第161話 エンディング B

「そんな……、こんなの卑怯だろ……。……この外道! ……悪党!」


 シューガは地面に這いつくばりながら、抗議を行う。

 これくらいしかできなかった。

 もう口を開くのも辛い。

 だがそれでも、言っておかねばならなかった。


「外道? 悪党? だからなに? 最後に生き残った奴が正義だろうが!」


 先ほどシューガに言われた事を言い返す。

 歴史は勝者が作る物。

 堂々と戦い、ゾルドが勝った事にしておけばいい。


「じゃあな」

「ま、待て。タイム」


 シューガが何かを言っていたが、ゾルドは待たなかった。

 時間を得た事でゾルドは一気に有利になったのだ。

 時間を与えて、反撃の機会を与える必要はない。


 繋がった左手も使い、両手でシューガの頭に剣を振り下ろす。

 シューガの頭が、グシャリと潰れる。

 切るというよりは、叩き潰すという感じになった。

 ゾルドの勝利に歓声が上がる。


(これで、終わりなんだよな? HP制で攻撃し続けないといけないとかあるのか?)


 不安を覚えていたゾルドだが、シューガの体が光の粒子となって崩れていく。

 そして、その光がゾルドの体を包み込んでいった。


(あぁ、わかる。わかるぞ! 家への帰り方が!)


