やおちょう”のお話は番外編だからとあなどれるものではなく、コヒナさんに占いを依頼する”妖怪たち”の心の内側が丁寧に描かれた話ばかりで、読者もまるで自分自身が占い相談を受けたような錯覚を抱くだろう。

かといって内容が重くなりすぎることもなく、むしろライトノベル的な感覚でサクサクと読める軽妙な文体で、ネットゲームの冒険物語に、時にはワクワクしながら時にはクスクスと笑いながら読み進められる。

第二章ではそんなコヒナさんの過去に焦点が当てられ、NPCになりたいと願うに至る彼女のルーツがつづられている。ヒューマンドラマよりも、ややネットゲームの冒険に比重が置かれているが、”師匠“をはじめ魅力的な登場人物たちの内面が丁寧に深く掘りさげられているのは一章同様だ。

また、ネットゲームの世界を中心にした作品ながら、リアルな実生活の描写も違和感なく混ざり合っていて、作品内においてゲーム世界と現実世界が分け隔てられたものではなく、地続きの同じ地平なことが感じられる。

一つの作品にこれだけ多くの要素が散りばめられながら、難しくならず、楽しみながら読み進められる作品はウェブでも紙の本でもそう多くはないだろう。
とても贅沢な作品で、無料で読めるというのが信じられないほどだ。

最後に、蛇足をひとつ。
きっとこの作品を読んだあなたは占いそのものにも興味を抱くだろう。
作中、コヒナさんが語るとおり、占いは自身でもうすうす感じていた答えに気づかせてくれるものだ。(コヒナさん級に占い師の腕がたしかなら、という条件付きだが……)
占星術、タロット、四柱推命、手相占い……etc.どんなスタイルがいいか好みは人それぞれだが、ぜひ、近所の占い師さんをネットで検索してご自分でも体験してみることをお勧めしたい。

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