世界渡りの占い師は NPCなので世界を救わない
琴葉 刀火
第一章 世界渡りの占い師
第1話 世界を渡る占い師
中央都市ダージールの正門前の大きな広場には、冒険に出かけるためのパーティーを募集する声や、消耗品を売る行商人の声が響いている。誰が何を言っているのかログからはわからない位だ。
その喧騒から少し離れてNPCのお店が並ぶあたり。人通りの邪魔にはならないように気を付けて、でもできるだけ正門から見えやすい位置に小さな机を置き、その両側に椅子を設置する。
トレードマークの羽飾りのついた緑の大きな
見た目は派手な服装だけれど、町ゆく冒険者たちのそれとは違いこのアクセサリーや装備にはシステム上何の効果もない。
机の脇には小さな看板。
「よろず、占い承ります」
コヒナの辻占い屋、ただいま開店である。
「お、コヒナさんいんじゃん。おひさし~」
設置が終わるとすぐに、ごつごつの筋肉にごつごつのブレストプレート、つるつるのスキンヘッドにごつごつの大戦斧を担いだ戦士さんが手を振ってくれた。
「カラムさん、お久しぶりです~」
カラムさんはすごくごつごつの身体をしているけれど、こう見えて半巨人族ではなく人間族である。
「また暫くこっちにいるの?」
「はい。またひと月分課金しましたので、しばらくこちらでお店出しています~」
「おお、フレンドに連絡しとくね。みんな喜ぶと思うよ」
「ありがとうございます~。助かります~」
常連のお客様はとてもありがたい。新しいお客様を紹介してくれる方にはさらに感謝いっぱいだ。
「んじゃ、せっかくだから、今日のおすすめの狩場を見てくれる?」
カラムさんはそう言って宝石を数個渡してくれた。
「いつもありがとうございます~」
NPCの換金所にもっていけば私が自分で設定している見料の数倍の額になるだろう。最上級の冒険者であるカラムさんにとっては1分で稼げるお金であったとしても、とても嬉しい。こちらのロールプレイに合わせて宝石で支払ってくれるところも、なんというか粋である。
「では、ワンカードで見てみますね~。少々お待ちください~」
私はリアルの方の身体をパソコンラックから机に椅子のキャスターを使ってキュルッ、と移動させた。そしてビロード製のマットを敷いた机の上の、78枚のタロットカードのデッキを両手を使って捏ねるように混ぜあわせる。
満足するまでしっかりと混ぜたらカードをまとめ、少し左端に寄せる。おすすめの狩場を見るなら、ワンカードでの占いがいいだろう。
心を落ち着けて、カラムさんの今日の幸運を祈りながら、右手で一番上のカードを本のページをめくるように開てみる。
出てきたのは<星>のカードだった。
「星のカードですね~。目的、目標を意味するカードです~」
「おおっ。よさげ?レア来ちゃうかこれ?」
星という言葉の響きからだろう、カラムさんは嬉しそうだ。でも直接レアアイテムが出る、という暗示には取りにくい。
「んん~、目標が叶う、というカードではないのです~。目標に向かうことを後押ししてくれるカードです。あきらめてたことに向き合えたり、マンネリ化していたことがまた楽しくなったり。狩場でしたら、ずっと欲しかったものを目指してみるのはいかがでしょう~」
「ほほう。なるほど……。ほほう、ほほう」
カラムさんはほほう、と続けた後、
「オッケー。久々にスライムのダンジョンに行ってくる!あそこの指輪が欲しくて良く籠ってたんだけど全然出なくてさあ。ボスめんどいし、他のドロップはしょぼいし、最近行ってなかったんだよね。でもなんか、ワクワクしてきた。ありがと~!」
カラムさんはオラワクワクしてきたぞ、と言ってポイともう一つ宝石を投げてくれた。
キャッチしようとしてあわあわしているうちに、カラムさんはもう一度ありがと~、と叫ぶと移動魔法を唱えて飛んで行ってしまった。去り際も粋だ。
カラムさんがいたところに向かって、頭を下げる。
「ありがとうございます。あなたの旅が幸多きものでありますように~」
ワクワクしてきた、楽しくなってきた。それはゲームの中で占い師をやっている自分にとっては報酬の見料よりもありがたい。
占いの結果は「目標を持って目的地を選ぼう」という内容。
この世界のダンジョンというものにほとんど入ったことのない私には、目的の場所を直接告げることはできない。カラムさんが目的の指輪を手に入れられるのかどうかもわからない。