 ゾルドはシューガを倒し、真の神として力を得る事ができた。

 同時に神としての力の使い方も直感的に理解し始めていた。


「おめでとう、あなた!」


 戦い方に思うところがないわけではないが、勝った事はおめでたい。

 レジーナは真っ先にゾルドに抱き着き、勝利を祝う。


「ありがとう。ようやく終わったよ……」


 ゾルドはレジーナを抱き寄せ、熱いキスを交わす。

 女遊びをしていたシューガが、シーツを使う事を思いつくなんて予想外だ。

 命懸けの戦いから生還した。

 その事を実感するために、レジーナをしっかりと抱き締める。


「おめでとう、ゾルド兄さん!」


 レスを抱いたホスエが声を掛けた。

 そこで、ゾルドは唇を離す。

 勝ったとはいえ、ゾルドも興奮していたのだろう。

 レジーナがレスを抱いていない事に気付いていなかった。


 それからゾルドは、祝いの言葉を言う者達に囲まれ”ありがとう”と言葉を返していった。

 不思議な事に、大勢から祝いの言葉を掛けられても、誰が言ったのかがハッキリとわかった。

 これは、真神としての力だ。

 シューガを倒した時から、神としての力を完全に発揮できるようになっていた。

 わざわざ”魔神アイ”などと望遠鏡を意識せずとも、世の中の事を見る事ができるし知る事ができる。

 この戦いの勝者としての特典だった。


 ゾルドは両手で静まるようにという仕草をする。

 すると、周囲は瞬く間に静かになっていった。

 今まで神としても人としても、オーラがまったく無かったゾルドだが、今は自由にオーラを操ることができる。

 そのオーラの力を使い、周囲を静まらせたのだ。


「ホスエ、頼みがある」

「いいよ」


 即答だった。

 これにはゾルドも苦笑いする。


「まだ何も言ってないぞ」

「もう、完全に神様になったみたいだしね。断れないし、断るつもりもないよ」


 魔力があるかどうかは関係無い。

 すでにゾルドは誰にでも”神だ”と感じられるオーラを身に纏っている。

 神のお告げを無下にはできないという意識が、ホスエにも湧き出て来ていた。


「違う、そうじゃないんだ。神様っていうよりも、友達としてって感じかな。……いや、頼む内容を考えれば神様としての方が良いかな」


”まぁ、どっちでもいいか”とゾルドは一人で納得していた。


「最初は神教庁を潰そうかと思ったんだけどさ、せっかくある組織を潰すのはもったいない。お前が教皇になって、組織を作り替えろ。みんな仲良くやっていけるようにな」

「えぇっ、僕が教皇……。それは無理だよ」


 ホスエは断ろうとする。

”いいよ”と答えてはみたが、何事にも限度がある。

 これから先、世界の命運を左右し兼ねない立場だ。

 もっと、その地位にふさわしい者がいるはず。

 世界の人々のためにも、断るべきだと考えていた。


「いいや、お前じゃないとダメなんだ。お前は俺にも厳しくするべきところはしっかりと厳しくしていた。それでいて、緩めるところは緩めて、厳しいばかりじゃなかった」


 ゾルドはホスエの肩に手を置いた。


「それに、お前には愛がある。好きだった女でも、父親のわからない子持ちの元娼婦を妻にするなんて難しい事だ。なのに、お前はテレサの全てを受け入れた。それは俺にもできない事だったんだぞ」


 ホスエの目が潤み始める。。

 彼は友人やボディーガードとして、傍に置いてくれていると思っていた。

 ゾルドにここまで高く評価されているとは思っていなかったからだ


「でも、人の上に立つなんて……」

「細かい事はいいんだよ。お前は俺の傍で何を見て来たんだ。お前は方向性を示して、実際の事はゲルハルトやビスマルクみたいな頭の良い奴にやらせりゃいい。暴走しそうなら、適当なところで手綱を締める。それだけだ」


 ゾルドは自分と同じ事をやればいいと教えてやった。

 むしろ、ゾルド自身が暴走しそうだった時もあるので、ホスエの方が上手く組織の運営をできるかもしれない。


「それにだ。週に一度はこの世界に来て様子を見てやるからさ。とりあえずやってみろ」

「わかった、やってみるよ。……けど、週に一回はって、やっぱり神の国に帰っちゃうの?」


 ホスエはゾルドの言葉を聞き逃さなかった。

”世界を変えるのはこれからだ”という時にゾルドがいなくなってしまうのは不安である。

 できれば、ずっと居て欲しいと願っていた。

 しかし、ホスエの願いはゾルドが首を振る事で否定された。


「俺にも家族がいる。もう十年以上会ってないから、ひとまずは顔を見せないとな。後の事はお前に任せた。ダメそうなら手伝ってやるからさ」


 ゾルドが言っている事は、体のいい仕事の押し付けである。

 本当に魔族を含めた共存共栄など、神の力で強制するにしても面倒臭そうだ。

 それならば、この世界の住人で、この仕事をやれそうな相手に任せようと考えたのだ。

 ビスマルクやニーズヘッグがサポートすれば、大きな失敗はしないだろう。


「ジャック、お前はお兄ちゃんだ。カズコ達をまとめて、ホスエを助けてやってくれ」

「パパは行っちゃうんだね」


 ジャックは寂しそうな顔をする。


「そうだ。だけど、こうして別れを言えるんだ。突然死んで別れを言えなくなるとかより、ずっといいだろ」

「うん」


 ジャックは一度ゾルドに抱き着き、少ししてから離れた。

 ゾルドとは違い、魔族の王としての自覚がある。

 また会えるというのなら、ここは黙って見送るべきだと思っていた。


 ここで、不安そうな顔をしているのがレジーナだ。

 ホスエからレスを受け取ってからずっと、その表情は冴えない。

 その理由は、ゾルドが自分の世界に帰ろうとしているからだ。

 彼女だけ”本当はゾルドが神ではなく、別の世界の人間だ”という事を聞いている。

”このまま置いて行かれるのではないか”という不安に圧し潰されそうになっていた。


 そんな彼女の前に、ゾルドの手が差し出された。

 レジーナはゾルドの手を驚いたように凝視する。


「ん、なんだ? 付いて来ないのか?」

「そんなはずないじゃない。一緒に行くわよ」


 レジーナはゾルドの手を取った。

 手のひらから感じ取れるゾルドの温もり。

 いつもと変わらないが、少ししんみりとしてしまう。


「じゃあ、またな」


 ゾルドはそう言い残して、日本へと帰って行った。

 あまりにも呆気ない別れに、残された者達はしばしの間、ポカンとしていた。

 その状況で最初に動き出したのはホスエだ。


「さぁ、みんな。新しい世界を作り始めよう。いつか、孫に胸を張って語れるような素晴らしい世界に」



 ----------



 佐藤家の食卓は暗い。

 窓から入る陽射しは感じられるのだが、黙々と食事をしているせいで、太陽の明るさを暗く塗り潰しているようだ。

 これは十五年ほど前に起きた一人息子の失踪が原因だった。

 自室にいると思った俊夫が、忽然と姿を消してしまった。


 当時、俊夫の両親は警察だけではなく、裏社会にも人脈を使って捜索してもらっていたが、俊夫の痕跡は皆無。

 国を出たどころか、街を出た様子すらない。

 俊夫の仕事柄、どこかと競合してその相手に殺されたのではないかと推測されていた。

 やがて捜査は打ち切られ、裏社会の人間にはお悔やみを言われたが、彼らは息子が戻ってくると信じていた。


 だが、帰ってくる信じてはいても、十五年近く帰ってくる気配が無いと、諦めようかという気持ちも少しはある。

 それをお互いが切り出せず、気まずい空気が漂っていたのだ。

 仕事も続ける気力も無くなり、自宅で過ごす事も多くなっている。