でもそこに今日カラムさんが行って冒険することには何か意味がある。占いの結果はそれを示している。
件の指輪なのかもしれないし、別のアイテムかもしれない。あるいは向かった先で起きる出来事や出会いが、カラムさんの今日やこの先に何かをもたらしてくれる、ということなのかもしれない。願わくはその冒険が幸多き物でありますように。
「なに?占い屋さん?」
レザーアーマーに小剣、軽装の戦士か盗賊といった風情の男性の冒険者さんが声を掛けてくれた。 カラムさんとのやり取りを見て興味を持ってくれたらしい。
「はい~。いらっしゃいませ~。何か見ていかれますか?」
私は冒険者さんに、とびきりの営業スマイルを向けた。
「何が見れるの?」
「タロットで見ますので、基本的には何でも~。今日、明日の運勢からお悩み相談、なんでも承ります~」
タロットは基本的には何でも見ることができる。ただ、あまり先の未来の事は得意じゃない。それにお客様自身からかけ離れた誰かを見るとあまり当たらない。
「おいくら?」
「通常500ゴールド、占いの後、内容にご納得できたらのお支払いです~」
ゲームの世界だからみんなその中でやりたいことがある。それはレベルを上げることだったり、欲しいアイテムを集めることだったり、お友達とおしゃべりすることだったり。
そこにいる時間はどの人にとてもとても大事な自分のための時間だ。
だから、思ったような内容ではなかった、と言われてしまったらお代はいただくわけにはいかない。
ゲームの中で占いをするのを自分でもロールプレイとして楽しむカラムさんのような人はこの世界では例外中の例外だ。
実のところ例外中の例外であるはずのお客様方に支えられて、このお店は成り立っているのだけど。
「んじゃあ、全体の運勢とかでもいい?」
「全体運ですね~。畏まりました~。ではカードを3枚使ってみてみます~。5分程お時間いただきますが、よろしいでしょうか~?」
運勢を見て行くにはスリーカードが便利だ。三枚のカードをならべてそれぞれ、過去や原因、現在の状況、占いの結果やアドバイス、のように役割を与えて物語を作っていく。
「えっ……。あ、はい、わかりました」
軽戦士さんが敬語になってしまった。カラムさんとのやり取りはさらっと終わってしまったので、時間がかかると聞いてちょっと引かれたのかもしれない。
ワンカードならすぐに話を始められるのだけれど、枚数が増えるごとにかかる時間はぐんと大きくなっていく。ネットゲームのなかで見るにはワンカードかスリーカードが丁度いい。
「では、おかけになってお待ちください~」
断りを入れて、パソコンから離れる。
デッキを取り混ぜ合わせる。トランプみたいな切り方はしない。タロットは上下の向きも大事なのだ。
パン生地を捏ねるようにぐるぐると上下もまんべんなく混ぜ合わせる。満足するまで混ぜたらカードを揃え、左から一枚ずつカードを並べて開いていく。
出たカードは、左から順番に
<カップのナイトの逆位置>、<ペンタクルの3の逆位置>、<魔術師の正位置>。
「お待たせいたしました~。結果です~」
カードを混ぜている間に離席をしてしまったり、画面から離れてしまう人もいるのだけど、軽戦士さんからはすぐに返答があった
「はい。おねがいします」
「はあい。ええと、まず現在、自信喪失気味なのではないかと~」
「……えっ」
軽戦士さんが反応するまでちょっと間があった。多分困惑なのかな、と思いつつ続けて占いの内容をお伝えしていく。
「過去の位置に、伝えようとしたことがうまく伝わらないカードが出ています。誤解だったり、拒絶だったり。現在の位置には、思ったような成果が得られないで自信を無くしてしまうカード。もしかしたらどなたか、身近な方と仲違いされたのかもしれませんね~」
「ええ……」
なんの「ええ」、なのか文字チャットからはわからない。
賛同なのかもしれないし、ただの相槌かもしれない。「ええ、何言ってるんだろうこの人」という意味にもとれる。リアクションが分かりにくいと占い師としてはやりにくいのだが、そこに文句をつけるわけにはいかない。
「ですが、最後に出ているのは<魔術師>というカード。物事の始まりとか、始める意思を示すカードです。
このカードが出ているということは、本来は自信家で、しようと思ったことをしっかり行動に移せる方ではないかと思います。
それがちょっと揺らいでいるように見えます~。過去に出ているのは心が通じなくなるカード、現在の位置には自分が小さく感じてしまうカード。