 そんな佐藤家に、来客を知らせるチャイムが鳴った。


「誰だ、こんな朝っぱらから」


 口ではそう言うが、連絡も無しに自宅に来るような相手は限られる。

 おそらくは仕事仲間だろうと、俊夫の父は玄関へと向かう。


「誰だ、こんな時間……、に……」

「久し振り。老けたな、親父」


 父の姿は前に見た時に比べ、明らかに白髪が増えている。

 色々話したいと思っていた事はあった。

 だが、親の顔を見るのが久し振り過ぎて、そんな事しか言葉にならなかった。


「あ、あぁぁぁ! 俊夫、俊夫!」


 父が俊夫に抱き着く。


「どうしたの、あなた……。俊夫!」


 玄関で騒ぐ主人の様子を見に来た母が俊夫の姿を見て絶句する。


「琴代。俊夫だ。俊夫が帰って来た!」

「あぁ、嘘。本当よね、本物の俊夫よね!」


 母も俊夫に抱き着いた。

 二人に力一杯に抱き締められて苦しいくらいだったが、悪い気はしなかった。

 むしろ、胸の中に暖かいものが湧き溢れて、心地良いくらいだ。


「悪い。色々あってさ。……ただいま」

「おかえり」

「おかえりなさい」


 しばらくそのまま抱き合い、お互いに涙を流し合っていた。

 そして、五分ほど経った時、自然と三人は離れる。


「ブヘッ」


 俊夫は無様な悲鳴を上げる。

 離れると同時に、顔面に夫婦の息があった拳を見舞われたせいだ。


「何すんだよ!」

「お前が悪いんだぞ。心配させるから」

「そうよ。だから、俊夫が帰ってきたら一発殴って、抱きしめてやろうって話してたのよ」


 両親は悪びれる事が無かった。

 むしろ、俊夫の方が悪いのだと責め立てる。


「じゃあ、その順番でやれよ! 殴られてから抱き合えば、なんか感動的になるだろうけど、抱き合ってから殴られるとなんか損した気分になるんだよ!」


 こういった場合、順番は非常に重要だ。

 俊夫は両頬を撫でながら抗議する。

 その声でレスが目を覚まし、泣き声を上げる。


「あら、ごめんなさいね。もしかしたら、そちらの女性と子供は……」


 両親の意識は俊夫から、スーツ姿の褐色の女性へと移る。

 よく日焼けした南米系美人ともいうべき女性の腕には、赤子が抱かれている。


「俺の女と子供だよ」

「レジーナです。この子はレスと言います」


 レジーナは俊夫の両親に会い、緊張でガチガチになっている。

 だが、これはレジーナの実家で俊夫も味わった事。

 相手の実家に向かう以上、これは避けられない事だ。


「まぁ、そうなの? よく来てくれたわね」

「立ち話もなんだし、まずは中に入ってもらおう」


 俊夫の父は、そのまま話し込もうとした妻を止める。


「それもそうね。さぁ、中へ」

「失礼します」 


 レジーナは俊夫の行動を真似して、恐る恐る玄関を上がる。

 俊夫は神の力を使い、この世界の常識をレジーナに覚えさせていた。

 それでも、今までの常識との違いからどうしても違和感を感じてしまう。

 慣れるまでに時間が掛かりそうだ。

 大人しく、リビングのソファに座って様子を見る事にした。


「朝ごはんは食べたの?」

「あぁ、食って来た。レジーナはどうする?」

「だ、大丈夫」


 こちらに戻って来た時は夜遅かったので、一晩ホテルに泊まっている。

 神の力で服を作り出し、両親と出会う前に色々と試してもいた。

 ホテルで朝食を食べてきたので、お腹は空いていない。

 それよりも、俊夫の実家に初めて来たのだ。

 俊夫の両親に”ダメな嫁だ”と思われたりしないか気が気でない。


「じゃあ、なんか菓子でもある?」


 俊夫は勝手を知った我が家だ。

 戸棚を開いて、缶入りのクッキーを発見する。


「もう。帰って早々家探しなんてみっともない」

「いいだろ。どうせ、お茶菓子出すんだし」


 俊夫はクッキーとペットボトルのお茶を持って、台所からリビングに向かう。