なので、親しい方との行き違いが自信の不足につながっているのではないかと思います~」
途中のリアクションがなかったため、結果までを一息に伝えてしまった。
またちょっと間が開く。失礼な発言と取られたのではないか心配になる。
「あの、これ、リアルのことなんですか?」
再び口を開いた軽戦士さんはすっかり敬語になってしまっていた。
「どちらのことを、聞かれましたか~?」
初めて占いに来られる方は、結果の後でリアルの話かゲームの中限定なのかと確認される方が多い。
恋愛占いなどは特にそうだ。よい結果が出た後にゲームの中限定だと寂しい、と思うのは理解できる。
ご指定がなければ、こちらから確認することはしないようにしている。タロットは自分の一番の心配事が占いの結果として現れてくることが多いので、確認せずにお伝えした方が伝わりやすい。
「え、ええと……考えなかった。ううん……両方……?」
「では、多分両方だと思います~。全体運ですので~」
「リアルのことの可能性もある?」
「お悩みがあればそこに対するアドバイスが出てくることは多いです~。お心当たりがあればそのことを示している可能性は高いですね~」
「……」
軽戦士さんは黙ってしまった。でも、占いの結果は悪い内容じゃないのだ。
「でも、この状態は長くは続かないと思います~。魔術師はやるべきことを成すカード。自信家の側面を持ったカードでもあります。もし今自信を無くされているようでも、すぐに取り戻せると思いますよ~」
「そ、そうですか」
恐らく思い当たる節があって、でもどうしていいのかわからないのだろう。
「占いは以上になりますが、何か、聞いてみたいことはありますか~?」
占いが終わった後はできればスッキリして帰っていただきたい。
せっかく来ていただいて逆にもやもやした気持ちを抱えてのお帰りというのは申し訳ない。三枚のカードが示す結果は以上だが、気になっていることがあれば追加でカードを開いて見ることもできる。
「あ、あの、心が通じなくなっているってどういうことでしょうか。嫌な思いさせたとか、嫌われたとか、あと……仲直りする方法とか……」
やっぱり気になることがあるらしい。
「では~。カードもう1枚開いて、アドバイスとして見てみます。よろしいですか~?」
断りを入れて再び画面から離れる。さっき開いた3枚の隣にもう1枚カードを開いて並べた。
出たカードは、 <ワンドの8、正位置>
このカードはワンド、つまり棒だけが8本表示されており、ほかの人物やアイテムなどが描かれていない。ここから転じて自分にできることはないけれど、予期せぬ方向からの助力で事態が好転することを指すカードだ。
「うん、特に何もしなくてもいいと思います。すぐ知らせが届きそうなので、待っていていただければいいかと~」
「……そうなんだ。わかりました。ありがとうございます」
「はあい。ありがとうございます~。ご参考になれば幸いです~」
「はい。参考になりました」
軽戦士さんは立ち上がり、頭を下げた。私も椅子から立ち、お辞儀をする。
「ありがとうございました。あなたの旅が、幸多き物でありますように~」
軽戦士さんはまた軽く頭を下げた後、立ち去りかけて慌てて戻ってきた。
「すいません、お代!500ゴールドでしたね?」
「あ、そうです~。ありがとうございます~」
全部で十五分くらい。この世界でゴールドを稼ごうと思えば、十五分あれば低レベルの冒険者でも5000ゴールドは堅いだろう。
でもそれは、冒険者さんのお話。私は占い師。冒険者ではないのだ。
軽戦士さんが本当に大切な人と仲たがいしていたのか、そのせいで自信を失って苦しんでいたのか、結局のところは私にはわからない。
仮に苦しんでいたとしても、その苦しさがどのくらいのものなのか、リアルの話なのか、ゲームの世界での話なのか、それもわからない。
もし当たっていたのなら、「自信を取り戻すきっかけになる知らせ」というのが早く来るといいなと思う。
気が付くと軽戦士さんとのやり取りを聞いて興味を持ってくれたらしいお客様が数人列を作っていた。
「すいません、おまたせしました~。お先にお待ちの方からお伺いします~」
おかげさまで、今日は忙しくなりそうだった。
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