 そこでは、父がレスを抱き締めて頬ずりをしていた。


「親父、嫌がられてんぞ」


 レスが父の腕の中でグズっている。

 レジーナから離れたくないと、レジーナに向かって手を必死に伸ばしいた。


「この年頃は母親にベッタリだからな。お前もそうだった」


 初孫が可愛くて仕方が無いのか、レスを手放そうとしない。

 そんな父からレスを奪ったのは俊夫の母だ。

 お盆に載せたグラスをテーブルに置くと、お茶を入れるのは俊夫に任せて父の腕から奪い取った。


「なんで先に抱いてるのよ」

「俺だって、孫を抱きたいんだ」

「ダメよ。まずは抱き方を見て覚えなさい」


 母が言うように、父の抱き方がダメだったようだ。

 母が抱くと、レジーナが抱いている時のように大人しくなった。


「ほら、こう抱くのよ」

「むぅ」


 実際に上手く抱かれるとぐうの音も出ない。

 父は悔しそうな顔をするだけで、文句が言えなくなった。

 その不満の矛先が俊夫に向かう。


「それで、お前は今までどこに居たんだ?」


 家に帰って来た以上、避けられない質問だった。

 俊夫はあらかじめレジーナと口裏合わせをし、ついでに神の力を使って辻褄合わせをした嘘を言う事にする。

 馬鹿正直に”異世界に行っていた”と打ち明けても良い。

 両親に”頭がおかしくなった”と思われないよう、両親の頭を少しいじってやればいいだけだ。


 だが、それはできればやりたくなかった。

 世界の情勢を変えようとも、自分の家族には手を付けたくなかった。

 ただ、レジーナの耳の長さに違和感を持たないという事と、日本語が上手いという事だけは気にしないようにしていたので、俊夫の家族愛という物に疑問が生じる。


「まぁ、信じてもらえないと思うけど……」


 俊夫が考えたシナリオはこうだ。


 仕事の関係で警察に狙われて、非常に危険だった。

 そのため、地球の反対側であるブラジルに急遽高跳び。

 街で出会ったレジーナをナンパした。

 しかし、レジーナはブラジルの大手ギャングのボスの娘で、レジーナに手を出したせいで殺されそうになる。

 だが、命乞いを認める代わりに働く事を命じられた。


 それからは悪夢のような日々だった。

 レジーナの父親に取り入る事ができたのは良いが、コロンビアの麻薬カルテルとの抗争が始まる。

 すると、続けざまに中南米各国のマフィアと抗争が続いていった。

 最近になってようやくメキシコの麻薬カルテルを傘下に加える事ができて、全ての抗争が終了した。

 そのお陰で日本に戻れるようになったのだと、俊夫は説明した。


 どう考えても、日本で警察に詐欺で捕まっていた方がマシな人生だ。

 だが、俊夫にとって異世界での生活は似たようなものだった。

 苦労したという点では嘘を吐いていない。


「警察にマークされてたのに、なんで帰って……。あぁ、そうか。中南米のカルテルを部下にするような奴、日本の警察が手出しできないか」


 日本のヤクザよりも、中南米のスラム街にいる子供の方がずっと危険だ。

 その子供達と比べ物にならないほど危険なマフィアの連中は、日本人には想像できないほどイカれた奴らだ。

 その最上位に属する中南米のカルテルを傘下に加えたとあっては、俊夫をそう簡単に逮捕するわけにはいかない。

 逮捕すれば、かならず報復がある。

 逮捕した者だけではなく、その家族や上司も含めてだ。


「今では組織のNO.2だよ。色んな方面に働きかけて、ようやく帰って来れたんだ」

「そうだったの……。よく無事に帰って来れたわね」


 血生臭い事が苦手な母が深く溜息を吐いた。


「そういえば、お前のために買っておいた、漫画やゲームの請求金額を書いたノートの表紙に”今は異世界にいる。かならず帰る”って文字がある日突然現れてな。あれはなんだったのかわかるか?」


 これはおそらく、ソシアに向かう前に魔神の部屋で書き残した物だろう。

 ゾルドの願ったように、文章がこちらの世界に届いたようだ。


「あぁ、あれか。電話や手紙を送ると足が付くだろ? だから、呪術師に頼んで送ってもらったんだ。それにあっちはほら、異世界みたいなもんだったし」

「南米の呪術師ヤベェな、おい」


 父だけではなく、母も呪術師の凄さに驚いている。

 異世界と書いた事に関しては、あまり興味が無さそうだ。


 日本では、拳銃での報道など滅多にされない。

 マシンガンやライフル、時々手榴弾を使った戦争そのものといった中南米の抗争など想像もできない。

 五体満足で帰って来たのは奇跡のようなものだろう。

 それほど危険な海外の裏社会で生きて来た。


 だから、俊夫が”異世界だ”と感じただけだと思っていたのだ。

 まさか、本物の異世界に行っていたとは思いもしない。


「それにしても、美人の嫁さん貰いやがって……。痛っ」


 レジーナを舐め回すように眺めていた父の太ももを、母が思いっきりつねる。 


「息子の嫁に色目使ってるんじゃないわよ」


 その姿を見て、レジーナはクスリと笑う。

 まるで、自分と俊夫のようだったからだ。

 きっと、年を取れば俊夫の両親のようになるのだろうと思った。


「ごめんなさいね。この人の子供だから、俊夫も浮気癖があると思うわ。しっかり見張らないとダメよ」

「はい、お母様」

「お袋。よけいな事言うんじゃねぇよ」

「そうだよ。俺だってさすがに俊夫の嫁に手出しはしないぞ」


 こうした軽口を何度か繰り返していく内に、レジーナの緊張はほぐれていった。

 この後から、少しずつレジーナに質問をしていったが、気楽に受け答えが出来ていた。


 この日、もう帰って来ないと思った息子が帰って来た。

 しかも、新しい家族を二人連れて。

 佐藤家には、久々に明るい笑い声が上がる。

 今までの分を取り戻すかのように。



 ----------



「あなた、こっちの準備はできたわよ」


 Tシャツとジーンズ姿のレジーナが声を掛ける。

 日本に戻るために着替え終わったらしい。


「こっちもだ」


 俊夫は白のYシャツと薄い茶色の綿パン。

 いつもの恰好だった。

 二人はこれから日本に戻るところだ。


 なんだかんだで、一週間は日本で過ごし、一週間はエーロピアンで過ごすという生活を送っていた。

 両親には、携帯の電波が届かない場所にいるといえば、勝手に察してくれた。

 携帯のGPSで居場所を特定されては、麻薬カルテルにとって都合が悪いのだろうと勘違いしてくれたのだ。


 俊夫は魔神装備一式や、レジーナの服を亜空間に仕舞い込む。

 もう、魔神のローブに頼らずとも、自由に物を出し入れできるようになったのだ。

 俊夫は神の力を世界のためにではなく、生活に便利な力としてしか使っていなかった。

 宝の持ち腐れである。


「まったく……。旅行気分でこっちに来てるのに、結局働き詰めで休んだ気にならねぇ」


 俊夫が愚痴る。

 一気に三千人も増えた子供達と話すだけで、今週は終わってしまった。

 ホスエ達に仕事を丸投げしていなければ、嫌になってこの世界に訪れる事は無かっただろう。

 とはいえ、壮大なシミュレーションゲームのような気分で、この世界の未来を動かしていくのは楽しいとも思っていた。


 安易に神の力を使わず、世界がどうなっていくのかを見守る。

 これは他の誰にもできない事だ。

 そういった楽しみもあるからこそ、こうしてこの世界に来る事をやめなかった。


 疲れている俊夫の背中からレジーナが抱き着く。

 ボリュームのある物が背中に当たり、俊夫の意識は疲れよりも、そちらへ移ってしまった。

 

「別に良いじゃない。日本では休んでるんだから、その分こっちで働いても」


 レジーナが言うように、俊夫は前の会社に戻らず、神の力でカルテルから金が入るようにしている。

 働かずとも十分な金が入るので、日本では家族旅行をするなど、のんびりとした時間を過ごしていた。

 ちなみに、俊夫の両親はカルテルの金をマネーロンダリングする手伝いをしている。

 生きる活力を取り戻した事で、生活の張りを取り戻していた。


「だから、頑張ってるだろ」

「フフフ、そうね」


 レジーナが俊夫の頬にキスをする。


「さぁ、帰るか」

「ええ」



 ----------



 エーロピアン。

 この世界は、二度目の神の降臨により世界が戦火に巻き込まれると思われていた。

 だが、実際に起こった戦争は人間同士が争い合ったものばかり。

 魔族の介入があった時も、信じられないほど死者が少なかった。

 これは、ゾルドが被害の拡大を避けるようにと、魔族に命じた事であったらしい。


 天神と魔神。

 この二つ名は、キッカスとガーデムを表すものとして固有の物となる。

 それに対し、ゾルドは真神。

 シューガは邪神という二つ名を与えられた。


 天神キッカスは、天魔戦争終了後に多くの掟を残して姿を消した。

 それに対し、真神ゾルドはもっとも信頼する友人であり、弟のように可愛がっていたホスエに世界の統治を任せ、時折様子を見ながら彼の手助けをしてやっていた。

 それは神である自分の意見を押し通すのではなく、その地に生きる者達の意見を尊重し、より良い世界を作るためだった。


 真神ゾルドの素晴らしいところは、世界作りの主役をその世界に住む者達に任せた事だ。

”神の教え”ではその教えに不合理な部分があっても変更は容易ではない。

 自分達で決めた事だからこそ、法が現状にそぐわない時は状況に合わせて変更する事ができた。

 そして、自分達が決めた物だからこそ、誇りを持って法を守る事ができる。

 真神ゾルドは、その二つ名にふさわしい真の神であった。


 真神ゾルドの伝説は、シューガとの戦いに勝利して終わりではなかった。

 妻のレジーナ、息子のレス。

 家族三人揃って姿を現し、かつての仲間達と共に問題を解決していった。


 真神ゾルドの姿が最後に確認されたのは、邪神シューガとの戦いが終わってから二年ほど経った時だった。

 かつての仲間達とは会っているようだが、その頃から真神ゾルドはエーロピアンの歴史から姿を消した。


 やがて、別の世界で子連れの三人家族の姿が散見されるようになる。

 時には善に味方して悪を打ち滅ぼし、時には悪徳が栄える世界へと作り変えていく。

 まるで、その時の気分で様々な役割を楽しんでいるかのように。

 そして、時が過ぎると共に、語り継がれる内容が四人家族、五人家族と増えていった。

 仲睦まじい家族連れの神の伝説は、様々な世界で書き残されている。





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最後までご覧くださりありがとうございました。

「いいご身分だな。俺にくれよ。」という作品も連載中ですので、そちらもよろしくお願いいたします。

https://kakuyomu.jp/works/16816700428672301686/episodes/16816700428672377755

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外道? 悪党? だからなに? nama @nama0612

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